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 車両が爆破された日、千歳と篝は電車で足止めを食らっていた。

 千歳
「復旧、明日になりそうだって」

 
「まあ、仕方ないよね。爆破されちゃったわけだし」

 千歳
「今日はどうしようか?」

 
「そうだね、横須賀いけなくなっちゃったね」

 千歳
「今夜はどうしよう、家に帰れないや」

 
「じゃあ、一泊するしかないね。千歳君宿の取り方わかる?」

 千歳
「さあ、さっぱりだね。野宿の経験ならあるけど」

 
「さすがに野宿はなあ。私が宿取ってあげるから、それでいいでしょ? 大丈夫、お金はあるから、もちろん私の奢りね」

 千歳
「何から何まで申し訳ないね」

 
「いいのいいの、千歳君は妹さんと二人暮らしで生活費きついでしょ? そういう人に手を差し伸べられるのがお金持ちの特権なの。さっき千歳君は私のこと守ってくれたから、今度は私が守る番ね」

 そう言って、二人はお昼過ぎの横浜の街を、宿を探してさまようのだった。

 さまようと言っても宿は篝の当てで一瞬で見つかり、そこにたどり着くための鉄道網でちょっと迷ったかな、という感じで、宿屋には案外簡単にたどり着くことができた。

 しかしながら部屋を準備するために少し時間がかかるのか、二人は持て余した時間を散歩でつぶすことにした。

 千歳
「そういえば、篝さん、受付の人に何かカード見せてたよね。あれって何?」

 
「秘密……と言いたいんだけど、千歳君には話して大丈夫かな? VIPと関係者が持てる社会で特別扱いしてもらえる許可証みたいなもの。さっきのカードがあればホテルも上等な部屋に案内してもらえるし、緊急の時は優先的に避難させてもらえるんだよ」

 さすが金持ち、海軍に出資しているだけのことはある。

 千歳からしてみたら雲の上の人の理論だな、と思った。


 東京とは違って、横浜は海を眺めることができる。

 公園から二人は海を眺めた。

 篝は黙っていた。

 それもそうだ、平和な方がいいと言っていたのに、日本各地では定期的にテロが起きている。

 外国との戦争は嫌だが、今この国が抱えている問題は内部に抱えている様々な問題だ。

 千歳の貧困といい、学生の強制アルバイトといい、2040年の日本は様々な欠陥を抱えている。

 
「なんだか最近日本って、物騒だよね。安心できる時があんまりない」

 千歳
「そうだね」

 
「太平洋戦争で、多くの人が死んで、平和の礎になったのにね。私たちはそれを台無しにしたね」

 千歳
「そうかな? 俺は世界史をかじる程度に勉強したけど、世界が安定していた時代なんて一つもなかった。世界はずっと激動だった。確かに安心は少ないけど、それが現実なんじゃないかな?」

 
「正論だね。確かにそう」

 気持ちとして受け入れられないかもしれないが、篝には正論が効く。そう思って千歳はこんなことを言ってみた。

 とはいえ、申し訳ないという気持ちがやはり勝ってしまうのか、これ以上のことは言わなかった。

 千歳
「海、きれいだね」

 
「そうだね」

 公園から眺めた海は、どこまでも続いていた。

 千歳の見ている世界はスマホの画面とVRの世界と教室で見える風景と、日常生活で見える風景だけだ。

 それが世界のほんの一部であり、世界は広いぞ、と言われたところでピンとこなかった。

 確かに世界は広いのかもしれないが、千歳の手の届く範囲はあまりにも限られている。

 だから、海が広かろうが世界が広かろうが関係ないのだ。

 それに、今日は手の届く範囲にいた篝を助けることができた。

 何も悪いことはない。

 
「千歳君の将来の夢って、何?」

 千歳
「わからない。ただ、手の届く範囲にいる人たちを守りたいなって、それだけ」

 
「私も、将来どうなりたいとか、決まってないなー。お父さんは普通の学生生活を送りなさいって言って今の学校に通わせてくれてるけど、私、船のこと以外覚えるの苦手だからなー。勉強はあんまりできない。だからいい大学とかにもいけないんだろうなー」

