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 篝の護衛を始めて数週間が経った。

 千歳は放課後の仕事から買収されて篝の護衛を務めているわけだが、篝は通常通り仕事をしていた。

 が、篝の仕事が終われば篝のおままごとに付き合わされるのだった。

 篝のおままごととはとどのつまり戦艦を運用して相手の船を沈めたりするもので、千歳は今までにそういうゲームを遊んだ覚えはない。

 が、いきなり5万円ほど課金したことによりそこら辺の初心者よりはうまく立ち回れているらしい。

 
「千歳君、相手の船が島から顔を出すから、長距離砲撃で仕留めてくれる? 私誘い出すから」

 千歳
「おっけー」

 こんな感じのやり取りだ。

 やっていることはただのお遊びだが、何者かが襲撃してくる様子は全くない。

 そんなわけで、今回は空振りだろうな、と千歳は安心しているのだ。

 あるいは、警備の状況から抑止力が働いたり、無政府主義者への取り締まりや調査を裏で進めているおかげで犯人は手出しができないか、どちらか。

 うまいこと物事を封じ込められているのだろう。

 
「そういえばさー、仮想空間でみんなと喋ったんだけど、千歳君が元気でやってるかどうかみんな気にしてたよ」

 千歳
「間違いなく元気だね。普段よりおいしいもの食べてるし、ベッドはふかふかだし、いい暮らししてるよ」

 
「それから、多摩川の無政府主義者たちに四季さんが所属してるムスリム組織が喜捨してるみたいでさー、教会モスクに逃げちゃう人も多いみたい」

 千歳
「四季さんってそんなことしてるんだ。意外だなー。というか四季さんってムスリムだったんだね」

 
「そうだねー。なんだかうちのクラスって人種のるつぼだよね」

 千歳
「言えてる」

 確かにな、外見からしてみると大して個性のない普通のクラスに見えるのだが、それぞれがそれぞれの特性を生かして頑張っているところを見ると、何度か述べたように不平等を利用して暮らしている多種多様なクラスだ。

 
「あ、多分これ勝てそうだね」

 千歳
「うん、多分そうだね」

 
「よし、勝った」

 篝はゲーミングパソコンの前を離れた。

 千歳
「これから夕飯?」

 
「そうだね。これから夕飯」

 千歳
「なんだか、こうやって一緒にゲームやってるなんて、護衛をやってる人としての自覚とか大丈夫かな?」

 と、千歳は思ってもみたが、冷静になって考えてみると、無政府主義者たちの捜査は、すでに終わっているものと思われる。

 警察組織が動いているのだから、調査なんてあっという間だろう。

 そして、篝の情報を漏洩させた疑いのあった先生については、別に逮捕された知らせや取り調べを受けている情報は回ってこない。

 おかしいな。

 篝の護衛を務めているはずが、千歳のところには何の情報も下りてこない。

 なぜだか孤立しているのだ。

 この状況から考えるに、今最も篝の暗殺を企てたことを疑われているのは誰なのか、千歳は考えてみた。

 それは、千歳自身だろうな、と考えたのだった。

 
「ご飯食べようか」

 千歳
「今日はエレベーターで行こうか」

 
「それもいいね。密室にわざわざ行くなんて、何か大切な話?」

 千歳
「そんなところかな」

 篝は部屋を出て、後に千歳が続いた。

 そして二人は廊下を普通に歩いて、エレベーターに乗った。

 下の階に降りるボタンは押さない。

 エレベーターの中は狭く、広さで言えば二畳分ぐらいしかない。

 そんな中で千歳はこんなことを言った。

 千歳
「ごめん、最近、篝さんを護衛するための情報が何一つ下りてこない。だから、篝さんに一番近いのは俺だけど、篝さんの情報を売ったのが自分なんじゃないかって、今疑われてる最中だと思う。これが、ひとつ現実かな」

