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 千歳は篝の家のゲストルームで目を覚ました。

 今日で篝の護衛の仕事は終わる。

 ベッドから起き上がって普段通り顔を洗うと、篝が1階に降りてくるのを待った。

 が、なかなか降りてこない。

 午前の9時を回ったが、篝は朝食を食べにすら降りてこない。

 心配になって、階段で3階に上がって篝の部屋をノックする。

 千歳
「朝だけど、起きてる?」

 返事はない。

 しばらく待ってみると、篝が扉を開けてそこに立っていた。

 なんだか、少しお洒落だった。

 
「お待たせ」

 千歳
「早く朝ごはん食べて。多摩川の無政府主義者たちにあいさつしに行かなくちゃ」

 
「そんな慌てないで。千歳君と出かけるのも、これが最後になっちゃうかもしれないじゃん」

 千歳
「また学校で会えるだろ? 別に永遠のお別れでもなんでもないんだから、最後だなんて言わなくても」

 
「そういうんじゃなくて。まあ、いいや」

 篝は1階に降りて朝食を千歳と一緒に食べた。

 その顔は、とても笑顔にあふれていた。

 だが、何故だろうな?

 修学旅行の最終日の学生の笑顔によく似ている。

 いったい篝の心境に何があったのか。

 千歳
「この家庭の朝ご飯、おいしいね」

 
「うん、実はこんなにおいしくないよ。千歳君が来たからおもてなし用」

 千歳
「ふーん、面白いね」

 千歳はさらっと流したが、篝は千歳が家に来るからおもてなし用のご飯を毎日注文していたのだ。

 
「千歳君との毎日もこれで終わりだね」

 千歳
「別に来週から学校で会えるじゃん」

 
「そうじゃないよ」

 いったい何が言いたいのか千歳は深入りしなかったが、篝は何か言いたそうだった。

 千歳は、篝が何を言いたいのかわからなかったが、どうしてだろうな、篝は千歳が何も理解していないことが分からない。

 朝ご飯を終えて、無政府主義者たちの集落に向かう準備が整った。

 
「貴族って大変だと思わない? こうやって勢力はさておき、出向いて謝罪しなきゃいけなかったり、色々な人に会って話をしなくちゃいけなかったり」

 千歳
「俺はいろいろな場所でいろいろな人にあってるよ。それこそ常識が怪しい人や、病人、それから特別支援学校の生徒まで、ありとあらゆる人にあってる」

 
「そうだよね。私なんかより、千歳君のほうがいろいろなものを見てると思う」

 そう言って、篝は玄関を出た。

 
「いろいろな人がいるこの世界だから、私みたいに船のことしかわからない人が上級国民やってても意味ないんじゃないかなって思う。今のこの国のリアルを一番味わってるのは千歳君だと思う。だから、私が今いるこの地位は、千歳君のほうがふさわしい」

 千歳
「それも、否定できないね」

 
「嘘つき、私が言うこと、何一つ否定しないくせに」

 千歳
「そんなもんじゃない? 否定したところで何も始まらないし、俺自身がこの現実世界で最も否定されるべき存在だと思うし、世論で否定されるとしたら真っ先に消されるのは俺みたいな人間だよ。だから、極力誰かを否定することはしないようにしてる」

 
「そっか」

 篝は立ち止まって、千歳に向き直った。

 
「千歳君は立派だよ。私が見てきたどんな人よりも高潔で、強い人だった」

 向き直った篝に千歳はこんなことを言う。

 千歳
「いいや、そんなことはない。こう見えても、生まれつき親がいないせいで人と仲良くなるにはどうしたらいいかわからないし、取引を通してしか人と仲良くできない。篝さんとも、今回たまたま護衛の対象だったから関係性を持てただけで、今日が終わったら、どう接したらいいかわからなくなっちゃう」

 
「ふーん、じゃあ、また元の関係に戻ると思う? いつもみたいにクラスメイト同士に?」

 千歳
「どうなんだろう、わからないかなあ?」

 
「だよねー」

 千歳も篝も、人付き合いが苦手なのだろうな、根本的な部分では。

 篝は今回護衛されることで千歳とお近づきになることができると考えていた。

 が、千歳は単に仕事で接していただけだった。

 一緒に選んだスマホケースも、9月登校する日には、千歳は外しているだろう。

 そして、一緒に遊んだゲームも、千歳は二度とやらない。

 そんな未来が、見え透けている。

 明日からはただのクラスメイトに戻ってしまう。

 それが、何となく篝の癪に障るのだ。

 
「ねえ、千歳君って何者なの?」

 千歳
「え、何その質問?」

 
「千歳君ってあんまり自分のこと喋りたがらないから。だから、千歳君がどんな人なのか、よくわからなくて。ちょっと不気味だよね。実はロボットでした、とかだったらむしろ納得するというか」

