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第一章3節「青い鳥」

夢小説『スタウロライト 十字石の追憶』

 かつて「旧大陸」は独裁政権に支配されていたが、天変地異を機に反乱が勃発し、政権は崩壊した。大陸は四つの「」に分裂し、それぞれ別々の国家に統治され、内戦が続いている。天変地異によって生じた未知のエネルギーは、この世界の物理法則を歪め、科学と神話が交錯する新時代に突入した。4島の一つである「東島」に迷い込んだ主人公「」は、そこで自分を救ってくれた仲間達と出逢い、彼女らと共に生きる事となった…。

※この作品には、自然災害などの描写が含まれます。

第一章3節「青い鳥」

 今日は東部台地の神殿で、メグミ達の訓練を担う事になった。メグミは少しずつ慣れてきたけれど、あの子は初めてだろうから、まずは基礎から教える事にしましょう。ところで…さっきから社殿の中で寝ている女の子、一体誰なのかしら…?

イサミの日記

「…この角を、右に曲がって…あ、あった!」

「こちらが参道ですね。では、登りましょう」

 貝塚から坂道を下り、神殿に辿り着いた。大切な神霊を祀る所であるため、石段を登った台地上に建立されている。そのため、あの天変地異による洪水が下町を襲った時も、この神殿に避難する事で、多くの人々が命を守ったという。その際、住民に神殿への避難を促す「天の声」が聞こえたとの伝承があり、災害からの復興を経て、人々の信仰を集めている。そんな事を考えながら、樹林に覆われた細い石段を登る。前にヒジリが先行し、その後ろから私とメグミが、手を繋いで一緒に続く。一説によると、神殿が建てられる前には英雄の城があったとも言われ、今この地に祀られているのも、武を司り戦士を守護する軍神である。


東部台地 神殿

東部台地 神殿

「あら、いらっしゃい。3人とも、おはよう」

「おはよう御座います、イサミ」

「あ、イサミ姉様だ! おはよう!」

 石段を登り終えると、ヒジリの双子であり、メグミと私のもう一人の姉であるイサミが居た。

https://waifulabs.com/
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 イサミの印象は、一言で表現すると「青空色」である。空の色と言っても多彩で、今日のような晴れた日には、地平線の近くは明るい水色、天頂の辺りは深い蒼色に見えるが、その景色を擬人化したかのように、淡い空色の短髪と、濃青色の瞳で、今まさに天空を眺めている。修道服のヒジリとも、和装を好むメグミとも対照的に、如何にも現代人らしい洋服を着ている。職業柄、軍服姿である事も多い。「聖」に対する「俗」、あるいは「和」に対する「洋」を象徴するような姉である。最大の経歴は、この地域を統治している「東部帝国」の軍隊に入り、将兵としての正式な訓練を受けた武官だという事である。

「じゃ、予定通り始めるから、早く準備して」

「はーい!」

 メグミは神殿に礼拝した後、お気に入りの短刀2本を構える。イサミは軍人らしく、小銃と短剣を組み合わせた銃剣(この世界の標準的な兵器)を装備している。私も、近接戦用の刀剣と、遠方目標に対する飛び道具、できれば両方を習得する事が望まれる。まずは比較的、使い易いと言われる剣から始める事にした。

「それじゃ分隊長ちゃん、まずはこれを試して」

 私がイサミから受け取った剣に、ヒジリやメグミも関心を示す。

「あら、美術品のように綺麗な剣ですね。刀剣の歴史は、石器時代の石剣に始まると考えられており…」

「金属の時代になると、私が持っている物みたいに、青銅や鉄の刀剣が使われるようになって、古代神話にも登場するんだよね!」

 さすが文系一途の二人、頭の中身に歴史教科書がインストールされているようだ。対する理系のイサミは、その好奇心に感心しつつも呆れている。

「はいはい、歴史の勉強は後で良いから…この剣は、装着する宝石鉱物に応じて、発生する属性効果が変わる仕様になっているの。属性とは、万物を構成する4~6種類の元素であり…ああ、こういう話は、それこそヒジリのほうが詳しそうだから、お願い」

「はい。古代西洋の自然哲学では、万物は『すいふう』という四元素で出来ていると考えられていました。東洋では、これに『くう』と『しき』を加え、この『六大』説が現在、有力になっております」

「それぞれの属性には色があり、装着する結晶クリスタルの色に応じて、その属性を付加できるわ。具体的には…」

 地・闇系は紫水・氷系は青火系は赤風系は緑空(光・雷)系は黄色という、言われてみれば分かり易い色分けである。装着するパワーストーンを取り替えれば、属性を変える事もできる。修練を積めば、一人で複数の属性を使い分ける事もできるようだ。

「例えば、お姉ちゃんは元々、魔女の末裔として闇の力を用いていたので、その頃から紫水晶を身に付けておりますが、今では闇をメグミに譲り、私自身は光の力を用いる事が多いですね」

「ヒジリ姉様の陰の呪力は、今は私が譲り受けているよ。だから私の波動攻撃は、とっても綺麗な紫色なの!」

 強く握った短刀から、紫色のプラズマを放電して見せるメグミ。こんなものを笑顔で見せられると、可愛いのか怖いのか分からない…。

「ま、習うより慣れよって事で、色々と試して御覧。ここに訓練用の鉱物を何個か置いてあるから、好きなのを剣に装着して、私のほうに振ってみて?」

 訓練とは言え、イサミに向かって属性攻撃したら、氷属性ならイサミが凍結(物理)し、火属性ならイサミが炎上(物理)しそうだが、大丈夫だろうか…?