 
「へー。こんなに親切にしてくれてるのに?」

 千歳
「それとこれとは別だよ」

 
「なにそれ、よくわからない」

 千歳
「俺の立場になって考えてみてよ。篝さんの情報を漏洩させて、それでもって今一番篝さんを暗殺しやすいのは誰だと思う?」

 
「えーっと、わからない」

 千歳
「俺だよ」

 
「ふーん、そっかー。千歳君って私を殺してどうするの? クーデターでも起こすつもり?」

 千歳
「クーデターなんて、起こしても意味ないよ」

 
「そうだよね。千歳君は多分争いとか好まないよね」

 千歳
「どうしてそう言い切れるの?」

 
「普通戦争したがる人なんていないよ。千歳君もそうだと思う」

 千歳
「戦争はしてないけど、法の道は踏み外してるよ。そんな相手、戦争屋さんと大して変わらないんじゃないか?」

 
「どうなんだろう。私、この世界で一番悪いのって兵隊っていう職業だと思ってるから」

 千歳
「ふーん、それにしてはさっき、軍艦で敵の船をたくさん沈めてたじゃないか」

 
「そうだね。でも、戦争はゲームでやるから楽しいんだよ。ただのゲームと現実は全然違うと思う。千歳君はそれくらいわかるよね?」

 千歳
「現実に法の道を踏み外している人から言わせてもらうと、50歩100歩、と思ところはあるかな」

 
「そっか。もしもだけど、千歳君が本当に私の命を狙ってるなら、今ここでやっちゃえば? そのほうが話は早いと思うよ」

 千歳
「それ、俺のこと信頼してるから言ってるよね」

 
「そうだね。千歳君は人を傷つけるとか、そういうこと絶対にしないと思う」

 千歳
「そういってもらえると助かる」

 篝が、何故か笑った気がした。

 何故だろうか?

 今まで見せていた表情とは少し違う顔だ。

 そういえば、篝は中学生の時は性格のせいか孤立していたんだっけか。

 だから、誰かに心を開いたりとか、そういうのが無理だったのだろう。

 そして、自らお金を出してまで人との交流を保つしかないという人だったのだ。

 それが、千歳と出会って、ようやく対等な相手ができたという感じなのだろうか?

 そうだな、人は平等ではないが、であるがゆえに対等な関係を築くことの難しさは常に課題としてある。

 だからこそ、その問題が解決したから、篝はこうして緊張の解けた表情をしたのだろう。

 とは、言ってもな。

 千歳は自分のような人間に対して心を開いてしまう相手が心配ではあった。

 ただの犯罪者でしかない自分を信頼して隣に置くということがどれだけ愚かなことなのか、千歳自身が一番よくわかっている。

 千歳はこのまま、何も起きないで篝の護衛が終わることを心の底から祈るのだった。


 夕食の時間に、篝父も同席していた。

 篝父
「篝、ただいま」

 
「おかえりパパ。お仕事どうだった?」

 篝父
「無政府主義者たちの調査が完了したところだ。喜捨をしているムスリム教団の人たちが全面的に協力してくれてね。道案内や橋渡しをしてくれた。おかげさまで、無政府主義者たちから政府関係者の信頼を勝ち取ることができそうだ。もっとも、彼らは無政府主義者をやめないと思うがね」

 
「あー、異文化コミュニケーションじゃない。楽しそうなことしちゃって」

 篝父
「楽しいには楽しいが、仕事だからな。一緒に代表者と酒を呑んだが、相手も考えがあって無政府主義を選んでいるようだ。治安は良好。今回疑いの目を向けてしまったことだけが懸念点だ」

 
「じゃあ、殺害予告は嘘だったってこと?」

 篝父
「ああ、発信記録が残っていたスマホは集落の一角で壊されて放置されていた。聞いた話によると、手慣れた人間のよくある手口らしい」

 
「じゃあ、私の護衛は?」

 篝父
「もう、必要ないだろう」

 
「だってさ、千歳君」

 篝父
「そういうことだ、千歳君」

 千歳
「そうですか。今夜でお役目御免ですか?」

 篝父
「いいや、もう少しやってもらいたいことがある。無実だった無政府主義者たちにお詫びの品を送りたくてね。やはり乞食根性はあるようで、今回の騒動で賠償金が欲しいと言ってきたよ。まあ、はした金だが、素直に払っておこう。どうやらコミュニティ内で分配するようでね、これもいい機会だ。篝に直接出向いてもらおうと思う」

 
「うわっ、何それ、社会見学のつもり?」

 篝父
「いずれ篝が守るべき国民たちの一人だ。誤解や偏見を持って接しないよう、直にあっておきなさい」

 
「はーい」

 篝父
「で、何かあると危ないので、千歳君に護衛をお願いしたい。帰ってきたら、その時にお役目御免だね」

 そんな話をして、今日の夕食の時間が始まった。

 千歳は特に何も言うでもなく、護衛として篝と篝父の会話を聞いているだけだったが、話が終盤に近付くにつれて、千歳はこんなことを言った。

 千歳
「一つ、気になることが」

 篝父
「なんだい?」

 千歳
「篝さんの情報を漏洩させたのが誰なのか、それはわかりましたか?」

 篝父
「それは、わからない。だが、今は特定の誰かが篝の命を狙っているわけではないというだけで充分だ。これ以上は捜査の手間もかけられないからね。もっとも、表向きは、の話だが」