 千歳
「そうだね、俺はただのかわいそうな高校生だよ。ほかの人より少し不幸なだけ。普通の人間だよ、普通の」

 
「そうだよね、普通の人だよね」

 篝は何が言いたいのか?

 それは、この一か月で築いた千歳との絆が、明日には元通りになってしまうことへの喪失感だった。

 篝は中学生の時、友達に恵まれなかった。

 だから、一緒に遊ぶぐらい仲良くなれた千歳が明日にはクラスメイトに戻ってしまうのが嫌なのだ。

 どうせなら、もっと関係性を深めたい、そう思ってしまう。

 が、それも叶わぬ願いだろう。

 明日からはクラスメイト同士。

 駅に到着すると、篝は無言で千歳の隣に座った。

 千歳は何気なくスマホを操作するが、そこに取り付けられているスマホケースは一緒に選んで買ってあげたものだ。

 篝は意を決してこう言った。

 
「なんだかごめんね、いたずらの脅しなんかで護衛させちゃって。こんなこと、無駄足だったよね」

 千歳
「そうかもしれないね。でも、仕事なんてそんなものだよ。毎日順調に進むわけじゃないし。ゲームを遊んでいるわけじゃないからね。こういう理不尽を食らうときはある」

 
「でも、私千歳君と毎日過ごせて楽しかったな。それなりに充実してたかも」

 千歳
「それはよかった」

 
「それって、本心から言ってる?」

 千歳
「どうしたんだよ急に」

 
「千歳君って隠し事がうまいし嘘も簡単に言うから、いろいろと困るんだよね、戸惑うというか、私ってそういう人苦手」

 千歳
「分かった。明日からあんまり話しかけないようにする」

 
「ち、違うって。そういう意味じゃないから」

 千歳
「ふーん。じゃあどういう意味なんだい?」

 千歳は確信犯でそれを聞いてみた。

 が、篝は黙ったまま何も言わなかった。

 それなので、篝の今の言動にどんな意味があったのか、千歳は理解しつつも、どうやってお茶を濁そうか考えていたのだった。

 そうして黙って電車に揺られているうちに、目的地の近くにある駅に到着した。

 ここから先は徒歩で現地まで向かう。

 背の高かったビルがどんどん低くなっていき、ボロボロになった民家になっていき、河川敷を見下ろせる堤防の上に登る。

 そこから見た景色は、千歳のよく知る世界だった。

 実はと言えば、千歳は無政府主義者たちとたまに会う。

 仕事仲間が複数名存在しているからだ。

 
「本当に大丈夫かな?」

 千歳
「心配だったら、俺のコネで護衛を増やそうか?」

 
「いいよ、別に。護衛は千歳君だけで」

 これから危険地帯に足を踏み入れる自覚はあるのだろうか?

 一般的な高校生からしてみたら、ホームレスの集落に近寄りたくないという反応は当然。

 が、目の前に広がっている光景は一つの村そのものだった。

 河川敷なので洪水に備えて高床式になっているその村は、DIYが大好きな人間からしてみたら実力をいかんなく発揮できる場であり、開拓地と呼ぶにふさわしい場所だった。

 
「なんだか、こうしてみるとまともな集落だよね。ここ」

 千歳
「そうとも限らないよ。病人の福祉も徹底しているから、薬品の入手に裏ルートを使ってる。そういう意味では治安が悪いよ」

 
「それは、病気になった人を捨てていったら村が成立しないって当たり前じゃない。治安いいよ」

 千歳
「どうなんだろう、違法に入手した薬だろう? 悪いことだとは思うけど」

 
「でも、薬を手に入れた人は法律を破ってまで守りたかった人がいるってことでしょ? それは大切なことだよ。どうせ、薬の在庫なんて山のようにあるんだから、裏ルートでもお金を払って買ってくれたなら、それでいいじゃん」

