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【米国・カリフォルニア州】 カリフォルニアで育てる「みんなのワイン 」

父親の夢を継いで

  今、私たちが住んでいるこのカリフォルニアの土地は、当時二十歳ぐらいだった父が、国際農業研修生として訪れたアメリカで「いつかこの広大な土地で農業をやりたい」と思い立ち、コツコツとお金を貯めて2000年頃に買ったものです。購入までには10回ほどカリフォルニアを訪れて、サクラメントやフレスノなど売りに出ていた農場をあちこち見に行きました。高校生だった私も何度かついてきたことがありますが、最終的には父のアイデアで「ロサンゼルスから近くて、観光列車も通っていて、フリーウェイ(高速道路)からも見えるこの場所なら観光農園ができるのではないか」との理由でこの地に決めました。ビジネス的な側面に加えて、いずれ継いでやるのは僕か兄なのだから、なにより海が近くてサーフィンもできるところが良かったということが、ここを推した一番の理由でした。パタゴニア(環境に配慮する商品で知られているアウトドアウェアメーカー)の本社もベンチュラにありましたから、なんとなく自然環境は最高なんだろうと確信はありました。

二刀流のぶどう畑

  元々この土地はオレンジ畑で、買った当初はオレンジを収穫して日本で売っていましたが、コストに見合わずまったくお金になりませんでした。そこで、この土地にあった果物を探すために色んな日本の果樹を植えて、何年もかけてあれこれ試した結果、ぶどうが気候に一番あっているのではないか、という結論になりました。ただ、すぐにワインぶどうに行き着いたわけではありませんでした。20代後半の頃、高知でサラリーマンとして商品開発を通じて村おこしに携わっていました。この時に地域に眠る素材を活かした商品をプロデュースすることの楽しさを覚えたんです。自分自身にもこの経験を活かして、なにか作ってみたいを思うようになりました。そして、ちょうどこの頃、サーフィン仲間と毎週のように我が家に集まってはワインを飲んで、ワインの素晴らしさにどっぷりハマっていたので、自然な流れで、カリフォルニアでぶどうがよく育つなら、美味しいワインも作れるのではないか、いつか自分でワインぶどうを育てて、ワインを一から作ってみたいをいう情熱が湧いてきました。

それでサラリーマン生活に区切りをつけて、2012年に妻と娘の3人家族でカリフォルニアに引っ越してきました。本当に思いつきと勢いです。家なんかありませんから、畑においたトレーラーハウスで生活をしながら、荒れ放題だった畑を更地にすることからはじめました。
 父が植えてくれていた日本のぶどうが、雨の少ないカリフォルニアの気候と太陽のおかげで素晴らしい味わいを見せていたので、まずはぶどう畑から作ろうと、ぶどうの苗木を増やし、日本式の棚を張って1haほどのぶどう畑をこしらえました。その後、ワインのための垣根をつくり、カベルネやメルロー、シャルドネなどワインの苗を植えて、1.2haのワイン畑も作りました。こうして、ぶどう畑とワイン畑の二刀流になりました。よく聞かれるのですが、同じぶどうでも生食用とワイン用はぜんぜん性質や育て方が違うんです。

マジカルグレープの挑戦

ワインの木は、植えてから収穫できるようになるまで5年ほど、土地の味わい(テロワール)がでるようになるまで少なくとも10年はかかるといわれています。ワイン造りには時間がかかると聞いていたので、こちらに来た当初は、ワインの苗木の世話をしつつ、もう一方のぶどう畑にフォーカスすることから始めました。
巨峰に代表される日本のぶどうは、皮ごと食べるアメリカぶどうとは育て方も味もずいぶん違います。日本のみなさんにはおなじみのぶどうも、アメリカ人にとってはとても新鮮な体験です。どの品種も濃厚な風味と香り、そしてものすごく甘い。ファーマーズマーケットで試食してもらうと、皆さんものすごく驚かれます。ワオ!とかアメイジング!とか素直な反応をいただけるので嬉しいです。マーケットに出店しだした当初は、皮を食べない日本のぶどうの食べ方から教えたり、手間暇かかる分どうしても高くなってしまう価格を納得してもらうのに苦労しました。
ずいぶん屋号にも悩みましたが、ある日サーフィンをしているときに閃いて、マジカルグレープを名付けました。そうしたら、何がマジカルなんだ?と試食しに来てくれるひとがすごく増えた。ラジオの取材も来てくれました。今では、シーズンが始まるのを待っていてくれる人や畑まで直接買いに来てくれる人も現るようになり、毎回完売するようになりました。アメリカのぶどうからいえば3〜4倍ほどの価格ですが、品質が高ければ評価してくれます。カリフォルニアでは、日本の食文化がブームを通り越して広く受け入れられ、定着しているようにも感じます。とてもありがたいことです。お客さんから「このブドウでワインを作らないのか?」とか「食べるワインみたいだ」といったこともよく言われます。ここにもヒントがあると感じました。

