第一章3節「青い鳥」
夢小説『スタウロライト 十字石の追憶』
第一章3節「青い鳥」
「…この角を、右に曲がって…あ、あった!」
「こちらが参道ですね。では、登りましょう」
貝塚から坂道を下り、神殿に辿り着いた。大切な神霊を祀る所であるため、石段を登った台地上に建立されている。そのため、あの天変地異による洪水が下町を襲った時も、この神殿に避難する事で、多くの人々が命を守ったという。その際、住民に神殿への避難を促す「天の声」が聞こえたとの伝承があり、災害からの復興を経て、人々の信仰を集めている。そんな事を考えながら、樹林に覆われた細い石段を登る。前にヒジリが先行し、その後ろから私とメグミが、手を繋いで一緒に続く。一説によると、神殿が建てられる前には英雄の城があったとも言われ、今この地に祀られているのも、武を司り戦士を守護する軍神である。
東部台地 神殿
「あら、いらっしゃい。3人とも、おはよう」
「おはよう御座います、イサミ」
「あ、イサミ姉様だ! おはよう!」
石段を登り終えると、ヒジリの双子であり、メグミと私のもう一人の姉であるイサミが居た。
イサミの印象は、一言で表現すると「青空色」である。空の色と言っても多彩で、今日のような晴れた日には、地平線の近くは明るい水色、天頂の辺りは深い蒼色に見えるが、その景色を擬人化したかのように、淡い空色の短髪と、濃青色の瞳で、今まさに天空を眺めている。修道服のヒジリとも、和装を好むメグミとも対照的に、如何にも現代人らしい洋服を着ている。職業柄、軍服姿である事も多い。「聖」に対する「俗」、あるいは「和」に対する「洋」を象徴するような姉である。最大の経歴は、この地域を統治している「東部帝国」の軍隊に入り、将兵としての正式な訓練を受けた武官だという事である。
「じゃ、予定通り始めるから、早く準備して」
「はーい!」
メグミは神殿に礼拝した後、お気に入りの短刀2本を構える。イサミは軍人らしく、小銃と短剣を組み合わせた銃剣(この世界の標準的な兵器)を装備している。私も、近接戦用の刀剣と、遠方目標に対する飛び道具、できれば両方を習得する事が望まれる。まずは比較的、使い易いと言われる剣から始める事にした。
「それじゃ分隊長ちゃん、まずはこれを試して」
私がイサミから受け取った剣に、ヒジリやメグミも関心を示す。
「あら、美術品のように綺麗な剣ですね。刀剣の歴史は、石器時代の石剣に始まると考えられており…」
「金属の時代になると、私が持っている物みたいに、青銅や鉄の刀剣が使われるようになって、古代神話にも登場するんだよね!」
さすが文系一途の二人、頭の中身に歴史教科書がインストールされているようだ。対する理系のイサミは、その好奇心に感心しつつも呆れている。
「はいはい、歴史の勉強は後で良いから…この剣は、装着する宝石鉱物に応じて、発生する属性効果が変わる仕様になっているの。属性とは、万物を構成する4~6種類の元素であり…ああ、こういう話は、それこそヒジリのほうが詳しそうだから、お願い」
「はい。古代西洋の自然哲学では、万物は『地水火風』という四元素で出来ていると考えられていました。東洋では、これに『空』と『識』を加え、この『六大』説が現在、有力になっております」
「それぞれの属性には色があり、装着する結晶の色に応じて、その属性を付加できるわ。具体的には…」
地・闇系は紫、水・氷系は青、火系は赤、風系は緑、空(光・雷)系は黄色という、言われてみれば分かり易い色分けである。装着するパワーストーンを取り替えれば、属性を変える事もできる。修練を積めば、一人で複数の属性を使い分ける事もできるようだ。
「例えば、お姉ちゃんは元々、魔女の末裔として闇の力を用いていたので、その頃から紫水晶を身に付けておりますが、今では闇をメグミに譲り、私自身は光の力を用いる事が多いですね」
「ヒジリ姉様の陰の呪力は、今は私が譲り受けているよ。だから私の波動攻撃は、とっても綺麗な紫色なの!」
強く握った短刀から、紫色のプラズマを放電して見せるメグミ。こんなものを笑顔で見せられると、可愛いのか怖いのか分からない…。
「ま、習うより慣れよって事で、色々と試して御覧。ここに訓練用の鉱物を何個か置いてあるから、好きなのを剣に装着して、私のほうに振ってみて?」
訓練とは言え、イサミに向かって属性攻撃したら、氷属性ならイサミが凍結(物理)し、火属性ならイサミが炎上(物理)しそうだが、大丈夫だろうか…?
