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ジプとジアの島1

『長くて2段重ねの夢』

「それ!」

「キャッチ!」

砂浜で、ピラミッド型のパズルを空高く投げて遊ぶ二人

ジプ「長くて…2段重ねの夢を見たんだ」

ジア「2段重ね?」

ジプ「古代のどこかの国で、若き王として君臨する夢のあとに、近代のどこかの国で恋愛ゲームをする夢」

ジア「へえっ聞かせてよ」

===

ジー「王冠を見つけた時が、ジプ様が王位につく時という訳ですな」

シズ「ケツァル様亡き今も、神官の権限が保たれる、いわば猶予期間ね」

シー「もしジプ様ではなく神官が本物の王冠を見つけてしまったら我々神官の均衡が崩れてしまうのでは?」

マハ「ケツァル様は同じ枠の中で優劣をつけるのがお嫌いだった」

ジー「王という称号にすら、疑問をもっていらした」

シズ「等しく人である、遠いこの国の未来にケツァル様が夢見た楽園がある…」

シー「聞き捨てならないぞ」

ジー「シズは平等のことを言ってるんだよ」

シー「王と民が平等な時代?それじゃあ王位が肩書きに過ぎなくなるじゃないか」

ジー「ケツァル様は劇が好きじゃった、王位すら劇の役回りに過ぎない。そう思っていたのじゃろうか…」

シー「ケツァル様のことだから、無いとは言えんが…」

シズ「隣国での劇がはじまりだった」

シー「神官の俺たちがジプシーになったようだった」

マハ「あの劇か…私も役を演じながら、魔法を見ているようだった」

シー「黒魔導を使うお前が言うか?」

ジー「劇外劇とでも言おうか」

シズ「いい得て妙ね」

===
マハ「ケツァル王様の、おなーーりーーー」

観客「おお…」

ケツァル「隣国の王、神官、民に会えたことをうれしく思う。ここまで茶番につきあってくれたみなに感謝する、この劇は二つの国が結ばれるために私が考えた劇である!」

観客「二つの国を結ぶ劇だって?」

ケツァル「隣国、パナの王よ、歴史は途絶えぬ、しかし血を流すのは、おしまいにしよう」

コアトル「ふん、自らの劇を茶番と認めるとはな、隣国ジェイの王への敬意を表すために王である私は黙って鑑賞しておったぞ、にもかかわらず貴様は劇を中断した!約束を忘れてはおらぬな!?ケツァル王よ!」

観客「約束?」「一体どんな約束を?」

ケツァル「覚えておるとも。もし隣国に赴いた我々の劇がつまらなかったら王である私と神官たちを血祭りにあげ…」

コアトル「我が王国軍による隣国ジェイへの進軍を開始する!その約束を永遠に反故にするために貴様は劇を中断した!卑怯千番!だが…お前は、自らの劇を茶番と明言した、クク、感謝とともにな」

観客(戦争…)(戦争が始まる…)

コアトル「この劇場にいる民よ!何も心配はいらぬ…戦争など起こらぬ。隣国ジェイには王と神官が不在!わが軍に攻められた隣国ジェイは大混乱の中一夜にして陥落し!我が国パナの一部となるのだ!!」

ケツァル「そうだとも。戦争は起こらぬ。この劇は血塗られた歴史の終わりと新たな文化の時代のはじまりをつなぐための懸け橋なのだからな」

コアトル「何をぬかすか!新たな時代など来ぬ!たとえ私が死のうとも国は滅びぬ、旅立った妃と私の息子であるジプが王となり全ての国の王がひれ伏すまで、この世界は血で染まり続けるのだ!」

