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 12月の寒空の下、千歳の秘密の仕事が始まろうとしていた。

 梓におはようの挨拶をして、家を出た。

 梓はシンプルに、

 
「気を付けてね」

 とそう言ったが、その言葉にすべて見透かされているのだろうな、と千歳は思い、やはりやるせない気持ちになるのだった。

 ある意味、千歳に梓の言葉は隅から隅まで刺さりつくしているな、と千歳自身が感じた。

 しばらく一緒に暮らしていると言う事もあり、梓に何か隠し事をするのは不可能なのかもしれないな、とも思った。

 が、別に隠しているわけでもないし、既に梓とは同業者だ。

 が、梓にはそこまで深入りしてほしくないな、と千歳は本当に思っている。

 千歳は、

 千歳
「行ってきます」

 とだけ言って出かけた。

 千歳は玄関の扉を閉めるとき、なるべく痕跡を残さないよう、静かに閉じたのだった。

 この段階ですでに千歳の仕事は始まっているのだ。


 昨日の夜の会議の通り、街中に武装している人間がいないかどうかチェックするのだ。

 弾を盗んだなら銃を保有しているのも当然、何か武装している形跡がある人間がいれば都度報告するように指示されている。

 が、夏場は薄着になるので武装しているであろう相手を見定めるのは容易なのだが、冬場のコートの下に拳銃を隠されたのでは、大きな効果を上げられないのが現実。

 仮に拳銃を発射するカービンで武装しているなら話は違うが、やはり市街地で拳銃弾を盗んだなら使うのは拳銃だろう。

 そして大型の武器を持ち歩けば軍隊や警察でない限り怪しまれるのが必然、いや、軍隊や警察であるにせよ大事が起きたのだろうと怪しまれてしまうのが必然。

 現代日本で求められるのは徹底した隠密行動だ。

 千歳も今は武装しており、相手と同様隠密行動をしている。

 しかし街の中で常に目を光らせて歩いているが、怪しい相手はすぐに見つかるはずもなく、時間だけが過ぎてゆくのだった。

 すると千歳のスマホに共有事項が流れてきた。

『盗難された車なし、犯人が長距離を移動することは大変困難である可能性が高い』

 なるほどな、銃弾を電車で運べるはずもなく、犯行をするなら車が絶対的に必要だ。

 それなので、盗難車がないと言う事は犯人はまだ街に潜伏している可能性が高いと言う事だ。

 武器を大量に持ち運べば人手がいくらあっても一般市民の目という多数の監視がある。

 その状況下で移動するのは極めて困難だ。


 千歳は何の興味もなかったが、街のビルに掲載されている巨大なディスプレイではバーチャルアイドルが歌って踊っていた。

 一瞬見上げてみたが、千歳はああいう世界の住人にはおそらく一生なれないだろうな、と感じるのと同時に、確かあのアイドルは12月24日のイベントで警備を務めるはずだったアイドルだったのを思い出した。

 名前を、阿万野あまのモニカと言うらしいが、どこかで見たことのある性格だな、と感じたりもしたが、あいにく千歳はそれにかまっている時間が惜しいと思い、スルーするのだった。

 ここで物部から通信が入った。

 物部
「もしもし千歳君、定期報告をしてほしい」

 千歳
「特に、何も見つけられていないですね」

 物部
「そうだね、何も見つけられていない。相手がこの街から動いていない確率はだいぶ高いんだけど、まったく尻尾をつかめていない。どうやら相手はそれなりに訓練されているし、事前の準備も怠らないようだ。どうか気を引き締めて欲しい」