「大丈夫よ! こっちは慣れてるんだから、適当に回避なり防御するわ」
言われた通り、イサミ達が用意してくれたパワーストーンを剣に装着し、まずは色々と試してみる。アメジストは地、サファイアは水、ルビーは火、エメラルドは風、トパーズは空…という具合に、用いる宝石によって、剣を振り下ろした時に生じる属性が変わる。無論、イサミは軍人資格を持っているので、素人である私の攻撃など、簡単に避けてくれる…はずなのだが。
「…イサミ姉様! 焔が直撃して、服が燃えているけど大丈夫!?」
ルビーを用いた火属性の斬撃が、思いっきりイサミの体に直撃してしまった…。
「だ…大丈夫よ! それより早く、ルビーをサファイアに取り替えて、水属性のを私に当てて消火して! 早くしてよ! 熱いんだから!」
いやいや、適当に避けるから大丈夫だと言っていたじゃないか…と思いつつ、リクエスト通り水属性の斬撃で、イサミの体を「消火」したのだが…。
「あ、今度はイサミ姉様が凍っちゃった」
力を入れ過ぎたせいか、液体ではなく固体の氷に属性が強化され、イサミを凍結させてしまった。全身が凍ったイサミは喋れないので、ヒジリが「第三の眼」を開き、イサミの意識を読心する事にした。
「イサミ、大丈夫ですか?」
両目を瞑り、氷晶に閉じ込められたイサミへと意識を集中するヒジリに、イサミの心の声が聞こえて来る。
(大丈夫じゃないわよ! 冷た過ぎて凍死しそうよ! 早くサファイアをルビーに戻して、火属性の斬撃を当てて、私を解凍してよ!)
「…畏まりました。では、本日の夕食は冷凍食品にしようかと思います」
(そんなテレパシー送ってないわよ、ヒジリ! あなたの読心能力の精度が心配になってきたわよ! ねえ、聞こえてるの!?)
「…なんか良く分からないけど、二人とも楽しそうだね!」
メグミの無邪気な微笑みに、私は苦笑いで応じながらも、取り敢えずイサミの「解凍」を試みる。こんな事を繰り返すうちに、ほぼ全ての属性攻撃を一通り練習する事ができた。
「はぁ…死ぬかと思ったわ。あと話す事は…そうそう、地水火風空の5属性を、二つずつ横に並べて比較すると、左のほうが右より強い傾向があるわ。地は水に強く、水は火に、火は風に、風は空に、空は地に強いって感じね」
昔、東洋の某国では、キャラの名前を横に並べると、左側が「攻める」ほう、右側が「受ける」ほう…とかいう、意味不明な表記ルールがあったらしい。それと同じかは分からないが、例えば「地水火風空」の「水火」に着目すると、水と火では、水が攻め側、火が守り側という事で、水のほうが火より強いわけである。火を消すなら水を使う、まあ考えてみれば常識的な話ではあるが。
「間違っても『効果は抜群だ!』とか言わないでね」
ヒジリは空属性、メグミは地属性、イサミは風属性である。つまり、単純に属性の相性だけで戦えば、ヒジリ(空)はメグミ(地)に強く、イサミ(風)はヒジリ(空)に強い事になる。これを攻守カップリング式に表記すれば「ひじめぐ」「いさひじ」になり…。
「あの…先程から一体、何を想像していらっしゃるのでしょうか…?」
「発想が腐っているわね」
「なんか良く分からないけど、仲良しって幸せだね!」
それはともかく、属性って地水火風空のほかに、あと一つあったような…?
「…ああ、それは『識』ですね」
識とは?