ケツァル「ほっほー。兵力で勝るならばわざわざ王と神官を不在にした理由がわからぬのう…」

コアトル「なんだと!!」

ケツァル「ジェイとパナの軍規模は拮抗している。だから双方とも奇策を練った」

コアトル「いかにも!隣国のふぬけた王のほうから勝機を運んでくるとは夢にも思わなんだ!!民を裏切って寝返ろうとしているのかとも思ったぞ?ケツァルよ」

ケツァル「私は民を裏切ったりせん。願われ、信じられるかぎり私はジェイの王だ」

コアトル「そうだろう。だからこそ解せぬ。なぜこんな茶番を催した!貴様は何を信じて王の役を演じている!?」

ケツァル「いい質問だ。わたしは」

コアトル「お前は!?」

ケツァル「私は文化を信じている。」

コアトル「文化だと…?はっはっは。殺戮に勝る文化など有り得はせぬわ!!」

ケツァル「そうかな?」

コアトル「あり得ると信じているのだな?貴様は狂った王だ」

ケツァル「私の劇とお前の劇、どっちがおもしろいかな?」

コアトル「ふ、私まで狂ってしまったらこの世のおしまいだ」

ケツァル「狂うのが恐いのだろう」

コアトル「恐いだと!?」

ケツァル「ふふーん、どうせまともに劇を味わったことは無いんだろうなあ」

コアトル「…つきあってはおれん」

コアトル王は席を立った。

静まり返る観客

マハ「王様…」

ケツァル「みな、つきあってくれてありがとう」

マハ「これからどうなさるおつもりです!コアトル王の言った通りのことを我々は危惧していた!今にも進軍は始まろうとしている!」

ケツァル「我々は、ジェイへ帰るだけじゃよ」

マハ「無事帰れるものですか!!命からがらたどり着いたとしても…そこに我々の知るジェイはもうありません…」

ケツァル「世界が変わったと?」

マハ「違います!万が一帰れたとしてもジェイが血の海と化しているのです!王を信じる民はもう、一人もいないでしょう」

ケツァル「劇はおしまいだ」

マハ「ああ!こんなことなら王に怪我を負わせてでもパナへ来るんじゃなかった!!」

ジプはマハがひれ伏して泣いてるのをみつめていた

ケツァル「幕を下ろしてくれ…カーテンコールは無しだ…」

幕が閉じた

ジプ「…」

観客がどよめく

再び幕が開きはじめた

そこに立っていたのはコアトル王
===
ジア「!コアトル王が舞台に!?」

ジプ「目を疑った、何をするつもりだと観衆もどよめいた」
===
観客「王様!」「コアトル王様!」

コアトル王「我が国の民よ」

観衆「ははーーーー!」

コアトル王「この劇場の中にいる詩人、劇作家!音楽家!創作に携わる者はこの場に残り、劇場を後にする者は家族や友人にこれから話すことをくまなく伝えるのだ」

観衆「仰せの通りに!!」

コアトル「我が国の総力を挙げて隣国ジェイのケツァル王がひれ伏す物語を作り出すのだ!!!」

観衆「おお…!」

コアトル「目には目を。歯には歯を。血には血を…」

舞台袖でマハが目を丸くしている

コアトル「物語には、物語をだ!!」

観衆「お~~~~!!」

コアトル「血塗られた歴史と新たな文化の時代のはじまりを結ぶ劇…ケツァル王はそう言った!覚えているな!」

観衆「覚えてる!」「覚えてる!!」

コアトル「人間は一人で懸け橋になることはできないということだ!愛する民!神官!そして王!我々は常に三位一体をなしてこの世に存在する!愛する民よ!お前たちが欠けてはこの国の意味が無くなる!お前たちの血が流れることを由とする国などあってはならない!」

観衆「ああ!」

コアトル「兵力で争うのではなく、物語の中に宿る互いの精神性を競う時代が始まるということだ!!これはまさに神の意志!」

観衆「コアトル様!」

マハ「…」

ケツァル「名演技だったぞ。マハ」

マハ「…」

観衆「さあ、名のある語り部はここに残れ!そうでない者は寝床に帰り!愛する家族と、友人と!自らの物語を語り合うのだ!」

ジプ「…」

===
ジア「文化の時代の幕開け、かっ」

ジプ「それから王は幼い俺の、柔軟な意見を重宝するようになった、劇については、作家を交えた王と神官の会議に加えてもらえるようになった」

===
コアトル「ジプよ、冥界に旅立った妃と私が再会する物語というのはどうだ?」

ジプ「それだと劇が途絶えてしまいます、劇が終わっても死者は蘇らない、劇が嘘になるのは嫌です」

コアトル「ふむ…」

神官「コアトル様。ジェイとパナは信じる神が別々にいます」

ジプ「唯一神同士が仲良くする話なんてどう?」

コアトル「ほう?こちらの神はエニグマ、向こうの神はカルマズか」

ジプ「エニグマとカルマズの物語!」

===

ジプ「エニグマとカルマズはずっと仲良くしたいと思っていた」

ジア「なんで今まで血塗られた歴史が続いてしまったんだろう」

ジプ「劇作家が面白いことを言った」

===

劇作家「神同士は人間のように意志疎通ができないっていうのはいかがでしょう?」

===
ジア「へえ」

ジプ「お互いが同じことを願う、そしたらどちらの願いもかなわない」

ジア「願いに嘘を付けなかった二人の神様の物語」

ジプ「ああ…」

===
カルマズ「抱きしめ合おう」

エニグマ「うん!」

二つの国は戦争をした

カルマズとエニグマ「どうしてこうなってしまうんだろう…」
===
詩人「何かがおかしいと思ったエニグマは心の構造を読み解き、本心で嘘を言うようになった」

コアトル「本心で嘘を言う、それはむずかしくないか?」

ジプ「心がたくさんあればいいんだよ」

ケツァル「ほう」

劇作家「人は心の中にいろんな思いを秘めている」

詩人「神の行動は反対の思いとなって実現してしまう」

コアトル「思いの一つ一つを人物として描いてみてはどうだ?」

ジプ「わかれたら一つのことしか思えない」

コアトル「しかし一つ一つの思いは重なり合っている」

音楽家「重なり合った思いを一つ一つを見ていけば自分の中に矛盾する思い同士もある!」

コアトル「そうだ。我が国の神エニグマは自分の思ったことと矛盾する思いをみつけてカルマズに話すようになった」
===
エニグマ「カルマズ、大嫌い!」
===
悲しみにくれるカルマズはジェイとパナが仲良くしているのを見つけた

ロミオとジュリエット

ジュリエット「ああ!ロミオ!どうしてあなたはロミオなの?」

ロミオ「ジュリエット!二人の神が愛し合うほど僕らは引き離されるなんて!」

回想
カルマズ、大嫌い!
回想おわり

エニグマの意を察したカルマズ

カルマズ「エニグマのバカヤローーーー!!」
===
コアトル「ジェイの神も聡いということだ」
===
ジプ「コアトル王は人が変わったように劇制作にのめりこんだ、俺も戦争のことばかり考えていた父より、劇を、いや神の心のことを考える父を、次第に好きになっていった」

