16(6(6(6( ⑩

「お返ししますわ、おおきに」
「おおきに、て(笑)けったいなお兄さんやわあ」多恵子はそう言い、鼓打つように揃えた指で肩を叩くほど婆臭くはなかったが、座ったままぽかんと口を開けている二人の女の子たちに笑いかけた目で同意を求めた。
「ごめんなさいね、いきなり」
「いえ、うちらはなんも」
「北村さんらも持ってみい、えらい重いぞ」
「いややわ」
「蒔岡さん、言わはりましたか。すんません横で話聞いとって。それにしてもぎょうさん借らはって」
「なんやはずかしいわあ」
「いやあ、そやけど、身ぃいってならんでっしゃろ」
「こないだカード作ったばっかりやさかい、えらい張り切ってもうて」多恵子は横の椅子に掛けたリュックサックのチャックを閉じ、水を一口含んだ。
「そやけど、おたくらもD大学でっしゃろ。まだ学生さん?」
「蒔岡さんらも聞いてはりましたか、僕らの話」
「はよ座って、他のお客さんの邪魔や」きつい言い方にたしなめられて初めて今自分が立ち上がっていることに気がついたのか、繁は頭を掻き引きっぱなしであった椅子に掛けたが、その耳のきちんと赤くなっていることにキジュは何やら親しみを覚えた。
 奥畑というらしいその繁が座ると、息を潜めていた奥の丸顔の女の子(後で聞くところによると、名前は伽耶というらしい)が、何を思ったか突然口火を切った。
「奥畑さん、今日も原チャで来はったな、やめて言うてるのに」
「はあ、」キジュはとっさにまずいと思った。繁は知り合ったばかりの多恵子との話の楽しさに浮きだって伽耶のひりつくような視線に気がついていない。伽耶のとげばったその口調はそのつもりがあるかなしかにかかわらず、たしかに多恵子をも責めていた。ちらと目をやると、多恵子のこめかみに汗が滲んでいるのが分かる。キジュはこれまで多恵子と言葉を交わす男がもれなくこのようなしどけない顔つきになるのをよく見てきた。しかも多恵子にはその自覚がないのだから性質が悪い。「あ・ぷりおりな罪悪」と言えばそれらしくなるだろうか。伽耶はなおも続ける。
「そない旅行書ばっかし買うて、巴里まで持って行くん」
「買うてへん、借ったんや」
「うるさい。だいたいな、あんたなんぼになるん、もう二十歳やろ?ほんで高校出て働きに出るんはええけど、これからどうしてくん、一生北区の役場勤めで。私もこれから就活やねんけど。ここはそないおおきな会社もなし、せやからな、奥畑さん。やっぱりな、私、大学出たら大阪か東京か行こうか思うてるんです」
「伽耶、今はもうええんちゃうのその話は」
「ええの、どうせいつかはするつもりやった話やし」
「伽耶…」
「せやから、奥畑さんもあんじょう考えといてな。これからのこと」
「そんなこと急に言われても…」
「急に!?何遍も話したやろ電話で!ああほんまかなんわこの人!」
「あのお、」青い火花の散る店内に、のんびりの声はやはり多恵子だった。

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