見出し画像

27

 千歳は体育館へ移動し、自衛官の人と向き合った。

 自衛官の人は学校にあったさすまたを持って千歳と対峙する。

 対して千歳は丸腰だ。

 武器の類は一切持たされていない。

 自衛官
「それじゃあ、始めていいかな?」

 千歳
「はい、大丈夫です」

 千歳がそう告げると、自衛官の人は千歳に向けてさすまたを構えた。

 一見するとどこにも隙がないように見える。

 千歳はそれに対して愚直に体当たりを仕掛けた。

 当然、さすまたを持っているためその体当たりは阻止されるが、千歳は一瞬生じた衝撃を見逃さず、さすまたの両端を持つと、滑車の原理で圧倒的に有利になった状態で、地面と平行だったさすまたのコントロールを逆に握った。

 対して自衛官の人は細いハンドルを持っているだけなので、さすまたを回転させることはできない。

 千歳はそういう理由で軽々と自分自身と平行になっているさすまたを縦に90度曲げて、そしてそのまま、さすまたを抜けて見せた。

 次に自衛官の人と取っ組み合いになったが、千歳はこの段階で戦うのをやめた。

 篝父
「お見事、と言いたいところだが、どうして戦うのをやめてしまったんだい?」

 自衛官
「おそらく、取っ組み合いをした段階で自分の実力を把握してしまったのでしょう。柔道もうまくなってくると、組んだだけで負けるとわかってしまう現象によく似ています」

 千歳
「まあ、ここまで体格差のある相手ですし、さすまたを抜けてもその先の勝ち筋はありません。ここから先は無抵抗ですね」

 自衛官
「とはいえ、さすまたを抜けられた段階で、高校生の戦闘力では説明がつきません。彼なら十分に護衛を任せてもいいのではないかと思います」

 篝父
「分かった。戦闘は得意分野ではないので、君の意見を参考にしよう」

 自衛官
「では、戻りましょうか」

 その様子を見ていた先生は唖然としていたが、千歳に目配せを何度かすると、素直に職員室へ戻るのだった。

 千歳に何かを言いたげだったが、こらえている様子。

 それもそうか、現状最も篝の情報を漏らしたと思われるのは先生だ。

 保身に走るなら、千歳には何も言わないが正解。


 それぞれのスマホをそれぞれが回収すると、篝の父親は自分の車に乗るよう、千歳に伝えるのだった。

 どうやらすぐに護衛の仕事は始まるらしい。

 千歳はおもむろにスマホを開いて、自宅にいる梓に連絡を取ろうとするのだった。

 が、スマホのロックを解除できなかった。

 千歳はここでしてやられたな、と考えた。

 が、さっき模擬戦をした自衛官の人が車の窓を叩いたのだった。

 自衛官
「このスマホ、君のだよね? 実はすり替えられていました、と言ったら信じるかい?」

 そこには千歳のスマホと全く同じデザイン、というか量産されたので見分けは誰にもつけられないスマホが存在していた。

 ケースはつけていないわけで、すり替えは簡単だった。

 千歳
「暗証番号を入力させてもらえれば」

 自衛官
「どうぞ」

 千歳はスマホを手に取って、そして暗証番号を入力した。

 あっさりとロックは解除できた。

 自衛官
「君の戦闘力は素晴らしいんだけど、情報戦は負けだね。スマホにケースをつけないと、量産品であればあるほど、こうやってすり替えられてあとはどこかに情報が流出する。情報が流出すれば、大切な人の位置や生活様式、通勤するルートや夜の散歩道まで全部が解析される。一度、娘さんと一緒にスマホショップへ行くといい」

 篝父
「そうだな。その時は少し護衛を増やすが、確かに君の言うとおりだ。してやられたな、千歳君」

 千歳
「はい。次回から気をつけます」

 そう言って、千歳は自分の真っ黒のスマホを見て落胆するのだった。

 篝の父は車を走らせて自宅に戻る。

 乗り心地は実に快適で、千歳はこんな車に乗ったことがないな、と思いつつも、どんなスマホケースを購入しようか思索を巡らせていた。

 が、思いつかない。

 文武両道犯罪余裕の(千歳による)篝の防壁は、穴だらけのようだ。

 まあ、ある程度は仕方がないことなのかもしれない。

 千歳は後部座席に座り、篝の父は運転をしていた。

 篝父
「君は、篝との命の価値の違いに悩むことはないかい?」

 千歳
「いいえ、人は生まれながらにして不平等なものです」

 篝父
「それは困るな。日本の教育は君を取りこぼしてしまったようだ。と言いたいところだが、真実はそうだ。仮に篝が犯罪に巻き込まれれば、財政が傾く。マスメディアがどの程度注目するかは未知数だが、未知数ゆえの不安はある」