ジア「いいねいいね!」

ジプ「いよいよ劇が完成した、それを見せるためにジェイへの訪問が始まった」

ジア「コアトル王は出演するの?」

ジプ「いや登場するのは両国の神と両国の民、そして劇の構成は神同士のコミュニケーションのなんたるかを教える構成になっていた」

ジア「二人の神様は反対言葉でツーと言えばカーと返していくの?」

ジプ「まあそんなところだな、二人でツーと言い合った結果、戦争が起きてきたと、観客に示すことに成功した。」
===
エニグマ「カルマズ、僕は人の心の底に潜むことにする」

カルマズ「いつでも会えるって訳だな」
===
ジア「それは何を意味するの?」

ジプ「神の言葉だ、俺も見ていて必死に意味を考えた」
===
カルマズ「エニグマはいなくなっちまった…100年間のお別れだ、ふ…これで人同士がまだ分かり合えないというなら!俺は天に昇ってやる!」

===
ジア「エニグマは人の心の底に、カルマズは天に…」

ジプ「俺は異変に気付いた」

ジア「え?」

ジプ「隣の席から王が消えていた」

ジア「一体どこへ」

ジプ「席同士の間の通路を歩いてるのを見つけた、その向かう先には舞台があった」

===
コアトル「ケツァルよ、お前も来るがいい」

ケツァル「いいだろう」
===
ジプ「二人の王が舞台上のテーブルについた」
===
コアトル「エニグマとカルマズは世界の天井と、心の奥底とへ別れた、何を意味するか分かるか?」

ケツァル「人同士が争う理由は無くなった」

コアトル「我が国の神、エニグマは我々一人一人の心の底に潜んでいる、お前の心にもな」

ケツァル「我が国の神カルマズは、お前のいる世界の天井に」

コアトル「わかるな?」

ケツァル「ああ」

コアトル「人間は」

ケツァル「心を一つにせねばならない」

観客(おお)

コアトル「そこで提案だ」

ケツァル「聞こう」

コアトル「パナとジェイを一つにするというのはどうだ?」

ケツァル「名前はお前が決めていい」

コアトル「みな聞くがいい!」
===
ジプ「そこで俺は立ち上がった」

===
コアトル「二つの国は一つの国となった!その名は」

ジプ「その名は!?」

コアトル「ケツァルコアトル!この世を統べる文化の国だ!!」

観衆「わーーーーーーーーー!!!」
===
ジプ「他国を刺激せぬように、領土上は何も変化は起きていない、ただ二つの国が同じ名前になっただけ、なぜそんなことが起きたのか?他国の興味を煽り立てることを二人の王は画策した」

