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 千歳は仕事の終わりに少し水を飲もうと思ってキッチンへ向かった。

 そこへ同じく仕事を終えた梓と鉢合わせた。

 
「お疲れ様。さっきぶりだね」

 千歳
「こちらこそ。でも俺はこれからも忙しいので、色々と話せなくてごめんね?」

 
「別にいいって。千歳君は千歳君の仕事に専念しなよ。私は一人で遊んでるから」

 千歳
「なんだか、申し訳ないね」

 
「うーん、気持ちだけでもうれしいかも。千歳君はそんなに私に気を遣ってくれてるんだ」

 千歳
「いや、別にそういうわけじゃないけど、せっかく同じ家で暮らしてるんだし、それなりに楽しくやりたい気持ちはあるよ」

 
「私は今のままでも十分に楽しいけどな?」

 千歳
「そっか。ならいいや」

 
「うん、だからこれから夕飯の支度しちゃうね。千歳君は裏のお仕事頑張って」

 千歳
「ありがとう」

 千歳は水を一杯飲むと自室に戻った。

 仮想空間にて、千歳は情報を漁った。

 家庭制度の改革を目指す政治家たちの事を調べるのだ。

 メディアの騒ぎ方と言い、千歳たちの親会社の支援と言い、何か大きな動きが水面下で起きているような気がしてならない。

 千歳のやっている裏の仕事は法律一つで取り締まりが強化され身動きが取れなくなる場合も多い。

 だから偵察しておくに越したことはないのだ。

 というか、偵察と情報収集はありとあらゆる分野で基本中の基本だと千歳は思っている。

 そうして、様々なウェブサイトへアクセスしているうちに、今回の法律改正に力を入れている政治家たちのトップを割り出すことに成功した。

 千歳
本田ほんだ詠子よみこさんかあ」

 一人の議員が様々なメディアに露出して家庭制度の改革を訴えていた。

 当然のことながら、政治資金やネットメディアへの露出を促しているのは千歳が表の仕事で従事している会社の親会社だ。

 親会社が一体何をしたいのか不明だが、本田を操って会社が政治に関与しているのは明らかだった。

 企業組織が政治に対して口出しをしてくるなんて今に始まった話ではないが、親会社は何かを考えて動いていることが明らかだ。

 千歳の裏の仕事にどんな影響があるのかはわからないが、あらかじめ情報を取得しておけば早い段階で対処することができる。

 こういうところだよな、千歳のような勉強家のいいところは。

 千歳はそのまま本田の情報を漁るのだが、ここで誰かが千歳の部屋のドアをノックした。

 千歳はそれに応じて部屋の扉を開けると、梓が立っていた。

 
「千歳君、料理まだできてないけど、お仕事関係の人が訪ねてきたよ」

 千歳
「わかった、すぐ出る」

 千歳は玄関に向かう。

 そして玄関ドアを開けると、謎の組織の構成員が荷物をもって千歳に応じた。

 構成員
「これを受け通ってくれ。上からの命令だ」

 千歳
「中身は?」

 構成員
「防弾繊維入りのシャツと、ピストルだ」

 千歳
「わかった。いつから着ればいい?」

 構成員
「今からだ。メンバーで戦える人間は会議室に集まってほしい」

 千歳
「わかりました」

 千歳は部屋に戻って防弾繊維入りのシャツに着替えると、梓に危ない仕事をしてくるので、少し家を空けると梓に行って家を出た。

 先ほどの構成員の人が運転する車に乗り込んで、謎の組織が所有しているビルの会議室まで向かった。

 会議室に入ると、千歳以外のメンバーは全員集まっていた。

 どうやら千歳が最後の一人らしい。

 アバターを被った物部が会議室のモニターに写されると、物部は早速話をはじめた。

 物部
「よく集まってくれたね、みんな。今日は残念なお知らせだよ。実は約3時間前、僕らが仕事をしてるこの街で500発の拳銃弾が盗まれました。経緯を説明すると、本日16時45分、輸送中の拳銃弾が取引先へ運搬中に何者かに襲撃されて、中身を奪われました。犯行グループの目的や詳細は不明。逃走ルートは割り出せてない。しかしながらしばらく警備網を張る必要があります。そこで皆さんに集まっていただきました。皆さんに配った拳銃には非殺傷弾しか入れてないけど、拳銃弾を奪った連中は実弾を持っています。注意してください」

 どうやら、千歳が働ている地区で許されざる犯行が起きたようだ。

 現金が盗まれるくらいなら物部も見逃すだろうが、拳銃弾は立派な暴力装置、見逃すわけにはいかない。

 警察に相談する?

