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8月の特別支援クラス一行は本日休日、が、オンライン空間は年中無休。
学校は休みでも午後から仕事が通常通りあるし、まあ、午前中の今は普段のメンバーで集まって適当に遊んでいる最中だった。
一同はオンライン空間に集い、人狼ゲームを遊んでいるのだった。
いったい誰がやろうと言い出したかというと、篝だった。
篝はみんなで盛り上がりたいという欲求があるらしかった。
実に女子高生らしい人柄だなあ、と千歳は思いつつ、ごく自然にゲームに参加する。
こういうゲームの類は、文武両道犯罪余裕の千歳にとって苦手な分野ではあるものの、クラスメイトと仲良く遊ぶことのほうが重要だし、弱いからと言って叩く人は意外と少ない。
一行はオンライン空間上のクローズドのサークルで人狼アプリを立ち上げた。
篝
「じゃあ、人狼さんは素直に名乗りをあげようか」
誰も名乗らない。
当たり前か。
篝
「じゃ、じゃあ、村人さんは名乗りをあげようか」
全員が名乗りを上げた。
これも当たり前だ。
梓
「大丈夫? 結構初心者にありがちな動きしてるよ、篝さん」
篝
「あー、やっぱり私って人を疑うのとか無理だわ。こういうのって千歳君みたいな人じゃないと無理だと思うんだよね」
千歳
「それは、信頼されているという受け止め方をさせてもらおうかな」
千歳は若干皮肉交じりに言う。
千歳は自分のカードを確認する。
案の定、ただの村人なのははっきりしていた。
早いところ人狼をあぶりだして追放しなければ。
梓
「榛ちゃんは誰が人狼だと思う?」
榛
「えーっと、わかりません。あと、占い師は私です」
梓
「あー、そっかー。じゃあ、騎士さんは榛ちゃんを護衛する感じかな?」
唯
「なんにせよ、一日目は様子見ですよね。人狼の動きを待ちましょう」
そんなわけで、最初の追放される村人投票タイムが始まった。
ドキドキわくわくタイムの末、満場一致で追放に選ばれたのは千歳だった。
千歳
「え、なんで?」
四季
「生贄にしても怒らないと思ったから」
榛
「千歳君なら許してくれるかなって」
梓
「千歳君はいろいろと危なさそうだし、人狼じゃなくても危険かな、って思ったから」
唯
「ごめんなさい」
篝
「特に理由はないかな」
千歳
「仕方ないな」
と、いうわけで村人千歳は追放された。
村は人狼に食い荒らされた。
千歳はVR空間から抜けると、お昼ご飯を食べるために居間へ行こうとした。
600円の冷凍パスタが冷凍庫に眠っているはずだ。
百々は、変わらずVR空間での仕事に駆り出されていたが、いったいどんな仕事をしているのやら。
冷凍パスタはたらこ味。
昔ながらの味らしいが、本物のたらこを食べたことがない千歳にはこれが果たしてたらこなのかどうか知る由もない。
冷凍パスタを食べ終えて、その時スマホが鳴った。
通話の相手は、先生のようだ。
すぐさま電話に出る。
先生
「こんにちは千歳君。今いいかな?」
千歳
「なんでしょう?」
先生
「学校まで来てもらえますか? 少しお話したいことがあるので」
千歳
「いいですけど、持ち物は?」
先生
「スマホを置いてきてください、と相手は言っています」
千歳
「わかりました」
千歳はスマホを持って学校へ行った。
スマホを置いていくということは情報封鎖を受けることに他ならない。
つまり、先生が言うところの相手は千歳に情報封鎖をしたいのだ。
そんなものに乗ってやるほど千歳は愚かじゃない。
学校までの道のり、普段通り徒歩で学校に通学すると、高級車が一台とまっているのが見えた。
ベンツとかポルシェとかのわかりやすい高級車ではなく、国産の信頼できるメーカーの上位モデルだ。
千歳は職業柄、あの手の車を保有する人と会うことが何度かあるので分かった。
乗ったことと運転したことがないので使用感はわからないが、富裕層への売れ行きが好調なことから安物の車とは格が違うのは千歳でも分かる。
成金やエリートサラリーマンの類は高級車を何台か保有するのは当たり前だが、国産の上位モデル保有は昔ながらのお金持ちと相場は決まっている。
あるいは、車が大好きな一般人か。