ジア「どうなった?」

ジプ「エニグマとカルマズの、そしてジェイとパナの物語を他国に伝えていった。好意を示す国、不快を示す国、両方あったけど、そのバランスは拮抗した」

ジア「すごい」

===
ケツァル「ジプ王子よ、私も王であると認めてくれるかね」

ジプ「もちろんです!」

ケツァル「そうか…」

===
コアトル「ジプよ、お前はどちらの王が好きだ?」

ジプ「どちらの王も大好きです」

コアトル「ふふ、まあよい」

===
ジプ「俺は二人の王のもとを行ったり来たりした」

ジア「どんな気持ちで?」

ジプ「一緒に暮らせたらいいのにって、思ってた」

ジア「その願いは叶った?」

ジプ「叶ったとも言える、叶わなかったとも言える」

ジア「何が起きたの?」

ジプ「ある時絶望が始まった」

ジア「え、絶望?すごく幸せそうなのに」

ジプ「俺がケツァル王のもとへ行くことになっていたある時、コアトル王は俺に同行した」

ジア「それが絶望のはじまり?」

ジプ「後から考えればな…3人でご飯を食べた」

===
ケツァル「コアトルよ、私の后にならぬか?」
===
ジア「え?ケツァル王は同性が好きだったの?」

ジプ「わからない。ただ王位に即した者が味わう感慨を共有してるコアトル王への、最大限の好意の表現だと言うことはわかった」
===
コアトル「ジプの前で、何を言う」

ケツァル「わたしもジプの父になりたいのだ」

コアトル「ならばすでにそうだろう」

ケツァル「え?」

ジプ「僕には2人の父がいる!」

コアトル「そうだとも、私には旅立った妃との間に生まれたジプがいる。ジプは王子。お前は王、私も王。」

ケツァル「ジプは私の息子でもあると言うのか!」

コアトル「ジプさえよければ、だが」

ジプ「ケツァル王様、父上とお呼びしたらどう思われますか?」

ケツァル「う、うれしいとも。しかし」

コアトル「旅立った私の后のことを考えているのだな?」

ジプ「母上はきっと怒ったりしません!」

ケツァル「しかし、しかし…」

コアトル「ふむ、王にも狼狽を露わにする時があるものだ、ケツァルよ」

ケツァル「狼狽せずにいられぬよ」

コアトル「これからは毎日狼狽するがいい」

ジプ「僕が狼狽の種ということですか?父上?」

コアトル「そーうだとも。ケツァルを見てみろ」

ケツァル「おお、おお」
===
ジプ「ケツァル王は泣いていた。お前のせいだとコアトル王は言った」

ジア「一体どんな気持ちだったんだろうね…。ケツァル王にお妃さまはいなかったの?」

ジプ「うん…だからどの道、男色の疑惑は立てられただろう。コアトル王は国のために先手を打つべく、3人で食事をした訳だ」

ジア「先手?」
===
コアトル「今度は二人で劇を考えないか?」

ケツァル「どんな劇を考えようというのだ?」

コアトル「劇の最後の場面で舞台の上に3人の人物がいる、ケツァル王のもとへ訪れたコアトル王とジプ王子だ」

ジプ「僕も劇に出るの!?」

コアトル「ああ、そうだ」

ケツァル「一体どんな場面で締めくくられるのだ?その劇は」

コアトル「練りこんだ脚本を演じた上で、最後は心に浮かんだままの言葉を投げかけ合うのだ、この3人でな」

ケツァル「ふ、やはりそうなるか」

ジプ「僕やりたい!」
===
ジア「一体どんな脚本を…」

ジプ「劇はケツァル王のもとへコアトル王と俺が訪れ、3人で食事するという場面から始まる」

ジア「うん」

ジプ「楽しく食事をしていたら、ケツァル王がコアトル王にこう言うんだ」
===
ケツァル「コアトルよ、私の后にならぬか?」
===
ジア「そのまま脚本になったんだ、ほんとにあった会話が」

ジプ「うん、でも会話通りだったのはそこまで」
===
コアトル「后とは女がなるものだろう、男の私は后になれぬ」
===
ジプ「劇は二人の王の同性愛的葛藤を描いていった、俺は無垢な王子として添え物程度のセリフを言うだけだったけど、満足してたし楽しかった」

ジア「…まだ、絶望の中にいるの?」

ジプ「そうだ、最後の場面で悲劇に変わった」
===
ジプ「父上!」

ケツァルとコアトル「なんだジプ?」

観客が笑った

ジプ「ケツァル王に言ったんだよ」

観客がまた笑う

===
ジプ「そこから始まるのはアドリブ。観客はアドリブが始まることを知らない。劇をここまで見てきたお客はみんな、二人の王の同性愛的関係にハッピーエンドを期待してるって、雰囲気で感じた。」

ジア「だけど、そうならなかった」

ジプ「そうだ。」

===
ケツァル「私が后でも構わない、一緒に暮らさぬか、コアトルよ」

ジプ「僕もそうしたい!」

コアトル「叶わぬことだ」

ジプ「どうして叶わないの?」

ケツァル「どうしてだろう…なぜ君を自分の子供であると認めることが恐いのだろう、私は…」

ジプ「ケツァルさま…」

コアトル「私とジプ、どちらかしか選べないとしたら、ケツァル、お前はどちらを選ぶ?」

ジプ「!?何を言う気です父上!」

ケツァル「…安心するのだジプ、私は片方を選んだりせぬ。それはコアトルの方もだ」

コアトル「その通りだジプよ」
===
ジプ「胸騒ぎがした、すべてが終わる気がした」
===
コアトル「私たち3人の物語は、劇として100年後にも語り継がれるのだ」

ケツァル「コアトル…100年後などどうでもよいではないか、3人で今を生きよう」

ジプ「父上?」

コアトル「諸君!これがなにかわかるかね?」
===
ジプ「コアトル王はおもむろにナイフを取り出し観客にも俺が感じている気持ちを共有させた」
===
コアトル「これは…」

