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「だって、いくら校友会費払ってるからって、そう長い事延滞してちゃまずいんでしょ」
「それがな、そんなことあらへんねん」
「なんで」
「これ、見てみぃ」多恵子はiPhoneの画面を見せてきた。キジュたちの使っていた時分とはずいぶん仕様が変わっているが、おそらく図書館の学術情報検索システムだろう、マイページの「貸出図書」欄には今目の前に積まれているのと同じ名前のものの他にも五六冊の名前があった。
「ここに時計のマークがあるやろ、これ押すとな、元々二週間の貸し出し期間を自動で延ばしてくれるねんて」
「便利だねそりゃ!でも、どれぐらいまで延ばせるの?」
「それが、予約が入らんかったら二週間ごと更新して、たしか三か月まで延ばせるんやなかった?」
「ええ…」つまり、目の前に積まれた本の塔は、それこそ御室の桜の頃に拵えたもので、彼女はその間ものぐさにかまけて期限を延ばし延ばししのいでいたのだった。
「途中で予約入ることはなかったの」
「あったよ、一冊だけやけど、『墓地の春』云うのが途中で取り寄せのリクエストが入ってな」
「それで」
「それで、ってまた!もちろんメール来た次の朝には返したわ。その日はママが役所に行かはるいうて、せやから出かけに本持たせて、図書館の人にえらい遅れましたとあんじょう言うといて、て」
「ふん」ふと横を見ると、ジッポを鳴らした女の子もキジュとおなじように困った顔をしていた。無理もない。キジュでさえも、多恵子のこののんびりには驚かされることがある。久しく顔を合わせていなかったが、その具合は全く変わっていなかった。
「それで、これは全部延長してるわけだ。もう全部三か月経つ?」
「そんなことあらへんよ。まだ一か月と少しやねん」
「なら延長し続ければいいじゃない。すこしは読み残しもあるんでしょ」
「せやかて、私にはその延長手続きがよう出来ひんの」
「どういうこと」自分の喉から転がり出た声の低さに驚き顔を上げると、多恵子は、「この頃な、週末ごとに更新かけてそれが承認されるたんびに、また今週も返さへんかったって、そんなみじめな気持ちになんねん」と妙に湿っぽい声色を使って言った。
「みじめって。期間内に読み切れなかったんだからしかたないでしょ」多恵子はやはり質問には答えず、テーブルの本を素早くリュックサックの中に仕舞い込むと、斜向かいに座る繁を呼びつけ、見知らぬ女性から声をかけられまごついている隙にその中身の詰まったリュックサックを背に掛けた。予想もしない展開に、繁はただ一言「おもっ」と大げさにも見えるほど重そうに腰を曲げ、多恵子の隣の荷物も何もない席へ腰を下ろした。
「きぃちゃん、ほらこれ、えらい重そうやろ。私な、この重さが日ごとに増していってる気がするねん」多恵子がそういう間も、三角形の重心を失いかけた卓の二人は以下るでもなく不安がるでもなく、ただこちらの様子をずっと窺っていた。

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