「大丈夫よ! こっちは慣れてるんだから、適当に回避なり防御するわ」

 言われた通り、イサミ達が用意してくれたパワーストーンを剣に装着し、まずは色々と試してみる。アメジストは地、サファイアは水、ルビーは火、エメラルドは風、トパーズは空…という具合に、用いる宝石によって、剣を振り下ろした時に生じる属性が変わる。無論、イサミは軍人資格を持っているので、素人である私の攻撃など、簡単に避けてくれる…はずなのだが。

「…イサミ姉様! 焔が直撃して、服が燃えているけど大丈夫!?」

 ルビーを用いた火属性の斬撃が、思いっきりイサミの体に直撃してしまった…。

「だ…大丈夫よ! それより早く、ルビーをサファイアに取り替えて、水属性のを私に当てて消火して! 早くしてよ! 熱いんだから!」

 いやいや、適当に避けるから大丈夫だと言っていたじゃないか…と思いつつ、リクエスト通り水属性の斬撃で、イサミの体を「消火」したのだが…。

「あ、今度はイサミ姉様が凍っちゃった」

 力を入れ過ぎたせいか、液体ではなく固体の氷に属性が強化され、イサミを凍結させてしまった。全身が凍ったイサミは喋れないので、ヒジリが「第三の眼」を開き、イサミの意識を読心する事にした。

「イサミ、大丈夫ですか?」

 両目を瞑り、氷晶に閉じ込められたイサミへと意識を集中するヒジリに、イサミの心の声が聞こえて来る。

(大丈夫じゃないわよ! 冷た過ぎて凍死しそうよ! 早くサファイアをルビーに戻して、火属性の斬撃を当てて、私を解凍してよ!)

「…畏まりました。では、本日の夕食は冷凍食品にしようかと思います」

(そんなテレパシー送ってないわよ、ヒジリ! あなたの読心能力の精度が心配になってきたわよ! ねえ、聞こえてるの!?)

「…なんか良く分からないけど、二人とも楽しそうだね!」

 メグミの無邪気な微笑みに、私は苦笑いで応じながらも、取り敢えずイサミの「解凍」を試みる。こんな事を繰り返すうちに、ほぼ全ての属性攻撃を一通り練習する事ができた。

「はぁ…死ぬかと思ったわ。あと話す事は…そうそう、地水火風空の5属性を、二つずつ横に並べて比較すると、左のほうが右より強い傾向があるわ。地は水に強く、水は火に、火は風に、風は空に、空は地に強いって感じね」

 昔、東洋の某国では、キャラの名前を横に並べると、左側が「攻める」ほう、右側が「受ける」ほう…とかいう、意味不明な表記ルールがあったらしい。それと同じかは分からないが、例えば「地風空」の「水火」に着目すると、水と火では、水が攻め側、火が守り側という事で、水のほうが火より強いわけである。火を消すなら水を使う、まあ考えてみれば常識的な話ではあるが。

「間違っても『効果は抜群だ!』とか言わないでね」

 ヒジリは空属性、メグミは地属性、イサミは風属性である。つまり、単純に属性の相性だけで戦えば、ヒジリ(空)はメグミ(地)に強く、イサミ(風)はヒジリ(空)に強い事になる。これを攻守カップリング式に表記すれば「ひじめぐ」「いさひじ」になり…。

「あの…先程から一体、何を想像していらっしゃるのでしょうか…?」

「発想が腐っているわね」

「なんか良く分からないけど、仲良しって幸せだね!」

 それはともかく、属性って地水火風空のほかに、あと一つあったような…?

「…ああ、それは『識』ですね」

 識とは?

「この世界の地水火風空と、そのあり方…即ち光と闇、善悪・陰陽など、あらゆる概念をし、超越し得る能力…言わば『神の力』ですね」

 それ、絶対に強いやつだ。

「識属性を習得した者は、さっきまで練習していた地水火風空の、ほぼ全ての力を操れるようになる…と言われているわ。鉱物を取り替えなくても、水と火を同時に発生させたりできるわけ」

「そう言えば姉様、識って何色だっけ?」

「識のイメージカラーは…あるとすればであり、って感じかしら?」

 白でもあり、黒でもある…あ、もしかして…?

「あ、あなたの十字石!」

 私とメグミが一斉に気付き、私が身に付けている十字石を凝視する。十字石は、白い母岩の上に、黒い十字形の鉱物が結晶化した宝石である。この色は、あるいは…?

「ええ、そうよ。あなたのスタウロライトには、識属性を発現させる可能性が込められているわ。でも、その力を使いこなすには、相応の訓練が必要になる。それを開花させられるかは、あなた次第って事ね」

 この石を私にくれたヒジリも、その事を知っていたのだろうか?