ジプ「父上!」

ケツァル「やめろ!」

コアトル「ナイフだ!!」

===
ジプ「コアトル王はアドリブの中での自害を企てていた」
===
コアトル「…。男の后など、いてはならぬ!!」

ジプ「父上、ああ!ああ!!」

ケツァル「…」
===
ジプ「コアトル王に駆け寄った、どうすることもできないのに。ケツァル王は…」
===
ケツァル「…」

コアトル「言葉も出ないか?ケツァルよ、くく、安心しろ。これは劇なのだからなあ!!」

ジプ「!!」
===
ジプ「そこで気づいた。3人で食事するためにケツァル王のもとへ向かっていた時すでに、コアトル王はそうすることを決めていたと」

ジア「絶望のはじまり…」

ジプ「そういうことだ」

ジア「劇は、劇はどうなったの!?」
===
コアトル「ジプよ!私はお前の父であり母だ!王である私は男の后となったのだ!」

ジプ「それ以上深く刺さないで!!」

コアトル「在り得ないものは…この世に存在できないのだ…!」

===
ジプ「コアトル王は気を失った」
===
ジプ「誰か!誰か来てくれ!こんな劇はおしまいだ!誰かが死ぬ劇なんてあってはならない!」

ケツァル「ジプよ」
===
ジプ「俺はケツァル王に向き合うのが恐かった、振り向くことはできなかった」
===
ジプ「あなたは何を言う気です、ケツァル王様」

ケツァル「コアトルはもう死んだのだ」

ジプ「まだ息がある!誰もがこれを劇だと信じてるこの状況を何とかしてください!!」

ケツァル「何度生き延びても、彼は自害を繰り返すだろう。せめて楽にしてあげようではないか」

ジプ「冷徹すぎます…まるで戦争のことばかり考えていた頃の父上のようです」

ケツァル「コアトルはお前の父として死に、お前の母として永遠に生きるのだ」

ジプ「僕には母が二人いる…僕には父が二人いた」

ケツァル「…」

ジプ「受け止めてくださるのですか?ケツァル王様?僕を受け止めることができるのですか!ケツァル王様!!」

ケツァル「お前が飛び込んできてくれるならな」
===
ジプ「俺はコアトル王に刺さっていたナイフを抜いた」
===
ジプ「これでもですか」

ケツァル「もう私は息子という存在に狼狽したりせぬ。来いジプ」

落ちたナイフ「からーん」

ジプ「う…う…」

ケツァル「お前が来ないなら私が行くまで」

ジプ「悪夢だ…まだみんな劇だと信じているのか」

ケツァル「逆に自分の人生を劇だと信じることができるかい?ジプ」

ジプ「そうか…みんな、みんな幻で成り立ってるのか。はは」

ケツァル「信じられることで存在は成り立つのだ」

ジプ「王も?神さえもですか!」

ジプを抱きしめるケツァル「そうだ!私もコアトルも王であると信じられていたから王だったのだ!自分が人生を人生だと信じているから人生は人生なのだ!」

ジプ「信じる力…人は、なんてものを持ち合わせて生まれたんだ」

ケツァル「ジプ!我が息子よ!私はお前が自分の息子であると信じるぞ!」

ジプ「男の后…ありえないものを、父上は信じて欲しかったんだ」
===
ジプ「そこで幕が下り始めた。『男の后』、完。って訳だ。」

ジア「…」

ジプ「幕が下りる直前にコアトル王が動いたと言う噂が飛び交った」

ジア「その時はまだ生きてたんだ…」

ジプ「劇の内容は革新的すぎた、国には混乱が広まった」

ジア「みんなに何を信じるかを示さないといけないのに、無意識的に使われていた信じる力すら意識化されてしまった」

ジプ「聡いな…ジア…」

ジア「ふふ、まあね」

ジプ「その混乱は思想家を通してゆっくりと、世界中に広まった」

ジア「虚無主義がはやりそう。退廃的な様子に美を見出すような…」

ジプ「確かにな…だけどケツァルコアトルを見守る神、エニグマとカルマズの物語がすでに世界に知れ渡っていた。」

ジア「なるほど」

ジプ「カルマズとエニグマの100年の別れの物語、そして男の后。他国は他国で、思想家や劇作家、そして宗教家が三位一体となって自国の神話を刷新していった」

ジア「戦争の気配は?」

ジプ「無くはなかった。だが士気が足りない。」

ジア「各国の王も、ケツァル王とコアトル王の物語に胸を打たれたのかな」

ジプ「それはどうだろうな…」

ジア「世界を統べる文化の国、ケツァルコアトル…一貫したコンセプトだよね」

ジプ「まあな…。男の后はケツァル王とジプ王子の物語として捉える向きもあり、肉体的な血のつながりへの関心は薄まっていった。」

ジア「それって人が、意識化された信じる力をポジティブに使ったってことじゃない?文化に精神性が宿っているということを事実として認識することにした。情報は受容するものから決断するものになったんだ」

