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白いあなたを探してわたし

 確かに〈ボイノワ〉は眼鏡に続く新時代の発明品だ。

 もともとボイノワは『Voice Noir』というフランス語だが、地球を席巻するまでになった。ボイノワは世界を加工できる――見た目は耳栓だが、厄介な満員電車をオーケストラに、うるさい機内を公園に変えられる。爆発、工事現場、全ての騒音は半減する。メディアに出る人々の半分はボイノワを身に着けている。

 人間は目にする世界と耳にする世界がほぼ全てだ。

 世界とは脳である。つまり脳を半分差し出すことで世界を片方支配するも当然だ。

 当然俺も脳を差し出したがこの世界は快適だ。通勤する俺は優しい声に満たされた道を歩き、満員電車へ。目を閉じればイケメンと美少女が喋る。今日もアバターの声を聞きながら過ごそう。

 後ろから誰かに押される。声もする。

幸上こうがみさん動かないで」なぜ俺の名前を、と考える間もなく声が続ける。「こっちを振り向いて」

 目を開けて汚い混雑を振り返ると、学校の制服を着た褐色の少女がいる。知らない子だが、声だけは知っている。俺がボイノワで設定したキャラだ。

「サポートが警告にでも来たか」

「いえ、そうではありません」と答える。「時間がないので手短に伝えます。私はノワール。あなたが設定したアバターで、肉体を持って現界しました。しかし、同じく現界したアバターらは数十人であり、私たちを狙っています。目的は白――ブランを探すため」

 満員電車が揺れると調和された音階で悲鳴が沸き起こった。前方の車両が浮き上がっている。ノワールが鋭く口笛を吹くと俺は引き寄せられた。音圧という言葉がよぎる。ノワールが俺を掻き抱く。

「私の目的もブランを見つけることです。そして世界の片方を支配します」

 車両が持ち上がると乗客たちが斜め後ろへ落ち込んできた。ノワールは窓際に向かい音圧で電車のガラスを割り、俺を抱いたまま外へ飛び出す。

 外は真っ青な空だ。


【続く】

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