千歳は車の持ち主についてあれこれ想像してみたが、これは篝関係の人かなー、と予想した。
それはさておき職員室に行かないと話の実態はわからないだろう。
千歳は普通に職員室へ行くのだった。
職員室につくと、先生が誰かと話していた。
男性が一人と、ガタイのいい男性が一人。
どちらも服装に不自然なところはない。
先生
「千歳君、お待ちしてました。さあ、こちらへ来る前に、スマホは置いてきましたか?」
篝父
「調べてくれ」
自衛官
「はい」
ガタイのいい男は千歳のポケットを探ってスマホを取り上げた。
自衛官
「すみません。会話の記録が残ると危険なので、スマホは部屋の外においてください」
千歳
「失礼を承知でお尋ねしたいのですが、あなたはどなたでしょう?」
自衛官
「一人の自衛官です。今日は篝さんのお父さんの護衛を務めています」
戦闘力で100パーセント勝てない相手。
物部の部下には警察や自衛隊とも対等に戦える人材も数名いるらしいが、それに千歳は当てはまらない。
素手で殴りあった場合、体格差や筋力の差で勝ち目は0だ。
幸いにもこちらに危害を加えるつもりは一切ないので千歳は安心した。
そもそも戦闘のプロになればなるほど戦闘は避ける。
千歳は相手を信頼することにした。
千歳は素直に自衛隊の人の指示に従い、スマホを職員室において、部屋の奥に行くのだった。
お互いにフェアな立場であることを示すためなのか、自衛隊の男性は自分のスマホを千歳のスマホの隣に置き、千歳の父もスマホを置き、先生もスマホを置いた。
千歳のスマホは黒一色で色気がなく、自衛隊の人のスマホはかわいいぬいぐるみキャラクターで彩られたケースに包まれていた。
篝のお父さんは、実にスタイリッシュな青一色のケースに包まれており、先生は被っている仮面と同じデザインのケースだった。
やれやれ、千歳は筋力だけでなくセンスですらも自衛隊の人に勝てないのだな、所詮一人の犯罪者。
職員室の奥に進むと、モニターが1枚とソファーがいくつかある部屋だった。
どうやら、何かしらの会議が行われるようだ。
一同が着席すると、モニターにはなんと物部が映し出された。
千歳は関係性を悟られないように物部には反応しない。
その様子を見た物部は自らの口でこう言う。
物部
「千歳君、緊張しないでください。今回の仕事の依頼主はご友人のお父さんからです。なので、私との関係性を隠す必要はないですよ」
物部はモニター越しに篝のお父さんが味方であることを告げた。
なら、話は早い。
千歳
「そうですか。それで、どんな仕事でしょう?」
千歳は単刀直入にそう尋ねた。
篝父
「まあ、その前に、学校で篝はどうかね?」
千歳は自分が本題を急いだことを恥じた。
物部
「千歳君、こういうお仕事というのは信頼関係が大切なんだ。まずは軽く雑談をしようじゃないか」
千歳
「わかりました」
先生
「篝さんは、学校では特に目立った様子はないですね。お金持ちなのでみんなの支払いを率先して行ってくれたり、夏休み前半はお父様の宿にみんなを案内するなど、自分が使える特性を発揮して皆さんと仲良くしていますね」
篝父
「そうですか、それは何よりです」
千歳
「自分に対して、少し冷酷ではないかと思う一面もあります」
篝父
「それはそうだ。私の妻もそんなものだよ」
千歳
「そうですか」
そういう雑談ののち、篝父はこんな話を始めた。
篝父
「これを見てほしい。今朝、私の家に届いたメールだ」
印刷された文書を千歳は読んだ。
そこには、海軍に多大な出資をしている人物の娘を殺害するとの予告状だった。
千歳
「やれやれ、趣味の悪い」
篝父
「ネットに詳しい人に発信された場所の特定をすでに行わせてある。多摩川の河川敷に拠点を構えている無政府主義者たちからこのメールは発信された」
物部
「失礼ですが、いたずらである可能性は?」
篝父
「それはない。私はメディアに露出するタイプの富豪ではないし、篝の存在も外部に漏らさないようにしている。篝がこの学校に通っていることを知っている人物は限られている。篝の情報を漏らしたとするなら、担任の先生ぐらいなものだ」
先生