 千歳
「詳しい話をお伺いしたいいです」

 篝父
「物部さんに話してある。詳しくは本人から聞いてほしい」

 千歳
「わかりました」

 篝父
「なんだか、ここ一か月、篝のためによく働いてくれたね」

 千歳
「いいえ、大丈夫です。それが自分の仕事ですから」

 篝父
「やれやれ、私が君ぐらいの時には、もう少しはっちゃけていたものだが。君は礼儀い正しいし謙虚だね」

 千歳
「近頃の若いものはってやつですか?」

 篝父
「そうだね、多分その類の話だ。仕事なんて真面目にやってないで、千歳君は遊び方を覚えたほうがいい。そのほうがきっと人生は楽しい」

 
「じゃあさ、明日お父さんからの用事が終わったら千歳君と遊びに行ってもいい?」

 篝父
「いいとも」

 
「だってさ千歳君」

 千歳
「どこに連れていかれるんだろう?」

 
「それはその日のお楽しみ」

 千歳
「わかったよ」

 そんなわけで、今夜の夕食の時間は終わった。

 明日には無政府主義者のところへ金を持って行かなくてはいけない。

 そんなこと造作もない。

 千歳は自分の部屋に戻ってスマホを開いた。

 通話を選んで物部に電話をかける。

 が、忙しかったのか物部は電話に出なかった。

 メッセージで用件だけ伝えるのだった。

 無政府主義者の中に千歳の顔を知っている人がいたら、お互いのことを知りたいから、千歳が通るよと伝えておいてほしいこと。

 それだけメッセージを投げると、千歳はここ一か月あったことを振り返るのだった。

 いたずらの殺害予告から篝を守って、本当に意味があったのか?

 実のところ、篝父は篝の護衛をさせることで千歳を隔離したかったのではないか?

 結論から言えば、無駄足を踏んだとしか思えない。

 映画のシナリオのようにすべてに意味があるのではなく、この一か月は本当に無駄だったように思う。

 もっと、稼げる仕事もあったと思う。

 だから、本当に無駄だったのだ。

 そう思ったとき、扉を誰かがノックした。

 
「千歳君、いる?」

 千歳
「いるけど、入る?」

 
「うん、入る」

 篝がゲストルームに入ってきた。

 入るなり、こんなことを言い出した。

 
「なんだか、ごめんね、殺害予告はいたずらでしたとか、気が抜けちゃうよね」

 千歳
「そうだね」

 
「千歳君、大変だったね」

 千歳
「そうだね」

 
「なんだか、千歳君の時間を奪っちゃったかなって感じで、ごめんね」

 千歳
「うん、それは少し引っかかるかな」

 
「えっと、でもさ、私は楽しかったな。私一人っ子だから、家に帰ったら一緒に遊ぶ相手もいないし、ゲームに付き合ってくれてありがとう」

 千歳
「どういたしまして」

 
「それから、友達と一緒に買い物に行くとかそういうのもなくて、だから、楽しかったな」

 千歳
「そっか」

 
「ありがとうね」

 千歳
「こちらこそ、素敵な8月だったかな。生まれてこの方、夏休みは謎の組織に連れられていろいろ働いてたからね。夏休みらしい休みを体験できたのはこれが初めて」

 
「だったら、私なしで、一人でどこか遊びに行けたら、そっちの方がよかった?」

 篝も無神経なことを聞いてくる。

 確かに、千歳なら一人で遊びに行くほうが気楽でいいというのは篝も予想するところだった。

 が、そこへ自分が関わったことによって千歳の楽しさを半減させたのではないか、それが気がかりだった。

 普通ならわざわざ聞いてこないと思うのだが、どうしてだろうな、特別支援学校の生徒はそういうところが抜けている。

 千歳は篝の問いにどうこたえるか凄い迷ったが、篝の性格を考慮し、次のように述べた。

 千歳
「本当は、一人でどこかへ遊びに行きたかったよ。金はそれなりにあるし、ドバイにでも旅行に行けたら最高だっただろうなって思う」

 
「そっか。酷いな、そういう正直なところ、傷ついちゃう」

 千歳
「じゃあ、一緒に遊べて楽しかったよって言ったらどうだった?」

 
「それも、嫌かな。嘘つかれてるみたいで」

 千歳
「じゃあどう答えればよかったんだろう?」

 
「ごめん、何でもないや」

 篝は本当は何と言ってほしかったのか、あやふやになった。

 千歳としては、ここ数日窮屈な思いをさせたのだから少しくらいわがままになってくれてもいいと思ったのだが。

 いったい何がいけないのやら。


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