日本人が作るこだわりのカリフォルニアワインを求めて

 私達のワイン畑には、現在3333本のワインの木を植えています。1本の木から3本分ほどのワインぶどうが収穫できますので、全部で約1万本のワインを作ることができる計算です。ただ年によって気候が違いますので、収穫量も出来も変わりますし、濃厚な果実を得るために間引きをすることありますので、毎年均一な生産量というわけにはいきません。しかし、カリフォルニアワインの生産量自体はどんどん増えています。カリフォルニアでは、ワインビジネスが年々大きく成長しているのです。当然、競争の世界ですので、機械化された大きなワイナリーには、規模では敵いません。日本人がわざわざカリフォルニアに来て畑からワインを作っていることだけでも珍しいと思いますが、「これが日本人のつくったカリフォルニアワイン」だと評価してもらうためには、どうすればよいか。日本の農家の得意分野とすれば、一本一本手間暇かけた育て方をすることしかない。そうすれば、量は取れなくても品質の高いワインができると考えています。いいワインは、いいぶどうからしか作れないからです。

 今のワインの主流はヴァラエタルといって単一品種のブドウから作られたワインです。しかし、オーパス・ワンのような最高級カリフォルニアワインは、さまざまな品種のワインがブレンドされたものです。色々なブドウの風味が混ざり合って、繊細な味わいをつくりあげています。
私の夢は、日本のぶどうから作ったワインをブレンドして、他にない味わいのワインをつくること。今は謙虚に学びながら私の理想とするワインを一緒につくってくれる醸造家を探している段階です。できれば若い醸造家がいいですね。経験が浅くても若い感性を取り入れて、情熱と面白さのあるワインを一緒に作っていきたい。自分がやりたいことを発信し続けていれば、いつかそういった方に出会えると思っています。完璧な環境からのスタートよりもこうした挑戦におもしろさを感じますね。

新しいカタチでワイナリーをつくる。

 普通ワインというと酒屋で買うもの、お店で飲むものだと思うんですが、ただワインを作って売るだけじゃ面白くないと考えています。むしろワインになる前から、飲み手に関わってもらったほうが面白い。
 例えば、クラウドファンディングを通じて、「カリフォルニアにきてワイン畑を手伝う権利」とか「一年間ワイン畑に名前をつける権利」、「ぶどうの一株オーナーになる権利」をリターンにしたいと考えています。一株オーナーには、1年間に1万円出資をしていただければ、木に名札を掲げ、できたワイン2〜3本を毎年送ります。そして、ぜひ「俺(私)、カリフォルニアにワインの木持ってるんだよ」「それがこのワインなんだ」「一緒に飲まない?」といって素敵な時間の彩りにしてもらえたら最高だと思います。
この畑には、3333本しかありませんから、その枠が埋まればおしまいです。お店にならぶこともありません。ワインを買うお客様というよりもむしろ、ワインを一緒に作っている仲間、そういう感覚です。そっちのほうが間違いなくワクワクしませんか?
ブドウがなる前から行き先が決まっているワインを作ることが出来たら、いいぶどう作ることに集中し、仲間を喜ばせるために全力を尽くせますから、こんなにいいことは他にありません。ぶどう作り、ワイン造りは過程がとても楽しいので、もちろん手伝いたい人には来てもらったり、こんな時代だから海を超えても情報が簡単に共有できます。例えば電車の中で俺達のワインの木はこんな感じなんだとSNSを通した写真を見てもらったりしながらワインになる過程を楽しんでいただきたい。そうやって「みんなのワイン」を作りたいと思っています。

プロフィール (森本 誠二・もりもと せいじ)
高知県生まれ。
清流仁淀川流域にある果樹農家に生まれ、自然と果物に親しみながら育つ。
京都大学農学部を卒業後、高知へUターンして就農。サーフィンにどっぷりハマる。
サラリーマン時代に、商品開発などを通じて村おこしを経験する。32歳のとき、カリフォルニア州に家族で移住。ワイン造りを志し、ぶどう栽培に没頭する毎日。 

instagram @magical.grapes   web: www.magicalgrapes.com

              (インタビュアー・弥生 歩 撮影・NAKI)

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