見出し画像

『脳天壊了(のうてんふぁいら)』吉田知子選集Ⅰ

吉田知子選集Ⅰ『脳天壊了(のうてんふぁいら)』を読み終わりました。すばらしい短篇集です。私が特に気に入った幻想的な短篇を紹介します。

「ニュージーランド」どこへ向かうとも知れぬ船内が舞台です。「タマ子」と名乗る奇妙な女から譲り受けたニュージーランドへの旅券。船からは島影が見えますが一向に近づく気配がありません。船員は「順調に動いております」と言うだけで、何かを隠しているような素振りです。食堂に座り続けている老人は「船は、あんたの意志で動いているんじゃない」「動いていることは動いている」と謎掛けのような文言を繰り返し、話が通じません。食糧は徐々に不足し始め、乗客は結論の出ない「学習会」に熱中するようになります。ニュージーランドに着く日は、おそらく来ないのでしょう。

「常寒山(とこさぶやま)」では、夫とその友人一家と気乗りのしない山登りに行きます。主人公は前夜にひどく体調を崩しており、夫の友人も妙に馴れ馴れしいのが不愉快です。ハイキングの最中も嫌な記憶ばかりが思い出されます。突如、夫とその友人を崖へ突き飛ばすところで話は終わります。

「お供え」は家のブロック塀に、事故現場にあるような花活けが毎日置かれるという話。「今日もあるだろう。あるに違いない。ないわけはない。それでも、もしかしらないかも知れない」印象的な書き出しで一気に引き込まれます。お供え物の量は日増しに増え、自分の家が得体のしれない宗教団体の神域として祀られていることを知るのでした……、

不愉快、不機嫌が積もり積もって、徐々に幻想の世界へ誘われていく展開に技巧が冴え渡っています。登場人物の会話はお互いに話したいことを口にするだけでコミュニケーションがうまく成立せず、一見意味がありそうで、実際は意味をよく理解できない台詞が多いのも特徴です。不可解な行動に対して解釈する余地を許さず、そのまま一気に読ませてしまうのが吉田知子のすごいところです。

同選集はⅠ、Ⅱ、Ⅲまで出ています。この調子で一気に三冊読んでいく予定です。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?