 それは不可能だ。

 謎の組織はあくまでも犯罪組織であり、警察の手を借りることはできない。

 銃刀法が整備されている日本ならなおさらだ。

 仮に警察に連絡すればこの地区に根を張っている犯罪組織の正体を明かしに行くようなものだ。

 自分たちの土地は自分たちで守らなければいけない。

 が、その地区を担当している汚職警官は手を挙げてこう言った。

 汚職警官
「しばらく街の監視カメラをチェックしてみるが、自分はその担当でかまわないかな? 監視カメラにアクセスできるのが俺ぐらいなもので」

 物部
「頼みました。よろしくお願いします」

 今度は不動産屋が手を挙げた。

 不動産屋
「犯人が潜伏できそうな物件やおかしな入金が行われている潜伏できそうな部屋を探してみます。自分は直接捜査はしませんので拳銃はいただきません。こういう関わり方で問題ないですか?」

 物部
「問題ありません。都度、情報を共有してください」

 コンビニオーナー
「普段とは違う客が入ってないかどうか、チェックしてみる。すまないが店を長期間空けることはできないんだ。こういうやり方でかまわないかな?」

 物部
「いいですね、そうしてみましょう」

 こうして、それぞれがそれぞれのやり方で犯人を追い詰める決断をしてゆく。

 直接的な暴力を行使する可能性がある決断をしたものはごく少数で、ほとんどの人は普段から自分がやっている仕事の延長線で犯人を追い詰める方法をとった。

 結果的に、拳銃弾を盗んだ犯人はこの街すべてのインフラから見張られることになったのだった。

 唯一間接的なかかわり方ができない千歳や一介の非番のアルバイトが現場でパトロールすることになった。

 が、責任の重さは皆平等であり、千歳は普段の仕事と大差ないな、と感じるのだった。

 何か動きがあれば、謎の組織が見張っている状況下で必ず察知される。

 犯人がそのほかの都市に逃げてくれることを可能な限り祈るが、それでは他の地域の組織に厄介ごとを回すだけ。

 それに、物部の事だから外部の組織にも今回の事件の情報は流してあるだろう。

 犯人は日本のどこへ行こうが常に見張られているのだ。

 物部
「何か質問がある人はいるかな?」

 構成員A
「弾が盗まれたと言う事は拳銃もどこかで調達していると言う事ですが、拳銃が盗まれた報告はありますか?」

 物部
「いいや、拳銃に関しては詳細は不明。とはいえ、ピストルと弾丸がセットじゃなきゃ何の意味もない。弾丸だけじゃなくてピストルの方にも注意を向けてほしい。直近にピストルの密取引が行われた形跡がないかどうか調べてみるよ」

 構成員B
「盗んだ犯人の人数は何人ですか?」

 物部
「襲われた密輸送者によると5名程度だったようだ。そこまで大人数ではないにせよ、盗まれている弾の数から、相手の人数はもっと多いと考えた方がいいね」

 構成員C
「実弾を本来購入するはずだった組織はどこですか?」

 物部
「密輸送者ははっきりとしたことは言っていない。どうやら秘密にしたいみたいだ。ある程度尋問はする予定だけど、契約の内容によっては話さないほうがお互いのためになる場合もある。ほかに質問はあるかい? なければ今夜は解散、夜型を自称するメンバーは今から街の警備に当たってほしい。以上、解散」


 千歳は会議が終わると自宅に戻る車に乗った。

 バスで帰ることはできたが、今は持ち物が持ち物なので公共の交通機関を使うことはできない。

 12月の夜の寒空の下、千歳は厚手のコートの裏に拳銃のホルスターを下げて運転手が操縦する車に乗り込むのだった。

 千歳
「物騒な世の中になりましたね」

 運転手
「そうか? 日本では一介の主婦がお祭りで配るカレーに毒を盛ったり、地下鉄で毒ガスをまかれたり、総理大臣が定期的に暗殺されたり、結構テロは起きてるぞ。それに俺たちが普段からやってることを考えてみろ。物騒なんてもんじゃない」