ジプ「おもしろいこと言うなあ」

ジア「ケツァルコアトルの文化を火種にして、自国の神話が刷新されていってるんだもんね、ケツァルコアトルを滅ぼそうという目論見は無くなったんじゃない?」

ジプ「そう、兵力でそれをしても民の心に美化された他国が楽園として存在することになる。それはおいしくない、心のリテラシーはそこまで高まった」

ジア「文化戦争って訳だ」

ジプ「ああ…血が流れるのは、劇の中」

ジア「コアトル王の劇中自決は他国で模倣されるほどインパクトがあったって訳か…」

ジプ「やったところで二番煎じ。耳にすることも無くなっていった」

ジア「その間ジプとケツァル王はどうやって暮らしてたの?」

ジプ「ケツァル王は進軍を控えていたコアトル王の敵陣に潜り込んで劇を演じた。それがことのはじまりだと考えると豪傑だったと言える」

ジア「うん」

ジプ「劇を実現できたのは神官から信頼されていたからだ」

ジア「王に怪我を負わせてでも訪問を食い止めるべきだったって神官の一人が泣き叫んでたんだもんね」

ジプ「ああ、マハのことか」

ジア「マハ」

ジプ「マハをケツァル王の次に慕っていたよ、いや、ジアの前で取り繕う意味は無いか、父であるケツァル王のこともマハのことも大好きだった」

ジア「幸せに暮らしてたんだね」

ジプ「劇を作ったり、見に行ったり、…ほんとに平和だった」

ジア「長く続いたの?」

ジプ「そうは問屋が卸さない、って寸法さ」

ジア「そっか…」
===
マハ「ジプ様」

ジプ「マハ」

マハ「王の意識が戻りました」

ジプ「ほんと!?行こう!マハ!」

走る二人

マハ「ジプ様…」

ジプ「これが最後かもしれないって言いたいんでしょ?」

マハ「…」

ジプ「俺たちは劇の中に永遠に生きる!だから死別への覚悟はついてるんだ!」

マハ「ジプ様…」
===
ジプ「父上!」

ケツァル「おお、ジプ」

ジプ「お加減はいかがですか?」

ケツァル「今夜旅立つかもしれん」

ジプ「何を言うのです、父上らしくありません!」

ケツァル「ジプ…そなたが王になる日が近いのだ…」

ジプ「え…それは、考えてなかった…」

ケツァル「ほっほ…」

ジプ「だって誰かが演じる僕らの劇が何度も繰り返されてるんだよ?そこでいつでも父上に会える」

マハ(ジプ様の中でケツァル様はもう…)「はっ」

ジプの笑顔と涙

マハ(違う!ジプ様はケツァル様を永遠だと定義しようとなさっている!)

ケツァル「劇の中にケツァル王がいる、か…ならばなぜ泣いている?」

ジプ「僕は二人の父が永遠だと信じようとしているのです!」

ケツァル「お前は劇の中で言った…僕には2人の母がいる、僕には2人の父がいた…あの時はコアトルが母になったため父が一人になったという意味だったが」

ジプ「おやめください!」

ケツァル「今度はケツァルの私もいなくなるという意味だ」

ジプ「う」

ケツァル「マハよ」

マハ「はっ!」

ケツァル「歩けるうちにと思って、ジプが王位につくまでの余白を用意しておいたのだ、まだ誰にも話しておらん」

ジプ「余白?」

マハ「余白でございますか」

ケツァル「二人とも、しかと聞け」

ジプ「はい!」

マハ「はっ」

ケツァル「あっ宮殿にある4つの王冠!3つは偽物、1つは本物!偽物の指し示す場所にある本物の入った宝箱!文化の王冠はど~~こだ?」

呆然とするジプとマハ「…」

ケツァル「ジプよ…これが最後の戯れじゃ…」

目を閉じるケツァル王

ジプ「父上?父上…!ちっ…父上―」

マハ「お休みになられたようです」

がくっとするジプ

ジプ「もう!」
===
ジプ「だけどもう二度と父の意識は戻らなかった、明け方に静かに息を引き取った」

ジア「ケツァル王の残した最後の戯れ…王冠探しが始まる訳だ」

ジプ「ああ!」
===
ジプ「状況を整理しよう」

マハ「宮殿にある4つの王冠。3つは偽物、1つは本物。偽物の指し示す場所にある本物の入った宝箱。文化の王冠はど~~こだ?」

ジプ「それらしい宝箱は2つ見つかった」

ジー「しかしどちらも鍵がかかっている」

シー「鍵のヒントは無い」

バク「ヒントが無いということは」

シズ「鍵を見つけるのは王子の仕事でも神官の仕事でもないということかしら」

シー「ならば誰の仕事だというのだ?」

マハ「王、神官、民…」

ジプ「民の中に鍵を持っている者が?」

シー「民にすがっては示しがつきませぬぞ、王子」

バク「しかしその線は捨てきれない」

シー「世界中の草の根分けてでも探し出すというのですか?」

ジプ「国外に鍵が渡っているはずはない」

シー「なぜそう言えるのです!?」

回想
マハの言葉を思い出す
「シーは邪念に敏感です」
回想

ジプ「希望的観測かもしれないけど、これは、僕らの物語だ」

シー「信じることも大事ですが!物理的な現象は観測しなければなりません!」

バク「おっと」

一同「!」

バク「物理的な現象と言ったな?シー」

回想
マハの言葉を思い出す
マハ「バクは穏やかで保守的、アイデアも柔軟です。しかし二重人格でもう一人のバクは攻撃的で排他的。なぜか思想は王への絶対の忠誠心で塗り固められています、少しでも物語の前提となっている概念を揺らすと現れる可能性がありますが何が出現の琴線なのかは私にもわかりません…」
回想おわり

シー「鍵は空想の産物ではないと言いたかっただけだ。信じるばかりでも引き寄せられないこともある」

バク「ますます聞き捨てならないねえ。たとえケツァル様が小瓶にいれた宝箱の鍵を海に流していたとしても…絶対に見つかると信じて見つけ出すのが我々神官の仕事だ!」

シー「くっ」

シズ「海…」

バク「言い分が無いなら反逆と見做すぞ?」

ジー「バクよ、王の後を追って旅立った神官もいる中で勝手知ったる仲間を失うのは我々にとって痛手じゃ。仮にシーの忠誠心がお前のそれに及ばないとしてもここでシーを反逆者としてみなせば鍵の発見はさらに遅れるやもしれぬ」

回想
マハの言葉を思い出す
「ジーは老獪な策略家、長期的な目で見た利を皆に運びます」
回想おわり

バク「くく、鍵の発見を遅らせては俺が反逆者か、ジーにはいさめられてばかりだな」

バク「あ、ごめん記憶が飛んじゃった。ちょっと戻してもらえると助かります」

一同が安堵した

ジプ「父上の残した物語がなんであるか!それを読み解くことで鍵は見つかると思うんだ!もし父上が他国をも巻き込んだ物語を思い描いたのなら確かに鍵は海を渡った可能性がある」