 千歳
「そんな人物をどうして特別支援学校に?」

 篝父
「気になるかね?」

 千歳
「いいえ、お構いなく」

 篝父
「篝は、中学生の時にお金持ち専用の学校に送ったが、馴染めなかった。興味がある分野が尖っているのでね。海軍にお金を出している自分にはありがたいのだが、学友とは上手くやっていけなかった。そんな篝が、君たちと出会ってから見違えるほど幸せそうに見えた。だから、君たちには感謝してもしきれない」

 千歳
「自分は、普段通りですよ」

 篝父
「そうかもしれないね」

 千歳
「娘さんのことがそんなに気がかりですか?」

 篝父
「そうとも。娘と海軍をどちらかとれと言われたら、シビアな選択だと思う」

 千歳
「ご安心ください。自分が両方を選べるようにします」

 篝父
「そう言ってくれると心強い、のだが、君のような存在が生まれてしまったのも国のトップが無能なせいだ。代表して謝罪しよう。すまなかった」

 千歳
「そうですね、その辺の話は物部からかねがね。食べていけなくなった人を物部が拾って、詐欺をやらせたり、その他法律にのっとらない犯行をさせています。ですが、逮捕はされませんね。どうしてでしょう?」

 篝父
「やれやれ、君たちを頼らざるを得ない私の身にもなってくれ。政治というやつだよ。昔からギャンブルでお金を稼いで、税金も払わないで暮らしている人は大勢いた。君に言う話ではないかもしれないが、体を売っている人は税金を払っていないというのは有名な話だ。そんな話がいくらでも積もってくる。私からしてみたら君が出している経済的損失は誤差だ。そんなことより、君の犯行で稼いだお金で何かしら商品を買って、そのお金が経済を回してくれた方が得だという人もいるくらいだ」

 千歳
「自分を咎めないのですか?」

 篝父
「咎めたところで、何も解決しない。武力は問題を先送りにするだけだ」

 少しの間、二人の間に沈黙が流れた。

 千歳は篝の父親に言うことがなくなり、あとは篝の護衛をして終了かな、と言う感じだった。

 が、篝の父親はこんなことを言い始めた。

 篝父
「君が、素行不良で性格の悪い相手だったら、どんなに気が楽かと思ってしまったことを許してほしい。そうすれば、わかりやすい悪役ができて、私の気持ちも楽なのだがな」

 千歳
「そんな相手に篝さんの護衛を任せますか?」

 篝父
「世間の人間と言うのは犯罪者をただの屑と罵りたいものだよ。そうでもしていないと自分の心が持たないことに気づいていて、必死に犯罪を犯したものを叩く。が、君は生まれが違えば、違う生き方ができただろう」

 千歳
「それは事実ですが、人はみな誰もが平等ではないと自明の理では?」

 篝父
「君はそれに達観者だと言えば済むか? 完璧なバカだ。私が好きなギャグだ」

 千歳
「笑えないですね。というか、なんで自分にそんな興味があるんです? ただのお仕事関係で付き合うなら話なんて不要では?」

 篝父
「私がたまに家に帰ると、篝は君のことばかり話しているよ」

 千歳
「それは、笑えないですね」

 篝父
「まあ、そんなわけで」

 千歳
「すみません、しばらく家に帰れないので、家族に連絡をしてもいいですか?」

 篝父
「いいとも」

 千歳
「それじゃあ失礼します」

 千歳は梓のスマホに連絡を入れる。

 
「あ、千歳君、どうしたの?」

 千歳
「ごめん、しばらく帰れない。理由は言えないんだけど、お仕事関係で篝さんの家に行く。俺の部屋の机の2番目の引き出しに俺の隠し口座のカードがあるから、それ好きに使って。ああ、まあ、おもちゃとかそういうのは買わないで、生活費に使ってね」

