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HSS型HSPママのHSCの子育て日記

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HSS型HSPシングルマザーのHSC(超繊細さん)の育児の記録や日記、学んだことなど
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#子育て

子どもを育てるということの怖さ

『砂時計』という漫画を、中学生くらいのときに読んでいた。 話の詳細はあまり覚えていなくて。 話の内容自体はおぼろげにしか覚えていなかったけれど。 この部分だけは、おぼろげながらにしっかりと、中学生の頃からずっと、20年近く、胸に抱き続けて生きてきた。 また、読み返したいな。 そう、ずっと思っていた。 ひょんなことから、無料でスマホで『砂時計』を読めるようになった。 1話ずつ、少しずつ読んでいくのではなくて、「今」読む必要がある。 そう感じて、満喫に行って全巻を読んでき

「子どもがいる人」=「母親」じゃないよと言われた話

Z世代の仲の良い信頼できる後輩に、子育てについての葛藤を相談した。 自分のメンタルを守るため、なのか最早よくわからなくなっているんだけど、家にいないことも多い。 「家にいない=子どもといる時間が少ない=子供を十分に愛せていない=母親失格」という構図が自分の中で漠然とあって、その背徳感、罪悪感が、どうにも拭えない。 その背徳感、罪悪感には波があって、自分のメンタルが激落ちしてるときは、「仕方ない」「そりゃそーなる」「それがベスト」ってなるんだけど。 メンタルが少し回復傾

子どもはマンガで育てていく

わたしは小さい頃、マンガやアニメを観ていると「そんなものばっかり見てないで勉強しなさい!」とよく母に怒られた。 でも、わたしは、自分の子どもにはどんどんマンガを読んでほしいと思う。 マンガは(もちろん物にもよるけれど)、人生を生きていく上での大切なことをいつもたくさん教えてくれる。 小さいときはあまり分からなくても、大人になった今読み返すと、そのセリフたちの言葉の深さに、涙が止まらなくなったり、背中を押してもらったりする。 子どもに読ませたいなと思っているマンガをざっ

子育ての正解を手放した

このnoteは、誰のためでもなく、自分のために、ちゃんとその時々の想いや言葉を綴る場所、わたしのこの先の見えない道の一歩一歩の記録の場所。そんな想いで、書いている。 だから、今日も。 ちょっと怖いけれど。 ちゃんと自分の正直な気持ちを、書いていこうと思う。 正直、もう分からないってなってる。 それが、今の、すべて。 数日前、落ち込むことがあった。相手に悪気はきっとなかったんだけれど、その言葉たちは、今のわたしにとっていちばん脆くて柔い部分を直球で突き抜いた。ガンッとメン

15年後の娘へのラブレター

子育てって悩みは尽きないもので。 マニュアル通りにいかないし、育児本なんて参考程度にしかならないし、そもそも子ども自体が十人十色。性格や気質が違えば、対応方法も全然違う。”正解” は誰も教えてくれない。自分自身が試行錯誤して見つけていくしかない。その答え合わせは、きっと、私がおばあちゃんになった頃。 そんな中でも、やっぱり子どものことを丸ごと信頼して、受容して、愛するって大切だなって思った。 「うちの子はこういう性格」「こんな気質」 だから「こんな対応をしなければ」とか

明日が最後の日だとしたら、どんな自分でありたいと望むのか

「自分が最後の日を迎えるとき、どんな自分になっていたいか」 最後の日は、不平等なこの世界において唯一平等に訪れるもの。 それが数十年後なのか、数日後なのか、数分後なのかさえ、実質わからない。 その瞬間が来たとき、そのときが訪れるまでに、わたしはどんな自分になっていたいだろうか。 わたしの子どもが、自分は強く深くママから愛されていたのだと確信していて、そして笑顔でのびやかに生きていけるようになっていたら。わたしはそれ以上、特になにも望まないのかもしれない。 結局のところ

「私」と「ママとしての私」が "わたし" になるまでのストーリー

一番ひどかったうつ状態は昨日でなんとか切り抜けたようで。 今朝は、瞑想とストレッチをして、洗顔からスキンケアまで丁寧にできた。 朝ごはんはバナナ豆乳スムージーだけだけど、ちゃんと作ってあげられた。 でも、なんだろう。 なんだか、今は、また少し、さみしさというのか、切なさというのか、悲しみみたいなものが自分の中に入り込んでいる。 ママとしての自分。 ママとして子どもを深く愛する自分。 子どものことが一番大切。 それはそうだよ。 本音だよ。 でも、同時に、自分のことだって

子どもを発育センターに連れていった話

以前、子どもの発達について悩むことがあって、区役所に相談しに行ったことがある。発育が遅れているとかではなく、その逆。もしかしたら可能性として高度性の知能障害があるかもしれないので、発育センターに行ってみてとのことだった。 結局、障害的なものはなにもなかったことが分かったけれど、年中さんなのに小学校低・中学年レベルの問題が解けていることがわかった。それって別に悪いことではないんだけれど、子どもにとってしんどいことって多いだろうなあって思って。わたし自身、幼少期がそんな感じだっ