 千歳
「確かに、勉強する時間も奪われて仕事に駆り出されたんじゃ、頭もよくなれないよ」

 
「はあ、やってられない。勉強する時間がろくにないんじゃ、頭もよくなれない」

 千歳
「篝さんは、何か苦手な科目とかある?」

 
「特にないかな? 強いて言えば数学と理科、他は大体できてるつもりだけど、国語が4取れて他は全部3かな?」

 千歳
「そっかー、微妙だね」

 
「微妙だなんて、傷つくなー」

 千歳
「ごめん。そんなつもりじゃなかったんだ。あとでジュース奢るから機嫌なおしてよ」

 
「千歳君におごってもらうなんて絶対いや」

 千歳
「ああ、貧乏でごめんね、なんか」

 
「わかればよろしい」


 そうして二人は時間になったので宿へ向かうのだった。

 宿は高層ビルの上階を丸々一つ使ったものであり、天高くどこまでも続いている。

 窓から見える景色が異様にいいのだが、宿に入った瞬間カーテンが自動で開いて、いかにもという感じの部屋だった。

 そんなことより、ギリギリベッドは二つあるが、仮にこれがダブルベッドだったら色々としんどかっただろう。

 千歳
「大丈夫? 同じ部屋だなんて」

 
「大丈夫じゃない? 別に千歳君を異性として認識してないし」

 千歳
「あっそ」

 まあ、千歳も年頃の男の子なのだから女の子と一つ部屋の中というのもきつい話だが、篝はまったく気にしていないようだ。

 篝はベッドに座り、千歳はもう一つのベッドに座って雑談を続けた。

 軽い修学旅行気分だな、と思いながら千歳は天井を見上げる。

 
「どうしたの? 天井なんて見ちゃって?」

 千歳
「状況が状況だから目を合わせられないのさ]