 
「え、篝さんの家に? どうして?」

 千歳
「ごめん、言えない」

 
「ふーん、しばらく篝さんと一緒に生活するの? それはよかったねっ!」

 梓の言葉の端々っから何かを感じる千歳だったが、まあ、そんなものだろう。

 千歳
「それじゃあ、また連絡する」

 
「別に連絡なんてしてこなくてもいいよ! 平気だもん、百々ちゃんと二人で暮らすもんね」

 千歳
「ほんとごめんってば」

 通話は切れた。

 千歳
「お見苦しいところを失礼しました」

 篝父
「仕方ないだろう。年頃の女の子とはそういうものだ」

 千歳
「年頃の女の子ですか」

 千歳は意を決して、次の質問を投げかけてみる。

 千歳
「じゃあ、大人はどうして素顔を見せないのですか?」

 篝の父親は答えなかった。

 千歳
「いいえ、言いたくないなら平気です」

 篝父
「君は薄々気づいていると思ったが、まあいい。篝をよろしく頼むよ」

 千歳
「はい」

 車は篝の家に到着した。

 外見は、コンクリート打ちっぱなしの外見に、3階建てでベランダが至る所にある。

 確かに団地のような場所とは違うな、と思う千歳だったが、コンクリートむき出しなのは団地も変わらないのに、どうしてここまで高級感が出るのか、千歳の美的センスでは理解できなかった。

 やはり、篝を守る防壁にしては穴だらけでは? と思われても仕方ない。

 千歳は父親に案内されて家の中に入る。

 来客が来ても鍵が普通に通されたので篝は反応しない。

 そのまま篝父は篝の部屋に行き、ノックをして篝を食卓に呼び出した。

 千歳は案外質素な食卓に座り、篝が出てくるのを待った。

 3階から篝の声が聞こえて、相変わらずのテンションで父親と戦艦の話をしながら、1階まで降りてくる。

 そして、千歳と視線が合ったとたん、自分の部屋へ一気に戻るのだった。

 挨拶の一言もない。

 一緒に降りてきた篝父は娘の行動を代わりに謝罪した。

 篝父
「すまない、しばらく待ってくれ」

 千歳
「はい、大丈夫です」

 5分ほどして篝は降りてきた。

 
「あ、あれー、どうして千歳君が私の家に?」

 篝父は事情を説明した。

 千歳は黙っていた。

 
「えっと、事情は分かったけど、しばらく千歳君はうちで暮らすってこと?」

 篝父
「そうなる。私も忙しくてしばらく帰れないのでね。これから行かなくてはいけないところがある。それじゃあ、千歳君、篝を頼んだよ」

 千歳
「篝さんは不安そうですが?」

 篝父
「仕方のないことだ」

 篝父は車に乗って都心のほうへ向かっていった。

 
「こっちへどうぞ。ゲストルームがあるから。千歳君はその部屋使って。寝泊まりするのに必要なものが全部そろってるから」

 千歳
「それは助かるね。てっきり寝袋で廊下か、徹夜で部屋の前に立ってることになると思った」

 
「それは、さすがにね」

 千歳は部屋に通された。

 確かに、お客様をもてなすための部屋で1階に設置されている部屋にしては少し豪華だ。

 ベッドに座っても実に寝心地がい。

 
「このベッド、私のベッドより寝心地がいいよ」

 千歳
「ふーん。まあ、そんなものかもね」

 
「私の部屋、来る?」

 千歳
「なんで?」

 
「護衛するんだから、部屋の構造くらい知っておいて当然じゃない?」

 千歳
「乙女のプライバシーに踏み込むわけないだろ、常識に照らし合わせて考えるに」

 
「いいから、来てよ」

 千歳
「わかった」

 千歳は篝に誘われるまま、部屋の中に設置されているエレベーターに乗って3階まで移動した。

 室内にエレベーター。

 これが金持ちか、と思ったが、よく考えれば千歳の団地にもエレベーターはある。

 定期的なメンテナンスさえすればそれほど高価なものでもないのかもしれない。

 3階にある篝の部屋は意外と殺風景で、部屋に大きなモニター1枚と、高性能そうな3枚画面のパソコンがあるだけだった。

 意外にも船のプラモはないのだな、と思った。

 千歳
「あのさ、船のプラモって飾ってないの、部屋の中に?」

 
「あー、それは別の部屋に飾ってるんだよね。私専用のコレクションルームっていうのがあって」

 千歳
「ああ、そう」

 
「見る?」

 千歳
「いいや、俺はそういうの興味ないや。純粋に兵隊じゃないから」

 
「まあ、そうだよね。でも、こういう時に千歳君を頼れて、私うれしいな」

 千歳
「なんで?」

 
「ううん、教えてあげない。恥ずかしいもん」

 篝の言動から、篝は嘘の使い方が下手な人間だな、と思ってもみたが、それゆえの危うさはやはりある。

 人の秘密にはずけずけ入ってくるくせに、自分の秘密は守っているつもり。

 しかしまあ、千歳は何事も起こらないことを神様にでもなく、仏様にでもなく、何にでもなく祈るのだった。

 これから1か月、篝の護衛をして過ごすことになる。

 なんにせよ、篝が生き延びていることが最重要だ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?