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深紅に願う

あいいろのうさぎ

 その赤い瞳を見た時、最初に抱いたのは恐れだった。淡雪のように真っ白な肌とは対照的に燃え盛るような赤い瞳。あるいは鮮血のようなそれ。自分を吸い込んでしまうのかと錯覚するほどに見開かれた赤に、恐れを抱かない方がどうかしているとさえ思う。

 夜風が吹き荒び、彼女のぬばたまの黒髪を乱す。それでもその赤は、じっとこちらを見据えて、淡雪に閉じられた唇をゆっくりと開き、脳に直接響くような声で言うのだ。

「お前は望みを叶えたいか」

 と。

 直感した。目の前の存在は人間以外の、もっと高尚な何かだ。

 恐れがあった。畏怖であった。何を口にしても不敬に当たるのではないかと思った。喉元を不可視の手に抑えられているかのように声を発することが憚られた。

 それでも、俺は絞り出した。震えながら、無様に、人間の情けなさを煮詰めたような声で。

「叶えたい」

 その一言を。


 次に目を覚ました時、俺は見慣れた天井をぼんやり眺めていた。あの後どうやって帰ってきたのか覚えていない。そもそも現実だったと信じる事さえ難しい。ただ覚えているのは淡雪の肌の中に燃え盛る赤い瞳。

「あれはなんだったんだ…」

 俺の呟きは誰にも拾われないはずだった。

「なんだったんだろうねぇ」

 思わず声のした方を振り向く。あり得ない。ここに人がいることが。俺の知っている声がすることが。絶対にあり得ないけれど、俺がその姿を見間違えることの方があり得ない。

「……は?」

 そこには死んだはずの妻がいた。

「『は?』って酷いなぁ。せっかく君のそばにいられるようになったのに」

 よく見るとその下半身は透けて、向こう側が見えている。

「ゆ、幽霊?」

「んー、まあ、そんな感じかな。私や君が悪さをしない限り、私は君のそばにいていいんだって」

 あの人ならざるものの姿が思い起こされる。あれは夢ではなく現実だったのか?

「あ、あとね、私はこれを持っていないといけないんだって。これを失くしたらすぐに黄泉の国へ帰ってしまうの。だから、肌身離さず持ち歩きなさいって」

 そう言った妻の手の平には、血の雫と見紛うような、あるいは燃え盛る炎を封じ込めたような、赤い赤い石が収まっていた。


あとがき

 目を通してくださってありがとうございます。あいいろのうさぎと申します。以後お見知りおきを。

 この「深紅に願う」という作品は「ルビー」というお題から妄想を膨らませて書いたものです。ルビーの石言葉は調べると色々ありましたが、「深い愛情」や「永遠の命」といったところから連想して書かせていただきました。お楽しみいただけていれば幸いです。

 またお目にかかれることを願っています。


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