16(6(6(6( ①

 キジュは和栗のてっとんすを思いきり蹴飛ばした。和栗は激しく前につんのめり、半跏坐のしばらく黄色いつま先に見惚れていたが、やがて片手を突いたまま振り返ると、「なにすんねん」と言った。
「聞いてる?私の話」
「はあ」もう一度蹴飛ばされ、同じように頭を揺らす。すんでのところで猫を轢きそこねたタクシーの運転手のようだと、キジュはこのとき思うのだった。
「ライターがどうしたって?」
「聞いてるじゃん」
「長いねん、話。毎晩」
「良いでしょ。へるもんじゃあるまし」
「あ・る・ま・い・し」
「あるまいし」
「睡眠時間が減るやろ」
「なんで」
「明日早番」
「じゃあちょっと待って」キジュは両の指でスマホの画面をしばらく音が鳴るほど激しく叩き、「ふん」と鼻を鳴らした。和栗がLINEを開くと、次のような箇条書きになっていた。

・校友会費五〇〇〇円
・延滞していない本たち
・見たことのないセブンイレヴン
・七〇〇円くじ
・ライター

「すまん。ちゃんと話してくれ」キジュはまた「ふん」と鼻を鳴らした。
「ずいぶんあるのよ、これ」
「あんまり長なったら、何回かに分けてな」
西大路の往来に低層階の窓がかたかたと鳴った。206番はそろそろ終バスだろうか。

 …四条の大丸を出たところで、いきなり肩を掴んでキジュを驚かせたのは、かつての同窓の多恵子である。
「あれっ」
「ひさしぶりやねえ」多恵子はしまりのない語尾に笑みを浮かべ、キジュは卒業以来長らく会っていなかった彼女の、娘らしさの抜けないのに驚いた。ひさしぶりと繰り返しながらぽんぽんと肩をたたき続ける多恵子を、何人かの紳士が迷惑そうでもなしに避けて通り過ぎていった。慣れているのだ。キジュは地下鉄風に吹かした頸を回し、改めて通りを見回した。交差点が青信号に切り替わるところだった。安物の駒下駄らの軽やかに鳴るは湿気の多い夜気に吸われどこかくぐもった響きを返し、タクシーのテールライトが往来を行く数多の瞳に忙しなく乱反射し始める。人手の多いのはいつものことだったが、先週から川床が始まってからというもの、浮足立ったパッサージュは盛夏に輝く都の夜であった。二人は、宵闇に今は見えない東山の影を一瞬顧みると、どちらが言い出すでもなく、寺町通りを少し入った先にある馴染みの喫茶店のベルを鳴らした…
(つづく)

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