「ええ、そうですよ。全てを失ったあなたには、どうか明るい未来を信じて、幸せに生きて欲しい…そう願って、この十字石を授けたのです」

 安心と信頼の柔和な瞳で、優しく私を見詰めるヒジリ。メグミもイサミも、思う所は同じである。皆、私の幸せを祈り願ってくれている。ならば、私は…!

「まあでも、絶対に識属性をマスターしなきゃいけないとか、そういうプレッシャーには捉えないでね。勉強や仕事と同じで、いま自分にできる事を少しずつ進めなさい」

 はい!

「私も、いつもあなたの隣で応援しているよ! 一緒に楽しく、無理しない程度に頑張ろうね!」

 メグミの激励に笑顔で応じながら、最後にもう一つの疑問が頭をよぎった。その識属性とやらを悟るに至った覚者は、今までに何人ほど居るのだろうか…と。その疑問を読心したヒジリが、思案しながら答える。

「んー…3~4人ほど、いらっしゃるかも知れません。まず、比較的身近な方としては…」

 識属性を操れると言われる一人目は、ここ東部帝国の君主である女帝陛下。二人目は、かつて分裂前の旧大陸に「主席・大元帥」として君臨していた、正体不明の少女。そして、もう一人は…およそ1500年も昔の古代に、天空の彼方にある「ポセイドン」という異界から、この世界に降臨した水の女神であるという…なるほど、確かに強そうな面々であり、彼女達ならば、識属性とやらを習得していても不思議ではない。

「旧大陸の大元帥も、古代の水神も、今となっては行方不明…だから、生身の識属性として御存命なのは、ここ東部地方の女帝陛下だけかも知れないわね」

 更に、四人目の識属性が居るとすれば、それはヒジリ・イサミ・メグミの母なのだが、彼女も故人である。こうした話を交わしながら、この世界における戦闘理論の学習と実践を繰り返し、剣だけでなく銃の撃ち方なども教わり、充実した訓練を積む事ができた。

「…おやしろ様、本日のお稽古は無事に終了致しました。いつも私達を見守って下さり、ありがとう御座います!」

 軍神を祀る社殿に深く礼拝し、心を込めて合掌するメグミ。それに応えるかのように、社殿の扉が風で少し揺れた…ような気がする。もし仮に、この中に神様が実在したならば、メグミの純真な信心を見て、きっと喜んでおられるだろうとは思う。

「ありがとう御座いました。では、貝塚に帰りましょうか」

「皆、今日は頑張ったわね。しっかり栄養を摂って、休みなさい」

 ヒジリとイサミも、社殿への敬礼を済ませ、私達は神殿から帰る事にした。行きと同じく、メグミと手を繋ごうとした時、イサミが私の手を取った。

「この世界の情勢だと、いつどこで実戦に巻き込まれても不思議じゃないわ。でも、あなたを死なせはしない…その決意は、私もヒジリと一緒よ。だから、お姉さん達に付いて来なさい!」

 日が沈み、夕暮れと共に暗くなる神殿。そこから私達が帰路に就いた直後、社殿の中から誰かの声が…。

「うぅ…神様は、お腹が空いたよぉ~…」


第一章3話 解説

イサミ ヒジリの双子であり、メグミのもう一人の姉。ヒジリとイサミの間には、一方が「姉」で他方が「妹」という上下関係が無く、対等な双子関係である。ヒジリ・メグミが「文系・理想主義・呪力派・厚着」なのに対して、イサミは「理系・現実主義・科学技術派・薄着」という好対照である。東島 東部海岸の軍隊(東部帝国)で正規の訓練を受けた、若きエリート将校であり、戦闘機(艦載戦闘攻撃機)を操縦できるパイロットでもある。軍務のため、ヒジリ達の自宅には居ない事が多い。

「貝塚村」 東島 東部平原の台地(東部台地)にある、三千年前の旧大陸の集落遺跡。考古学者らによる発掘調査の結果、遺跡の地層から人骨が出土したので、私達の祖先は人間を共喰いしていたのでは?という議論を引き起こしたが、当時の人々の墓地だったという説もある。現在は史跡公園として整備されており、周辺にヒジリ・メグミ達の教会堂(自宅を兼ねる)がある。

「神殿」 東部台地に四百年近く鎮座する、伝統的な民俗信仰を伝える和風の神殿。貝塚の南方にある。約550年前には、歴史的な英雄の城塞があったとも言われる。社殿の中には、武運を司る軍神の「神像」(御神体・御本尊)が安置されているらしく、特にメグミは、この神様を篤く推している。しかし、実物の神像を見た者は、メグミを含めほとんど居ない…。

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 お読み下さり、ありがとう御座います。東京の大森・蒲田(大田区)出身、2023(令和五)年よりDAC横浜に所属。大学などでの探究を表現する「地球学(地理学文芸)作家」を志し、夢小説ライトノベルを創っています。物語の主人公は、本書を御覧の「あなた」自身です。

2023(令和五)年4月5日(水曜)
アキラ(デジタルアートセンター横浜)


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