 千歳
「あはは、篝さんも意外と悪い人なのかな? 俺みたいな裏組織の人になりたい? でも、篝さんは根が正直だから難しいと思うな」

 
「そうじゃないよ。世の中の不平等さを嘆いているの。私はお金をたくさん持っていて、素敵な友達にも恵まれて、全てを持ってると思う。だから、こういう貧しい人にはどんどん恵みを分けてあげたいと思うんだよね」

 千歳
「素敵だね」

 千歳はそう言うと、電話で誰かを呼び出した。

 すると、近くにいた誰かが息を合わせたかのように千歳に寄ってきた。

 そうして、多摩川の河川敷を案内し始めるのだった。

 ???
「物部さんから話は伺っています。今回はとんだ誤解を生んでしまいましたね」

 千歳
「いいえ、平気です。そんなことより、殺害予告をされた本人がこうして目の前にいるので、どう対応したらいいのか分かりますか?」

 ???
「それはもう、わけがわからないね。いちゃもんはつけられるし、警察の調べが入ってくるし、最悪の事態だったよ」

 
「別に、平気ですよ。あなたたちは悪い人ではないでしょう? 悪い人に、こんな街の維持なんてできっこないもの」

 ???
「あはは、それはそれは、お褒めの言葉有難うございます!」

 どうやら、この人物は千歳と同じ謎の組織に所属するメンバーのようだった。

 今回の騒動で、裏方で活躍していた人だ。

 物部が手配したらしい。

 
「お詫びと言っては何ですが、小切手に1000万円入れておきました。銀行にもっていけばお金と交換できます」

 ???
「その話は村長にしてください。自分もこの村の住人ではありますが、偉い人ではないので」

 
「ああ、ごめんなさい。早とちりをしてしまって」

 千歳
「どうした? 緊張してる?」

 
「そんなところかな?」

 そうして村の集会所までやってきた。

 そこで直々に篝は村長と会って話をして、1000万円分の謝罪をしたのだった。

 無政府主義者たちは素直にお金を受け取り、全ては円満解決したようだった。

 お金は、コミュニティの維持に使うと村長は言っていた。

 
「今回はありがとうね、千歳君」

 千歳
「こちらこそ、お世話になったね」

 
「これから、どう? 遊びに行かない?」

 千歳
「是非そうさせてもらおうかな」

 と、篝が千歳を遊びに誘おうとしたその時だった。

 千歳のスマホに通信が入った。

 電話に出てみると、相手は物部だった。

 物部
「いやー、お疲れ様千歳君。本当にお疲れ様だよ」

 千歳
「そうですね。本音を言っていいですか?」

 物部
「いいよ、存分に言いたまえ」

 千歳
「今回の作戦は楽しかったですよ。美味しい食事に、小ぎれいな住居、最高の気分でしたね。今回のような事件があったらまた回してください。可能な限り自分が担当したいです」

 物部
「ふっ、こざかしい小僧め。そこにいるお嬢様と家具屋にでも行きなさい。君の給料だとそれなりにいいベッドも買えるだろうに。千歳君は相変わらずお金の使い方が下手だねえ」

 千歳
「検討します」

 物部
「それから、篝さんの情報を流した相手だが、気になる?」

 千歳
「気になりますね、すごい。是非教えて欲しいです」

 物部
「相手はわからない。通信に使われたスマホはオレオレ詐欺の手口同様、利用後にその場で破棄されていた。証拠品は押収してある。真っ黒なスマホだ。いくらでも替えが効く」

 千歳
「とどのつまり、この事件は何も解決していないと言うことですか? 犯人はやぶの中からやぶの中へ移動しただけで?」

 物部
「その通り。なので、引き続き警戒はしてもらいたいね」

 千歳
「分かりました」

 電話は切れた。

 そして、千歳は篝と一緒に、最後の一日を楽しんでくるのだった。


 次の日のこと、学校にて。

 千歳はいつものように通学していた。

 変わらず徒歩で。

 そこへ、後ろから誰かがつけてくるのがわかった。

 が、足音からして素人だろうな、と考えた千歳は放置して、そのまま学校の中に入った。

 とはいえ、放置するわけにもいかないだろうと思って千歳はスマホのカメラを利用してさりげなく自分自身の後方を覗き見る。

 そこには、何故だか嬉しそうな篝がいたのだった。

 篝はどうして嬉しそうなのだろう?

 千歳は墓場のデザインがやたら不気味なスマホを片手に、疑問に思った。


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