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第一章2節「君の声を聴かせて」

夢小説『スタウロライト 十字石の追憶』

 かつて「旧大陸」は独裁政権に支配されていたが、天変地異を機に反乱が勃発し、政権は崩壊した。大陸は四つの「」に分裂し、それぞれ別々の国家に統治され、内戦が続いている。天変地異によって生じた未知のエネルギーは、この世界の物理法則を歪め、科学と神話が交錯する新時代に突入した。4島の一つである「東島」に迷い込んだ主人公「」は、そこで自分を救ってくれた仲間達と出逢い、彼女らと共に生きる事となった…。

※この作品には、自然災害などの描写が含まれます。

第一章2節「君の声を聴かせて」

 あなたが私達の家に来てくれてから、早くも月日が経ちました。あなたと一緒に居ると、楽しい時間があっと言う間に過ぎてしまいます。それぐらい、あなたと一緒に暮らせる日々が幸せなんです。だって私は、初めて出逢った時から…いや、きっと生まれる前から、あなたの事が…大好きなんだよ!

メグミの日記

「…つんつん、つんつん…おはよう、朝だよ!」

東部台地 貝塚村

 至近距離から頬をツンツンされている感触と共に目覚めると、眼前には、今日も私の顔を見られた事を心から喜ぶ少女の姿。御河童風の清楚な黒髪と、和風を好む少女らしいデザインの部屋着が、起きたばかりの私に、不思議なまでの安心感を与えてくれる。他方、ほんの少しだけ闇を感じてしまいそうな真紅の瞳には、あらゆる二心を見抜かれそうな気がする。

「んふふっ。そんなに見詰められると、少し照れちゃうかも?」

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 ヒジリの妹、メグミ。私がヒジリの自宅(教会附属)で暮らす事になった結果、彼女の妹であるメグミとも、必然的に同居している。私自身は、あの天変地異による記憶喪失で、自らの年齢を正確には覚えていないが、社会的にはメグミと同い年という扱いになっており、通う学校も、眠る寝室も同じである。旧大陸が滅び、この家に来た時から、私の人生がリスタートしたと考えるならば、その時から一緒に暮らしているメグミは、言わば幼馴染みであり、大切な家族である。

「今日は忙しい日じゃないから、眠かったら、もうしばらくお蒲団(布団)に入っていても大丈夫だよ。こうして、あなたの隣に居られるのは、私にとっても幸せな時間だもん!」

 私とメグミの関係は、単純だが複雑である。私達二人は年齢が近く、お互いを「大好き」と公言し合う仲である。その意味では単純である。しかし、それを恋愛感情と呼ぶべきか、更には色情欲のようなものが介在するかと言うと、話は少し複雑である。血縁が無いとは言え、私達は同じ屋根の下でずっと一緒に暮らしており、実質的には家族である。また、メグミは禁欲的な性格で、下心ではなく、思春期以前の童心を思わせる純真な気持ちで、私に接してくれている。だから私達の関係は、恋心と言うよりは、肉親を思いやる仁愛に近い。ヒジリもそうだが、この敬虔なる姉妹は、その深い信心ゆえに、本能的な欲望を避け、より高尚な精神的価値としての愛を語る。その根本にあるのは、あらゆる生命を尊ぶ慈悲である。私に、そんな生き方ができるかはともかく、少なくとも彼女達のあり方が、端的に言えば「格好良い」のは確かである。

「…ん、何か考え事でもしているの?」

 メグミの問いに対し、私は「不純なものを感じさせず、無条件に私を愛してくれる、そんなあなた方には感謝しているし、敬意さえ抱く」と答える。

「だって、私もヒジリ姉様も、あなたの笑顔を見られる事が、とっても嬉しいんだもん。あなたの幸せは、私の幸せなんだよ!」

 朝の寝室で、こんな感動的な台詞を聴いて良いのだろうか…そう言えばヒジリも、ある著名な作家の言葉を引いて「全人類の幸福なくして、真なる個人の幸福はあり得ない」という題目を唱えていた。この世界には、目先の快楽のために他者を利用し、裏切る者達が多い…いや、あまりにも多過ぎる。信じ、望み、愛そうとした者が絶望を味わう世界の、なんと憎らしい事か。あるいは私自身も、そうした罪に堕ちかける事があるかも知れない。そんな時代にあっては、彼女達のような綺麗事を堂々と述べ、実践する者も必要なのかも知れない。さて、さすがにそろそろ起きよう。