 千歳
「わかりました」

 千歳は物部からの連絡を聞いて、相手は素人ではなく訓練された相手なのだな、と知った。

 うすうす感じてはいたのだが、犯罪組織と言っても戦闘部隊では全くないわけで、相手が何を考えているかわからない以上、こちらもどう動いたらいいのかわからない。

 敵を知り己を知れは百戦危うからずという言葉があるが、相手の勢力を把握できないの現在は少し危ない状態と言える。

 物部
「千歳君は今どこにいるのかな?」

 千歳
「駅の前にいます。武器を使ってテロを起こすなら駅前がちょうどいいと思いまして」

 物部
「確かにそうだ。で、駅前には何があるんだろうね?」

 千歳
「人がたくさんいるのでテロを起こすメリットはそれなりにあるかな、と思います」

 物部
「それ以外には?」

 千歳は周囲を見渡した。

 すると、今日の駅前でのイベントに政治家の演説が行われることが告知されているのだった。

 千歳
「どうやら、政治家の演説があるようですが?」

 物部
「誰の?」

 千歳
「名前は、本田詠子だそうです」

 物部
「今一番ホットな政治家だね、銃を使ったテロを起こすならぴったりの場所じゃないか。まあ、千歳君はそのエリアを見張っていてほしい。ほかの人たちは防御する意味のある所に配置するから。もちろん、千歳君が守ってる位置も重要だよ」

 千歳
「わかりました」

 物部
「何か怪しい動きをしている人がいたらすぐに報告してほしい」

 そういって物部は通信を切った。

 孤独な時間が流れ始めた。

 千歳は周囲の人の姿を眺めるが、そこにいる人の大多数が群れで行動をしている。

 今日は平日なので営業のサラリーマンが歩いている姿をギリギリ見ることができる程度で、駅を歩いている人たちは大抵群れだった。

 千歳は制服を着ていないので外見は大人と大差ないが、学生服を着ていたら警察がやってきて学校がどこなのかとか、仕事は何をしているのかとか尋ねられるのだろう。

 今の時代、昼間から駅前で油を売っているなんて異端者のやることだ。

 もしくは、仕事を免除してもらえる上級国民か。

 上級国民も母数は少ないわけだし、駅で遊んでいる人たちはごく限られた人たちなのだろう。

 千歳には永遠に届かない世界だ。

 駅のディスプレイに今日のニュースが報道された。

 アナウンサーが言うには、日本の犯罪発生率は過去最低だそうだ。

 犯罪認知件数、犯罪検挙数は過去最低であり、日本は平和な時代を謳歌しているらしい。

 確かにニュースでは凶悪犯罪などを報じているが、その数も年々減少しており、国民の皆さんは安心して過ごしてください、とのことだった。

 千歳は、国家も無能だな、と思ったのだった。

 千歳の所属している謎の組織と言い、そのほかでネットワークを張っている組織と言い、自分たちの身は自分たちで守ると決意した人間たちの集まりだ。

 そういう人たちが地下活動をすることで多くの人が救われている。

 千歳は国の保護で暮らしていた時期があったが、その中で実感したことは、国家権力は弱者を救わないということだった。

 だから自力で生きていく術を身に付けて今に至るのだが、政治の混乱と言い、授業の合間に働かなければいけなくなる政策と言い、毎日が大変だ。

 自己防衛して生きると言えばかっこいいが、内実、ハードワークをこなす奴隷と大差なかった。

 千歳はスマホで時刻を確認した。

 11時59分。

 もうすぐお昼ご飯の時間だな。

 今はお金があるからお昼ご飯を食べることができる。

 千歳は駅前を見張りながら昼食をとることができるポイントを探して空腹を癒すのだった。

 と、ここで篝から通話が入ったのだった。

 千歳は裏の仕事中だから通話を無視した。

 千歳が今クラスメイトにしてあげられるのは街の安全を守ること。

 それに、裏の仕事中にクラスメイトと話すのも少し違う気がする。

 そうしたら、また通話がかかってきたのだった。

 今度もまた無視した。

 篝は往生際が悪いな、と考えたが、篝のことだから何かを伝えたくて必死なのだろう。

 とはいえ、今は仕事中だ。

 今度物部に頼んで仕事用のスマホでも手配してもらおうかな、と考えた。

 通話の着信音が切れた。

 すると、また通話がかかってきたのだった。

 千歳は観念して通話に出るのだった。

 千歳
「こんにちは、どうしたの?」

 
「クラスのみんなが心配してる」

 千歳
「そっか」

 
「今何してるの?」

 千歳
「ごめん、言えない」

 
「どうせ秘密結社のお仕事でしょ? もうみんなにばれてるから。今日は生きて帰れそう?」

 千歳
「わからない。いつもは優しい裏社会の人たちのおかげでやれてるけど、今回のはそこまで優しくなさそう。これを最後に話せなくなったらどうする?」

 
「冗談やめて。あのさあ、千歳君のそういう悟った風にして大人ぶってるのクラスの皆から嫌われてるよ? 子供なんだからもっと子供らしくしなよ。青春は一度しかないんだし、仕事なんてさぼって私たちと遊ばない?」

