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 篝の護衛が始まって一週間が経った。

 今日は休みの日だ。

 千歳は意を決して篝の部屋のドアをノックするのだった。

 意外にも篝はあっさりと部屋から出てきた。

 私服はいつもと変わらずで、戦艦以外に興味はないんだな、ということを悟らざるを得ない。

 無難に収まっているものの、驚くほどお洒落かと言われたらそんなことは全くない。

 
「それじゃあ、いこっか、護衛さん」

 どこへ行くのか?

 それは自衛官の人が言ったように、千歳のスマホケースを買いに行くのだ。

 千歳
「それじゃあ、よろしく」

 
「任せなさい」

 二人は近所のショッピングモールに向かうのだった。

 手筈通り、家を出ると、何の変哲もない人物二人と合流した。

 見た目から特に何も感じられないが、千歳とは常にアイコンタクトを取り、一人は千歳たちの前を、もう一人は千歳たちの後ろを歩いている。

 
「なんだか、窮屈だね」

 千歳
「そうだね」

 
「たかだか5000円くらいのスマホケースを買うだけなのに、こんな警備をしなくちゃいけないなんて、お金持ちも大変だと思わない?」

 千歳
「俺のスマホケース代より、俺の人件費の心配をしてくれ。俺は俺の偉い人から給料を支給されるけど、前後の人たちはどうなんだろうね?」

 
「それは、私はしらないかなー。そんなことより、せっかくだから今日は私のおごりね」

 千歳
「なんだか篝さんって、人のご飯代とか奢りたがるタイプだよね。どうしてそんなに奢りたがるの?」

 
「だって、友情もお金で買えるなら安いものでしょ? クラスメイトのみんなとはお金抜きでも付き合えるけど、私はたまたまお金持ちだから。偶然手に入れた特殊スキルを使いまくるのって別に変でも何でもないでしょ?」

 千歳
「まあ、そうだけど」

 そう考えてみると、千歳は裏組織との繋がりがあるという特殊ステータスがある。

 篝はお金で解決できるという特殊ステータスがある。

 梓は、いったいどんな特殊能力があるのか未知数。

 榛は国からの絶大な支援があり16歳にして半分一人暮らしという特殊能力がある。

 四季はまだ未知数。

 唯に限って言えばただの超能力だったり、それぞれがそれぞれ何かしらの特殊能力や権限を持っている。

 それを最大限に発揮すれば、特別支援教室という場を卒業してもそれなりにやっていけそうだが。

 先日千歳は篝父に人はみな不平等という話をしたが、それもそうか、生まれついての能力や後ろ盾は全員違うのだから。

 それぞれの持てる個性を発揮したほうが便利ではあると思う。

 まあ、難しい選択を迫られるのは明白なものの。

 
「スマホケース、千歳君はどんなケースがいい?」

 千歳
「まったく思いつかない。通販のおすすめには黒一色のミニマルなやつしか出てこないよ」

 
「うわー、通販のAIにそういう認識されちゃってるんだね」

 千歳
「そういうやつだと思われてるんだね」

 
「お見合いじゃないけど、千歳君って趣味とかある?」

 千歳
「特にないかな」

 
「うわー」

 さっきから篝は千歳の言動に引いてばかりだ。

 経済的にいくら厳しいとはいえ、無趣味になれるほど人の精神は柔軟でも強靭でもない。

 千歳はいったい何でうさ晴らしをしているのだろうか?