 千歳
「確かに」

 運転手
「俺が30代のころはお前みたいな子供はすでに強盗で定期的に宝石店へ押し入ってた。民家を襲撃することもある。むしろ、昔に戻ったって感じかな?」

 千歳
「それは昔の出来事であって自分にはよくわからないですね。いざ、自分の身近で何かが起きると、やっぱり感じるものは違いますね」

 運転手
「それで問題ない。事件が起きたら誰だっていやになる。それはお前が正常な証拠だ」

 千歳はやるせない気持ちを抱えて家に戻るのだった。

 家に帰ると、梓が千歳の事を迎えてくれた。

 
「お帰り」

 千歳
「ただいま。明日から学校に通えなくなる。しばらく休学するよ。仕事も休む、給料もいらないって言っておいて」

 
「理由は?」

 千歳
「梓さんは知らなくていい」

 
「はーい、千歳君がそういうなら教えてくれそうにないから聞きません」

 千歳
「ありがとう、助かるよ」

 そうして梓は千歳が食べる分のスープを温め直すのだった。

 千歳
「別に温め直さなくても平気だよ。冷めてても栄養価は変わらないし」

 
「今の千歳君きらーい」

 千歳
「わかったよ」

 
「いいから、千歳君は少し休んでてよ、テーブルに早く着いて?」

 千歳はおとなしくテーブルに着いた。

 そりゃそうだ、真冬の夜に外出した人間が温かい食べ物を必要としないわけがない。

 梓の愛情を千歳は拒んだが、梓はそれでも千歳に温かい食事を用意するのだった。

 梓が鍋に火を入れて、千歳はその姿を眺めるのだった。

 なぜだか、これほどまでに物理的距離が近いのに、千歳の心は孤独を感じていた。

 梓は千歳に親身になってくれるが、どうしてだか千歳の心の中の溝は埋まることがなかった。

 いいや、今までは自分の心に溝があることにすら気づかなかったのに、クラスメイト達と仲良くしているうちに、千歳は自分自身の空っぽさに気が付いたのだろうか?

 多分、そうだろう。

 それでも、クラスメイト達は千歳が住んでいる街で暮らしていることに変わりはない。

 ここで逃げ出せば、クラスメイト達に危険が及ぶ。

 自分の空虚さに気づかせてくれたクラスメイトに危険が及んで、それを放置できるほど千歳は無責任な人間ではない。

 むしろ、等身大の自分の姿に気づかせてくれたクラスメイト達を守りたい気持ちでいっぱいなのだ。

 少々無理はしているものの、ここで引き下がるわけにはいかなかった。

 
「はい、どうぞ。あったかいうちに食べて」

 梓はスープを底の深いお皿に盛りつけると、千歳の前に出した。

 千歳はそれを食べて、しばらくぶりにおいしいものを食べたな、と感じたのだった。

 
「どう、おいしい?」

 千歳
「うん、おいしいよ」

 
「よかった。ご飯がおいしくないと人は幸せになれないからね。千歳君はこれから毎日おいしいものを食べるんだよ?」

 千歳
「それは、できないかな? 忙しい日もあるし」

 
「だめ、おいしいものを食べて」

 千歳は少し間を開けて、梓から少し目をそらしてこう言った。

 千歳
「善処するよ」

 
「千歳君が善処するっていうなら、本当に善処するんだろうね」

 千歳
「多分、そうだね。おいしいものを食べるように努力するよ」

 
「うん、私もこれからおいしいもの沢山作るから」

 千歳
「そうしてくれると助かるよ」

 
「うん、そうする」

 そうして、今日一日は終わった。

 千歳は眠る間際、薄暗い天井を眺めるのだった。

 梓は親切で千歳の心を癒してくれるが、明日から始まる防衛は千歳の心を確実に蝕むだろう。

 千歳がやっているのはあくまでも犯罪であり、そのための防衛戦である。

 仮にこれが警察や自衛隊の防衛なら社会からの理解や民衆からの支持によって心を支えてもらえるのだろうが、千歳は悪だ。

 だから、千歳は今自分が何に支えられているのかよくわからない宙ぶらりんな状態なのだ。

 梓は優しくしてくれているが、事件一つで学校を休むことになり、表の仕事を休むことになり、色々なものが台無しだ。

 とはいえ、引くわけにはいかない。

 千歳は今夜、熟睡できるといいな、と思いながら夜のベッドの時間をやり過ごすのだった。


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