 千歳
「できればそうしたいけど、もう篝さんたちとは住んでる世界が違うからね。たまに、アフリカの子供に寄附をしようっていう広告が出てくるでしょ? 俺はそこに出てくるアフリカの子供と似たような感じだから。日本人のみなさんの寄付を待ってまーす、なんて」

 
「そのギャグつまらないよ。千歳君はそれなりに普通の人だし、むしろ素敵な人じゃない。もう少し自分に自信持ったら?」

 千歳
「それも、ありかもね」

 
「学校来れる?」

 千歳
「無理」

 
「先生にはなんて言っておく?」

 千歳
「さぼりで。ゲームセンターでパパ活やってる女の子と遊んでるって伝えておいて」

 
「またつまらないギャグを言う。千歳君は誰かを笑わせることとか無理そうだね」

 千歳
「言えてる」

 
「まあいいや。どうしても外せない用事なんだね?」

 千歳
「そう。そんなところ」

 
「また悪いことしてくるんだ。まあ、千歳君なら平気だろうけど」

 千歳
「どうだろう、今回ばかりは、少しダメかも」

 
「そっか、平気?」

 篝の口調が少し優しくなった気がした。

 
「千歳君って、辛いときに辛いとか言ったりしなさそうだよね」

 千歳
「そりゃ、辛いって言ったところで誰も助けてくれないからね。篝さんは違うのかもしれないけど」

 
「今は、辛い?」

 千歳
「さあ、よくわからないや。毎日地獄をサバイブしてる感覚になってるからね。辛いのがデフォルトモードで、楽しい日なんて一日もないよ」

 
「そっか。大変だね」

 千歳はなかなか恐ろしいことを言ったのだが、それがどのくらい恐ろしいのか篝はその特性ゆえに気づけないでいた。

 毎日が地獄の奥底。

 千歳は本当にそう実感して生きている。

 辛い幼少期で千歳は鍛えられたのかと思いきや、色々なことに絶望しながら生きているだけの学生にすぎない。

 千歳
「ごめん、そろそろお昼ご飯食べるから通話切っていい?」

 
「食べながら通話するぐらい全然失礼じゃないって。このまま食べたら?」

 千歳
「切らせてくれよ。今別の仕事中なんだから」

 
「だめ」

 千歳
「篝さんは、わがままだよね」

 
「そうかもね。お金で買えるものは買えるから。でも、千歳君の心が買えないなあ」

 千歳
「何それ? 笑えない冗談?」

 
「ああ、自分で言ってて恥ずかしくなった。やっぱり切る、それじゃあ」

 通話が切れた。

 一方的にかけてきて、一方的に切っていったな、と思った。

 礼儀知らずと言えばその通りだが、あれが篝の魅力であったりもするのだよな。

 千歳のような現実という鎖に縛られた人間には篝のような自由な女の子は少し魅力的に映る場合もある。

 確かに言いたいことを素直に言ってしまう部分はあるかもしれないが、そういうところも全部、千歳の死にかけた感性には魅力的に映る。

 千歳は黙って簡素な食事を食べると、また駅前の見回りに戻るのだった。

 と、ここで本田議員の演説が始まろうとしていた。

 そこへは報道陣が集まっているが、政治になんて誰も関心がないのか、人はそれぐらいしか集まっていなかった。

 が、それとは違う一群が車の中で待機しているのが見えた。

 犯罪者としての勘か。

 その車の中に何か危険な思想を持った人間たちが乗っていることは明らかだった。

 ここで物部から連絡が入った。

 物部
「こんにちは千歳君。大事なお知らせだ。街で見回りをしている人たちが大体千歳君が見張っている駅前に集合してきてる。情報をあさったけど、千歳君が見張っているところ以外に鉄砲を利用する意味のある場所はないみたいだ。だから、そこで何か事件が起きるものと思われるよ。気を引き締めてほしい。今応援を呼ぶ」

 千歳
「わかりました。やはり議員に発砲するんでしょうか? 演説が始まるまであと10分程度しかありません。その間に何人くらい集められそうですか?」

 物部
「できる限り早く移動するようには連絡する。とにかくそこで待っていてくれ」

 千歳
「わかりました」


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