シー「そうそう!それが言いたかったんだよ俺は!」

ジプ「ケツァルコアトルは国と国が1つになって生まれた国!きっと父上はこう考えた!ほかの国同士も二つで一つになればいいって!!」

バク「王子の仰せの通り、コアトル王のお創りになったストーリーの構造は普遍化しつつあります」

シズ「両国の唯一神同士は常に互いを愛していたのに、両国の民同士は争いあってきた、それは神の心を神自身もまた知る過程にあったから、そう民に優しく伝える物語…」

回想
マハの言葉を思い出す
「シズは誰よりも民を思う神官です。財政に無頓着なところもありますが…自らわらべ歌を歌い、町の子供たちにこの国の歴史を教えている。知的財源を潤わせているという自負があるのでしょう」
回想おわり

ジプ「エニグマとカルマズは民同士の和平を願い、心の底と天へ…」

闇バク「そして二つの国は本当にひとつになった」

一同「!」(なぜ今!?)

闇バク「あんたへの忠誠は俺の永遠の誓いだぜ、ジプ様」

バク「あ、あれ、今日2回目?」

マハ「そうか…もう一人のバクを宿したバクの心はこの国の物語と同じ構造をしている」

バク「もう一人の僕の心?またまたそんな~」

シズ「きっと私たちがバクをバクとして受け入れてるのもあの物語のおかげね」

ジプ「バクは二人で一人!そして僕らは僕、マハ、シー、バク、ジー、シズ!この6人で物語の核心だ!」

バク「ジプ様まで~。ま、いいか!」

一同「ははは」
===
ジア「よかった、神官の人たちいい人だね」

ジプ「バランスのいい6人だったと思うよ」

ジア「さて!最初に鍵を見つけたのは6人のうち誰だったの?」

ジプ「シズだ」
===
シズ「大変です!」

シー「なんだ?どうせまた嘘つきな子供がいたんだろ?」

シズ「鍵を持ってきたという一家がやってきました!」

ジプ「なんだって!?」

シズ「そしてあの子の言ったことも、嘘ではなかった…」

マハ「連れてきたのか?」

シズ「もちろんです」

3人の親子が通された

ジプ「君はこの前の」

バク「君は鍵のことを知ってるけど言えない、そう言った、そのことをご両親がいさめていらしたので鍵は無いと判断しました」

子供「僕は鍵のこと知ってたけど知らないことにしておかないといけなかったんだ、歌を歌いに来たシズ様の前で口を滑らせたら、王子とバク様がやってきて、そんなに大変な秘密だなんて思わなかったんです!」

シー「話には聞いていた、海の民だそうだな?」

海の民の男「私たち夫婦が海の民を取りまとめております」

ジー「取って食ったりはせぬ、坊や、安心しておくれ」

母親にしがみつく男の子

海の民の女「…」

シズ「みなの前でもう一度、ケツァルさまから鍵を託された時の話をしてくださいますか」

ジー「なに!?」

シー「ケツァル様がじきじきに現れたというのか!?」

ジプ「確かに、ケツァル城とコアトル城を頻繁に行き来する機会が父上にはあった、海の民の村は両方の城とほとんど等しい距離にある。なるほど移動経路で鍵を探せばいいのか!」