「あ、そろそろ起きる? じゃあ、私に掴まって?」

 メグミに「介護」され、蒲団から起き上がる。やれやれ、こんな事まで助けられっ放しとは不甲斐ない。せめて、感謝の言葉だけは忘れないようにしよう。

「気にしなくて良いよ。私こそ、いつもありがとう!」

 その暖かい言葉に、再び感謝の言葉を返しながら立ち上がった私の視界に、寝室の壁に貼られた、勉強用の世界地図が見えた。あの天変地異で分裂し、水没した旧大陸の中央には「地中海」があり、大陸の外側には「大洋」が広がる。そして二つの海の間には、分裂した旧大陸の破片である東西南北の4島が浮かぶ。今、私達が住んでいる「東方連合」と、ほかに「西方帝国」「南方共同体」「北方人民共和国」を加えた四大国家。これが、私達の生きる世界である。

旧大陸分裂後の世界地図(四つの島と五つの海)
旧大陸分裂後の世界地図(四つの島と五つの海)

「…お二方、おはよう御座います」

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 寝室の扉から、ヒジリが入って来た。

「ヒジリ姉様、おはよう!」

 メグミが元気良く返事をし、私もそれに続く。

「本日はお休みの日ですが、このような情勢ですので、何か緊急の務めが入るかも知れません。そうならない限りは、皆でゆったり過ごしましょう。では、朝御飯を用意しますね」

「はーい!」

 旧大陸の崩壊により、私達は独裁政権の支配から解放された。しかし皮肉な事に、露骨な武力による恐怖政治が無くなった結果、抑え込まれていた人々の欲望が爆発し、新世界は内戦状態に陥ってしまった。更に、あの天変地異の影響で、未知のエネルギーが世界を覆った事により、従来の自然科学では説明できない現象までもが見られるようになった。宗教人類学で「呪術」、心理学で「超能力」などと呼ばれる力である。そんな世界が内戦状態ならば、人々はどうするだろうか? そう、その力を軍事利用する動きが、敵・味方を問わず推進され、賛否を問う間も無く実用化され、。だから私達は、従来の科学技術に基づく軍事兵器の戦争だけでなく、呪力を用いた戦闘にも対処しなければならない。ファンタジーなのかSFなのか分からない時代を、私達は生きている。ここで、身近な超能力の具体例を一つ挙げると…。

「…あら、そのような事を考えているのですね。確かに、不可思議な時代ではありますね。戦いのあり方も、大きく変わりつつあるようですし」

 ヒジリの力の一つは、このように他者の心を読む「精神感応テレパシー」(読心能力)である。魔女の末裔と伝わるヒジリ達の教会は、その信仰が迫害されていた旧時代から、こうした呪力の存在を探究してきた。しかも、天変地異の巨大なエネルギー放射を浴びた事により、ヒジリ達の遺伝子が変異し、彼女らの血に宿る力は更に強化された。これは、妹のメグミも同様である。そういうわけで、私が属している教会騎士団は、単に生活するだけでなく、現下の世界を戦い抜く術を学ぶ上でも、望ましい環境に恵まれている。具体的には稽古、つまり戦闘訓練で心身を鍛える事ができる。

「ええ、あなたが考えている通りです。それでしたら後程、皆でお稽古に参りましょうか?」

 心を読んでくれるのは、口頭などで発言しなくてもメッセージを伝えられる点では助かるが、ヒジリに隠したい事があっても、誤魔化しや黙秘が通じないというデメリットもある。もっとも、ヒジリは良識ある保護者で、人のプライバシーに過干渉したりはしないが。