 
「今日帰ったらさ、私が好きな戦艦のゲーム一緒にやろうか」

 千歳
「お手柔らかに」

 
「いきなり対戦じゃなくて、まずは同じチームで。千歳君のアカウントにはまず5万円課金するから、それでね」

 千歳
「いや、そのくらい自分で出すよ」

 
「いいって、私の貯金1000万円あるから。好きに使って」

 千歳
「俺の口座には500万あるよ」

 
「ひょっとしてドル?」

 千歳
「正解。話が早くて助かる」

 
「普段何してたらそんなに稼げるの?」

 千歳
「こうやって篝さんの護衛とかやってれば簡単だよ」

 そんな感じの金の話を一通りして、二人は近所のショッピングモールにやってきた。

 その中の家電量販店に入り、スマホケースコーナーに入った。

 
「千歳君こういうところ来るの初めてでしょ?」

 千歳
「見透かしてくるなあ」

 
「私も一時期はいらないかなーって思ってたけど、スマホは量産品だからね。個性を出すのは大切だよ」

 そう言って、篝は千歳に似合いそうなスマホケースを探すのだった。

 
「千歳君って、好きなキャラクターとかいる?」

 千歳
「いないかなー」

 
「まあ、そうだよね。キャラクターものは似合う感じでもないしなー」

 篝への悪口になるので大きな声では言えないが、篝もただのオタクにすぎない。

 そんな人に、誰かに似合うスマホケースを選ばせるというのも少々ハードルの高い話なのかもしれない。

 が、ミリタリー柄のスマホケースをお勧めしないだけ、及第点は取れていることも事実だ。

 時間をかけてお店の中を歩き回れば、最終的にベターな選択をできるだろう。

 元々女の子のショッピングとはそういうものだ。

 しばらくして、スマホケース候補が5つに絞られた。

 一つ目、青と白の淡い配色の柄物。

 二つ目、墓地をイメージした黒と灰色の墓標柄のケース。

 三つ目、軽い緑色のどことなく昔の近未来みたいなデザイン。

 四つ目、どことなく軍隊をイメージさせる迷彩柄。

 五つ目、謎の原理で光るやつ。

 
「どれがいい?」

 千歳
「墓地みたいなやつで」

 
「へー、似合わないと思うけどなあ」

 千歳
「こう見えても墓地から這い上がってきたゾンビみたいなやつだし。いいんじゃないかな?」

 
「千歳君ってヘビーメタルとか聴く?」

 千歳
「昔音楽やってたからメタルは聴くけど、ヘビーはちょっと」

 
「メタルとヘビーメタルって違うの?」

 千歳
「全然違うよ。まあ、あえて説明するのも難しいけど」

 
「そうだね、私も戦艦と巡洋艦の違いを説明しろって言われたら、千歳君には無理だと思う」

 千歳
「俺が乗り込むとしたら、どっちだい?」

 
「千歳君は潜水艦だね」

 千歳
「そっちか」

 そんなこんなで千歳はスマホケースを購入した。

 さっそく自分のスマホにはめて、使い心地を試してみた。

 まあ、良好。

 
「千歳君ってスマホケース使うの初めて?」

 千歳
「まあね」

 
「またほかのケース使いたくなったら言ってよ。買ってあげるから」

 千歳
「いや、さすがに。こう見えても危ないお仕事で稼いでるわけだし、別にそんなにたくさん買ってもらう気もないって」

 
「ふーん。まあいいや」

 篝はほんの少し黙った。

 少ししたら口を開くかな、と思ったが、その沈黙は長く続いた。

 
「ごめん、喫茶店行こうか。暑いからお茶飲みたくなっちゃった。私、アイスティー」

 千歳
「わかった」

 二人は喫茶店に移動した。

 そうして、お互いに向き合うように椅子に座る。

 篝は1000円のアイスティーを一口飲むと、千歳にこういうのだった。

 
「千歳君って、どうして今みたいな考え方になったの?」

 千歳
「例えば、どんな考え方?」

 
「人は平等じゃないみたいな考え方」

 千歳
「そりゃ、生まれつき親がいないし、施設を行ったり来たりでほかの人と全然違う暮らしだし、裏のお仕事もやってるし。篝さんだって上級国民特有の権力を使いまくりだろう? 篝さんは親が裕福じゃなければ戦艦のプラモを集めることも不可能。すべての人が平等じゃないのはただの現実だよ」

 
「千歳君のそういうところ、嫌い」

 篝はふとそんなことを言った。

 
「確かに平等じゃないって現実だと思う。だけど、平等を目指して頑張ってる人がこの世界にはたくさんいる。そういう人たちのことを考えたことある?」

 千歳
「ないわけじゃないけど、そういう人たちの活躍は徒労に終わってる。人はどうあがいても平等にはなれない。それは歴史が証明してる」

 
「現実論なんてつまらないな。人は現実から理想に向かって歩みを進めていくべきだよ。それができなくちゃ死んだも同然。昔の哲学者はそう言ってた」

 千歳
「じゃあ、篝さんには俺が死体に見えるかい?」

 
「墓地のスマホケース、気に入ってくれた?」

 千歳
「今の話を聞くと、だいぶ気に入ったと思うよ。確かに、俺って死んでるのかな? 平等を目指すという考え方においては」

 
「千歳君は大人だけど、子供のころとかどんな子供だったのか思い出せる?」

 千歳
「思い出せない。昔からずっと大人だったと思う。そうじゃないと生き残れないから」

 
「ごめん、今日の千歳君、すごい嫌い」

 篝はそう言って、紅茶を飲み干した。

 千歳も嫌われた理由はわかっていた。

 篝はお金持ちの家の生まれだが、結局のところ普通の女の子だった。

 そんな相手に現実論だの大人の考えだのぶつけたところで、受け入れてもらえない。

 確かに聞いてきたのは篝だが、千歳は醜いところを見せたな、と素直に反省するのだった。


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