 
「え、なんで?」

 千歳
「わからないかな?」

 
「わからないな」

 千歳
「あー、もう。篝さんもなんか変だよ。俺の気持ちを理解してくれっての。人の気持ちがわからない病気とかひょっとしてある?」

 
「あ、よくわかったね」

 千歳
「当たっちゃった」

 
「私、生まれつき人の気持ちとかよくわからなくて。これでもお父さんがちゃんと教育してくれたからだいぶましになったけど、中学生の時はひどかったな」

 千歳
「人とか虐めてなかった?」

 
「虐めてたかもしれない」

 千歳
「仕方ないよ。子供って他の人の気持ちとかわからないものじゃん。中学生とかじゃあね」

 
「そうだけど……気持ちがわからないから逃げて行っちゃった人もいるしなあ」

 千歳
「別にいいじゃん。逃げて行っちゃった人は逃げて行っても。どうせ仲良くできる人としか仲良くできないんだから」

 
「そうだけど……」

 まあ、16歳の子供ならそういうことは考えるか。

 千歳のいう合う人とだけ付き合えばいいは正論だが、篝はまだそれを飲み込めていないようだった。

 そういう千歳もできれば全員と仲良くしたいと思っている。

 篝は……いい子だな。

 千歳も……いい子だな。

 問題行動は起こさないしみんなと仲良くすることができる。

 ここまでいい子供はいない。

 
「なんだか千歳君って、いい感じだよね」

 千歳
「篝さんが船の話をしまくるから変なだけで、自分は普通だと思うよ」

 
「普通って、素敵」

 千歳
「普通ってなんだよ」

 
「私たちみたいな変な人たちが集められた学校ってさ、いわゆる普通じゃない人の集まりでしょ? そういう人たちからしてみたら、普通って憧れない?」

 千歳
「普通か。確かに俺たちは普通じゃなくて特別だもんな。そんな優秀なわけじゃないし、普通には憧れるよね」

 
「千歳君は優秀じゃない」

 千歳
「そんなことはないよ。貧乏だからできないこともたくさんあるし、全然普通じゃないよ」

 
「なんだか、貧乏を言い訳にしてない?」

 千歳
「そんなつもりはないよ。でも、お金がないと本当に何もできないからね」

 確かに、お金がないと何もできない。

 しかし篝には貧乏を言い訳にしているように聞こえてしまうのだ。

 また正論で相手を言いくるめてしまうなと思った篝はこれ以上は何も言わなかったが、やはり千歳には引っかかるものがあるのだ。

 なんだろうな、で世界の広さを知っているからこそ、広い世界に飛び出していきたいという欲求と、狭い世界で満ち足りた暮らしを送りたいという葛藤、両方あるのだろう。

 どちらかといえば、好奇心からくる広い世界を見てみたいという気持ちが強い。

 が、千歳の生い立ちや悪環境がそれを拒み、阻害し、千歳に広い世界を見せられないようにしている。

 千歳
「篝さんは、どこか遠くへ行ったことがありますか?」

 
「そうだね、子供のころ、ドイツへ旅行に行ったことがあって。今年は中学校の卒業祝いにイギリスに行ったかな」

 千歳
「そこは、素敵なところだった?」

 
「ううん、きれいなのは写真に写る部分だけで、実際には川に家畜の死骸が流れてるような、そんな街だった。幻滅したかな?」

 千歳
「天下のおフランスですら暴徒が暴れまわってるとかだからなー。大きな家には大きな隙間風が吹いてるものなのかな」

 
「実際そうだってば。だから、千歳くんも危なっかしいところがあるけど、誰だって短所があるものだから」

 千歳
「そんなものかな」

 実のところ、千歳が抱えているものは短所というほど小さなものではないのだが、否を唱えても意味がないな、と思ったので黙った。

 そんなことより、まずは百々に今日は帰れないことを伝えなければならない。

 中学生の子供を家に一人にしておくのはいろいろと問題があるだろうが、帰れないのでは仕方がない。

 通知で連絡を入れた。

 すると、どうやら千歳あてに差出人不明の手紙が来ていると百々から連絡がある。

 最近忙しいな、と思ったが、相手も相手で理屈の通じない相手ではない。

 連絡する手段が存在しない以上、横浜でテロにあったと伝えれば納得してくれるだろう。

 むしろ上の人だって人情に厚い人だ。

 大変だったなとねぎらいの言葉をかけてくれるだろう。

 千歳はベッドに横になって天井を眺めた。

 
「もう寝る?」

 千歳
「まだ……普段は勉強してるから、まだ眠気が来ないや」

 
「睡眠とか削って勉強してるの?」

 千歳
「いいや、ちゃんと寝ないと頭は働かないよ。早寝早起き、適度な勉強、これが学力向上の秘訣、あとは努力の質かな?」

 
「千歳君は勉強が好き?」

 千歳
「ほかに打ち込めるものがないだけだよ」

 
「そっか」

 篝もベッドの上で横になった。

 同じく天井を見上げる。

 
「私さ、本当、お金持ちなのをみんなに知られたくないんだよね。だって、ほかの人はみんな貧乏だし、友達じゃなくなっちゃう。でも千歳君は違ったね」

 それもそうか、VIPの関係者だからこうして高級ホテルに泊まれているとかそういう状態だもんな。

 一般人からしてみたらドン引きだろう。

 仮にここで千歳を殴ったとしても、法律上罰することはできないのだろうな。

 しかし千歳はこう返した。

 千歳
「同じ人間なんていないさ。人間は全部違う。どうして同じ人間という種族でくくられているのかよくわからないくらいに」

 
「人それぞれってやつ?」

 千歳
「まあ、そんな感じ」

 篝は少し考えた。

 まあ、やっぱりな、千歳にここまで踏み込んでしまうと、今後が心配になることもあるのだろう。

 
「千歳君って、誰なの?」

 千歳
「ただの貧乏な高校生だよ」

 
「それだけじゃ、ないよね?」

 千歳
「まだ話したくないかも」

 
「話してよ」

 千歳
「いやだよ」

 
「ケチ」

 千歳
「何を言っても教えてあげないよ」

 
「教えてよ」

 千歳
「頑固だな」

 
「そうだけど、知らないことがあるなら知りたいと思うのが普通じゃない?」

 千歳
「知らないほうがいいこともたくさんあるよ」

 
「そっか、やっぱり千歳君は異世界人だね」

 千歳
「実際そうだよ。日本の常識はよくわからないし」

 その日の夜、千歳は早めに眠った。

 早く百々のところに帰りたいし、人とのやり取りもある。

 しかし、篝は千歳の隣で眠れない夜を過ごすのだった。

 誰にでも人に言えない秘密はあるものだと理解しているつもりだが、隣で眠っている千歳が湛えているものは、どこまで深いものなのだろうかと気になってしまう。

 最近の人と人とのやり取りは希薄だ。

 だけど千歳は篝の戦艦趣味にも付き合ってくれる。

 悪口の一つも言わず陰口の一つも言わない。

 そんないい人がどれだけの闇を抱えているのか気になるといえば気になる。

 気になるが、千歳は話してくれない。

 気になりすぎて、眠れない。

 眠れないから息をひそめて眠ったふりをして、千歳が眠るのを待った。

 そして千歳の寝顔を眺めるのだった。

 やっぱり、純粋無垢な男子高校生の顔だ。

 それ以外のなんでもない。

 大丈夫、千歳はいい人だ。

 そう思って篝は安心して眠った。


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