「そうですね。個人情報の保護を行えていないのは私の責任でもあります。が、私自身篝さんの情報を意図的に外部へ流出させているわけではないと誓って言います」
篝父
「まあ、犯人捜しをしても仕方がない。それに、無政府主義者とはいえ自衛隊が守るべき国民であることにも変わりはない。多摩川には警察の捜査の手を入れるが、仮にこの殺害予告が本当であった場合、篝の身が危ないのは事実だ。しかしながら、私はメディアに露出するのが嫌いでね、可能な限り極秘で護衛を行いたい」
物部
「それでしたら、私たちにお任せください。ね、千歳君」
千歳
「わかりました。どうやら、拒否権はなさそうですね」
物部
「というより、学友さんが護衛するのが一番自然だろう? 自衛隊や警察が家の前をがちがちに警備してたら、中にVIPがいるって誰でもわかるじゃないか。今回の作戦はあくまでも極秘。わかったかな?」
千歳
「わかりましたが、質問があります」
物部
「なんだい?」
千歳
「どうして物部さんが篝のお父さんと繋がりがあるのでしょう? そこが気がかりです」
物部
「コンビニの従業員が客を選べるかな?」
千歳
「確かに、そんなものですね。裏組織といっても立場は低いものですか」
篝父
「と言うより、私くらい国にとって大切な存在になってくると、ある程度法律を無視することも可能なんだ。国益になると判断すれば、ある程度冷酷な判断をする場合がある。そのことは覚えておいてほしい。君たち裏社会の人材を活用することも自由自在なわけだ」
物部
「あらあら、上級国民というやつですか。随分ご立派な身分ですね」
篝父
「言い訳をするつもりはない。篝にも上級国民として身分証明書を見せるだけで一部の公共機関を無償で使えるようにはしてある」
千歳
「例えば、交通網がマヒした時、ホテルを無料で使えたりとか、でしょうか?」
千歳は横須賀へ行こうとした時のことを思い出した。
篝父
「その時は篝がお世話になったね。お礼を言うのが遅れて申し訳ないと心から思う」
千歳
「いいえ、自分もクラスメイトが危険にさらされているときに何もしないほど、性根が腐っているわけではありません。こちらこそ、篝さんと宿を御一緒できて快適でした」
篝父
「こういう使い方なら、上級国民の権力も悪いものではないだろう?」
物部
「そうですね、ありがたいです。千歳君がお世話になりました、本当に」
篝父
「そういうわけで、お互いにWIN-WINな関係に落ち着いた、ということでよろしいかな?」
先生
「千歳君が篝さんの護衛を務めている間、千歳君の仕事はどうしましょうか?」
篝父
「千歳君を仕事から外して、篝の護衛に専念してもらう」
先生
「わかりました」
千歳は何が平和的な話し合いだ、と思った。
先生は断ることができないのだ。
なぜなら、現状最も疑わしいのは先生であり、千歳を仕事から外すことに賛同すれば、疑いは深まるばかり。
篝の護衛に関しては従わざるを得ない。
表向きは平和な話し合いが行われているようにも思えるが、単に武器と暴力を使用していないだけで、やっていることは争いと何ら変わりがない。
篝父
「ほかに、何か質問はあるかな?」
篝の父親はそろそろ話を切り上げるつもりだった。
が、自衛隊の人が名乗りを上げる。
自衛官
「物部さんと言いましたか、千歳君はどの程度戦闘ができますか?」
物部
「そうですね、口頭では説明しにくいですが、知能犯は戦闘のプロではありませんので、本職の方からしてみたら弱すぎるかもしれません。が、基本的な護身術は覚えさせてあります。一度手合わせをしてみればわかると思います」
千歳
「無茶ぶりですね」
物部
「まあ、そう言わずに。先生さん、体育館をお借りしてもいいですか?」
先生
「構いませんよ。自衛官の方は、生徒にケガをさせないことをお約束してください」
自衛官
「弱すぎて、護衛中にピンチになってからでは遅いですよ?」
先生
「それもそですね」
篝父
「私も戦闘には詳しくないので、専門家の意見を仰ぐとしよう。お手数をかけて申し訳ないが、よろしく頼むよ」
千歳
「こちらこそ、よろしくお願いします」
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