「この世界の地水火風空と、そのあり方…即ち光と闇、善悪・陰陽など、あらゆる概念を認識し、超越し得る能力…言わば『神の力』ですね」
それ、絶対に強いやつだ。
「識属性を習得した者は、さっきまで練習していた地水火風空の、ほぼ全ての力を操れるようになる…と言われているわ。鉱物を取り替えなくても、水と火を同時に発生させたりできるわけ」
「そう言えば姉様、識って何色だっけ?」
「識のイメージカラーは…あるとすれば七色の虹であり、白でも黒でもあるって感じかしら?」
白でもあり、黒でもある…あ、もしかして…?
「あ、あなたの十字石!」
私とメグミが一斉に気付き、私が身に付けている十字石を凝視する。十字石は、白い母岩の上に、黒い十字形の鉱物が結晶化した宝石である。この色は、あるいは…?
「ええ、そうよ。あなたのスタウロライトには、識属性を発現させる可能性が込められているわ。でも、その力を使いこなすには、相応の訓練が必要になる。それを開花させられるかは、あなた次第って事ね」
この石を私にくれたヒジリも、その事を知っていたのだろうか?
「ええ、そうですよ。全てを失ったあなたには、どうか明るい未来を信じて、幸せに生きて欲しい…そう願って、この十字石を授けたのです」
安心と信頼の柔和な瞳で、優しく私を見詰めるヒジリ。メグミもイサミも、思う所は同じである。皆、私の幸せを祈り願ってくれている。ならば、私は…!
「まあでも、絶対に識属性をマスターしなきゃいけないとか、そういうプレッシャーには捉えないでね。勉強や仕事と同じで、いま自分にできる事を少しずつ進めなさい」
はい!
「私も、いつもあなたの隣で応援しているよ! 一緒に楽しく、無理しない程度に頑張ろうね!」
メグミの激励に笑顔で応じながら、最後にもう一つの疑問が頭をよぎった。その識属性とやらを悟るに至った覚者は、今までに何人ほど居るのだろうか…と。その疑問を読心したヒジリが、思案しながら答える。
「んー…3~4人ほど、いらっしゃるかも知れません。まず、比較的身近な方としては…」
識属性を操れると言われる一人目は、ここ東部帝国の君主である女帝陛下。二人目は、かつて分裂前の旧大陸に「主席・大元帥」として君臨していた、正体不明の少女。そして、もう一人は…およそ1500年も昔の古代に、天空の彼方にある「ポセイドン」という異界から、この世界に降臨した水の女神であるという…なるほど、確かに強そうな面々であり、彼女達ならば、識属性とやらを習得していても不思議ではない。
「旧大陸の大元帥も、古代の水神も、今となっては行方不明…だから、生身の識属性として御存命なのは、ここ東部地方の女帝陛下だけかも知れないわね」
更に、四人目の識属性が居るとすれば、それはヒジリ・イサミ・メグミの母なのだが、彼女も故人である。こうした話を交わしながら、この世界における戦闘理論の学習と実践を繰り返し、剣だけでなく銃の撃ち方なども教わり、充実した訓練を積む事ができた。
「…お社様、本日のお稽古は無事に終了致しました。いつも私達を見守って下さり、ありがとう御座います!」
軍神を祀る社殿に深く礼拝し、心を込めて合掌するメグミ。それに応えるかのように、社殿の扉が風で少し揺れた…ような気がする。もし仮に、この中に神様が実在したならば、メグミの純真な信心を見て、きっと喜んでおられるだろうとは思う。
「ありがとう御座いました。では、貝塚に帰りましょうか」
「皆、今日は頑張ったわね。しっかり栄養を摂って、休みなさい」
ヒジリとイサミも、社殿への敬礼を済ませ、私達は神殿から帰る事にした。行きと同じく、メグミと手を繋ごうとした時、イサミが私の手を取った。
「この世界の情勢だと、いつどこで実戦に巻き込まれても不思議じゃないわ。でも、あなたを死なせはしない…その決意は、私もヒジリと一緒よ。だから、お姉さん達に付いて来なさい!」
日が沈み、夕暮れと共に暗くなる神殿。そこから私達が帰路に就いた直後、社殿の中から誰かの声が…。
「うぅ…神様は、お腹が空いたよぉ~…」
第一章3話 解説
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