「あら、良識ある性格ですって。そう思って下さるなんて、お姉ちゃん嬉しいですよ!」

 そう言って、私を抱き締めるヒジリ。こういう過保護な所も含めて、この家の人達は皆「いい人」である。

「二人とも! 私も混ぜて?」

「はい、メグミも良い子ですね。ぎゅ~」

「んふふっ。皆、大好き!」

 私は(姉妹の美少女に合法的に挟まれている事実も考慮し)この笑顔を守りたいと強く思い、そのための力を欲したのであった。

「ねえねえ、今日はお稽古に行くの? じゃあ、私も一緒に付いて行くよ!」

「畏まりました。では後程、参りましょう」

 そうして私は、いつも私の隣に常駐するメグミと一緒に洗顔・着替えなど朝の家事を済ませ、ヒジリが調理してくれた朝食を頂き、教会騎士団の訓練へと向かった。この家に来たばかりで、実戦経験が乏しい私は、まず武器の取り扱いから学ぶ事になる。オンラインゲームで言う所のチュートリアルである。なお、いわゆる「リセマラ」はできない模様。最初の「ガチャ」で出逢った仲間達との好感度を上げるしかない…と言うか、最初の仲間であるヒジリ・メグミ達との出逢いに、私は感謝すべきであろう。

 かつて東洋のある国では、嫌いな親の子供として生まれた事を「親ガチャに外れた、こんな事なら生まれなければ良かった」などと自嘲する風潮があったらしい…という話をしたら、信心深きヒジリに「親子の絆は前世からの御縁なのだから、自らの運命を呪ってはいけません!」と説教された。運命、か…少なくとも、あの日に私が味わった苦難は、決して安易に受け入れられるような運命ではなかった。それでも今、こうして私を抱き締め、愛してくれている家族との出逢いも運命なのだとすれば、そして現在・未来の幸せが、過去の不幸さえも癒してくれるならば、私はその運命(ヒジリやメグミは、その彼岸に存在する一者を「神」と呼ぶ)を受け入れ、心から感謝できる日を望めるかも知れない。

 私達の教会がある「東島」は、堅い言い方では「東方連合」と呼ばれる。ほかの3島が、それぞれ一つずつの国家を成しているのに対し、ここ東島には複数の政権があり、それらが緩やかに連合している事になっている…が、この連合は名ばかりで、実際には東島の内部で、しばしば紛争が発生している。また、敵国である「北島」など、他島との対外戦争が勃発する事もある。つまり、今日のような平和な日常は、いつ壊れても不思議ではないのである。治安の悪い地域では、こうして道を通る間にも、海賊やテロ組織の奇襲を受ける恐れもある。

「皆で一緒にお出掛け、楽しいね!」

 私と互いに腕を組んで歩きながら、こちらを見て嬉しそうに口を開くメグミ。私も楽しいよ、と笑顔を返す私。そして、そんな私達を微笑ましく見守るヒジリ。

 私達の郷土は、東部平原の台地(東部台地)を中心とする地域で、数千年前の遺跡である「貝塚」の近くに自宅がある。そこから坂道を下ったり上ったりして、台地を南に縦断すると、軍神を祀る「神殿」があり、ここで訓練を受ける事になっている。その先に、私達の幸せな未来があると信じて…。

「今日も一緒に頑張ろうね。色々と大変な時代かも知れないけれど、私達は…ずーっと一緒だよ!」


第一章2話 解説

メグミ ヒジリの妹。主人公と年齢が近く、同じ学校のクラスに通っている。典型的な「主人公全肯定カノジョ」であり、ややヤンデレ。洋風の教会で働くヒジリに対し、メグミは主に東方の伝統的な神々を信仰しており、巫女服などの和装が似合う。あまり運動は得意でないが、有事には両手に持った2本の短刀などで戦う。


東島」 東方連合と呼ばれる国々がある。4島の中で最も広く、北東・東部・北部・中央山脈・南東・西部・北西・南西などの地方に区分される。乾季と雨季があり、寒暖の温度差が大きいなど、不安定な気候である。ヒジリ達が住んでいる東部地方には、かつて旧大陸を支配していた独裁政権の首都があり、現在も東島における臨時首都の役割を果たしている。


 なお「呪術」という言葉は近年、特定の漫画・アニメ作品と紐付けて語られる傾向にあるが、それ以前から『日本歴史大事典』『ブリタニカ国際大百科事典』などに明記され、学問的に通用している学術用語(英語ならmagicに相当)であり、作中でも普通に用いる事がある。

 お読み下さり、ありがとう御座います。東京の大森・蒲田(大田区)出身、2023(令和五)年よりDAC横浜に所属。大学などでの探究を表現する「地球学(地理学文芸)作家」を志し、夢小説ライトノベルを創っています。物語の主人公は、本書を御覧の「あなた」自身です。

2023(令和五)年4月3日(月曜)
アキラ(デジタルアートセンター横浜)


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