今夜は熱帯夜
あいいろのうさぎ
連日、日中の気温は三十度を超え、当然のように訪れる熱帯夜。まだ七月、されど七月。太陽は惜しげもなく煌々と照りつけ、その熱を置き土産に去っていく。もはや月でさえ熱をこちらに伝えてきているんじゃないかと勘違いできるような生温い風が吹く二十時。
「なんでこんな暑いのに外でなきゃいけないの……。家でまったりのんびりゲームにでも興じればいいじゃない……」
「そんなこと言ってられないでしょ! 夏はすぐに過ぎ去っちゃうんだよ! 今こそ花火をする絶好のチャンスでしょうが!」
前を歩く加奈がこちらを振り返って仁王立ちする。夏の過ぎ去る速さくらい私だって知っているけれど。
「どうせ花火大会行くんだからいいじゃん……どうして私たちで花火する必要があるのよ」
「晶子はわかってないなぁ。手持ち花火と打ち上げ花火じゃ風情が違うんだよ」
ろくに『風情』の意味も分かってなさそうな加奈はチッチッチッと指を振ってくる。イラッと来なかったと言えば嘘になるけれど、いちいち反応していたら加奈が調子に乗るのでスルーする。
河川敷に向かう私と加奈。宿題が終わらないだの、部活が大変だの、合宿行くんだけどお土産何がいい? だの、加奈は次々と話題を振ってくる。適当に受け流していたら少し不貞腐れたけど、川が見えた途端に目を輝かせて走っていく。
「よーっし、花火やるぞー! まずは線香花火だ!」
大声をあげて準備し始める加奈。一人だけ盛り上がっているのが分かっているのかいないのか、とても楽しそうで『ルンルン』という言葉がよく似合う。まあ、こういう時は全部勝手にやってくれるから私は楽でいい。
「晶子、なんか失礼なこと考えなかった? はい、線香花火」
「考えてない考えてない。ありがと」
思いっきり図星だったが、素知らぬ顔で線香花火を受け取る。加奈は変なところ敏感だ。
線香花火をぼうっと眺める。パチパチと、それこそ花が散るような、か細い線香花火。
「綺麗だね」
「そうだね」
加奈は知らない。その視線はまっすぐ散りゆく花に注がれているから。
私の視線が加奈の瞳に吸い寄せられていることを、その瞳に映る線香花火を見ていることを、知らない。
本当に、変なところには敏感なのに、それ以外には鈍感な子。何度も季節を越えてきたんだから、こんなに分かりやすく見ているんだから、いつ気づいたっておかしくないのに。
何も分かっていない加奈の顔に笑顔の花が咲く。
あぁ、あつい。
あとがき
目を通してくださってありがとうございます。あいいろのうさぎと申します。以後お見知りおきを。
「今夜は熱帯夜」はそのまま「熱帯夜」というお題をいただいて書いた作品です。最後の一文を書きたいという欲のままに突っ走りましたが、自分では気に入った文が書けました。みなさんの目にはどう映ったでしょうか。お楽しみいただけていれば幸いです。
またお目にかかれることを願っています。
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