シー「いいや一つ目の鍵がたまたま移動経路に近い場所に住む海の民の村に託されただけかもしれん。ケツァルさまの行動に法則を見出すには時期尚早だ」

ジプ「もう!シーはいつもそうだ!」

海の民の子供「…」

マハ(少し安心したようだな)「3人の名を聞きたい」

海の民の男「アルスと申します」

海の民の女「マリベルです。この子は」

海の民の子供「リヤ!」

ジプ「リヤ君、ケツァル王が訪ねてきたときの話、聞いてもいいかな」

リヤ「うん!」
===
ケツァル王「坊や」

リヤ「なあに?」

ケツァル王「この村の長殿はどこかな?」

リヤ「長をやってるのはうちの父さんと母さんだよ!」

ケツァル王「おお、これは運がいい。君のお父さんとお母さんに頼みがあってきたんじゃが…橋をかけてくれんかの?」

リヤ「うん!いいよ!」
===
リヤ「僕みたいな子供に、橋を架けるなんて大人の言い方をしたから、僕は大事な話をする人だって思いました」

一同「…」

ジプ「…君に信頼してもらうことが一番の難関だと父上は考えたのかもしれない」

リヤ「僕に信頼してもらうことが?」

ジプ「そう。君がそっぽを向いたら、父上は物語が進まないと考えたんだ。続けて?リヤ君」
===
リヤ「父さーん!母さーん!」

マリベル「リヤ、どうしたの?」

アルス「そちらはどなただい?」
===
アルス「ケツァル様はかぶっていたフードからちらっと私たちに顔を見せてくださいました」

マリベル「風貌からは想像できなかったけれど、ケツァル様だとわかりました…」
===
アルス「ケ、ケツァル様!?」

リヤ「嘘…」

マリベル「ちょっと!あなた!」

アルス「は、ははー!」

ケツァル「いらぬ」

父の真似をしかけてたリヤ「え?」

ケツァル「海の民の長に頼みがあってきたのじゃ、時間がある時でいい再び訪れたい」

アルス「今日、今でかまいませぬ!」

マリベル「もちろんです!」

ケツァル「ありがたい…リヤ君も賛成かな?」

リヤ「は、はい!」
===
アルス「王ともあろうお方が長とは言え海の民にいったいどんな頼みがあるのです?」

ケツァル「海の民の憂いは何か聞きたいのだ」

マリベル「私たちの憂い、ですか?」

ケツァル「海は晴れ渡ってばかりではない、もし海が荒れ、漁に出れないような状態が長く続いたなら…」

アルス「それは…わたしたちの長きにわたる不安でありました」

マリベル「幸い、今日まで村が滅びることこそありませんでしたが…」

リヤ「この村が、滅びる…」

アルス「息子の前で泣き言は言えませんが」

マリベル「いえ、子供が私たちの希望だった、子供たちに努めて明るく振る舞うことで私たちは希望を絶やさないようにしてきたのです」

リヤ「父さん、母さん…」
===
リヤ「大人たちは、劇をしてたんだって!その時知りました!」

ジプ「悲しかった?」

リヤ「ううん!僕はその劇の中を現実だと思って生きてた!その時間は嘘じゃない!それをジプ様の物語が教えてくれてたから悲しくなんてなかった!!」

神官「うっ」

ジプ「そうか…父上はよき物語が人の希望であると信じていた。君が現実だと思っていた劇は嘘じゃなくて、村が誇る文化だったんだよ」

リヤ「はい!」

アルス「うう…!」

マリベル「うっうっ…リヤ…続きを、お願い…」

リヤ「うん!」
===
ケツァル「憂いを切り払えるかは、わからぬが」
===
リヤ「そう言って、ケツァル様は金の鍵をテーブルに置きました」
===
アルス「この鍵はいったい何です?」
===
マリベル「しずかにケツァルさまは三つの王冠と文化の王冠の話を聞かせてくれました」

ジプ「知っているのですね?僕たちが今この鍵を必要としていることを」

マハ「まずいっ」

ジプ「は!」

バク「え?」

一同「ほっ…」

アルス「…」

ジプ「な、なんでもないよ!続きを聞かせて」
===
マリベル「…王冠探し…この鍵が、本物の王冠のありかをしめす、偽物の王冠のうちの一つを手に入れるための鍵だというのですね?」

アルス「王子たちはいつの日かこの鍵を探しに村へやってくる…その時の私たちにどんな役目を与えようというのです?」

ケツァル「話が早い」
===
アルス「ケツァル様は二つの台本を考えていらした」

ジプ「二つの台本!?」

マリベル「わたしたちに選択肢を与えてくださったということです」

ジー「だ、台本の内容は!?」
===
ケツァル「もし、海の民の生活が安泰ならこの鍵の存在を忘れたふりをするのだ」

アルス「もし海が荒れ困り果てていたらば!?」

ケツァル「その時はジプ王子に取引を持ち掛けるのだ」
===
村人「大変だー!!」

アルス「なにごとだ!」

村人「神官のバク様が!」

アルス「なに!シズ様が来たと思ったら今度はバク様がどうした!?」

村人「バク様がジプ王子をお連れになられた…!」

アルス・マリベル「!」

リヤ「…」

村人「ああ~あっしら何か悪いことしましたかね~~~~」

アルス「ばっきゃろい!海に胸張ってろ!」
===
ジプ「こんにちは、海の民の長さん」

アルス「これはこれは…ジプ王子様、まさか献上した魚に不備がありましたかな?」

ジプ「はは、魚に不備なんてないよ、そちらこそ、海の民に憂いは無いかな?」

アルス「ははは、海の民が憂いを持ったら、船が沈んでしまいます」

バク「ははは」

ジプ「海の民はほんとに愉快な人たちだね」
===
アルス「ケツァル様がカギを届けに来た時同行していたのはバク様でした」

バク「え?」

マハ「なるほど…」

バク「ぼ、僕知らないよ!」

ジプ「ケツァル王からバクのこと、少しは聞いてるのだね」

アルス「確かにバク様でした。ケツァル様に同行していたのも、ジプ様に同行していたのも。しかし明らかに雰囲気が違った」

バク「も、もしかして僕の記憶が途絶えることがあるのって…」

ジプ「ついにバクがもう一人のバクを自覚した…」

シー「おいバク、てめえ鍵のありかを全部知っていやがるんだな!?そしてそれを今まで黙ってた!!お前が糾弾の時に言う反逆とはそれのことじゃねえのかおい!」

ジプ「シ、シーったら!もう一人のバクの記憶は」

闇バク「口が裂けても言えないね」

ジー「もう一人のバクはケツァル様にもジプ様にも絶対の忠誠を示している、反逆などではない。」

マハ「言わないことでケツァル様への忠誠もジプ様への忠誠も、矛盾なく表現できているという訳ですね」

闇バク「そういうことだ」

アルス「そうです」「ケツァル様はバク様の心のことをこう言っておられました」

闇バク「ほう…長一家とケツァル王の会話の様子は遠めに見ていたが…ぜひとも聞きたいね」
===
ケツァル「彼の心は少し変わっていてな。二重人格と言えばわかりやすいが、病的なものではない。いや。ほんとは心に病気などないのだ」
===
アルス「その言葉に私たちは救われた思いがしました」

マリベル「リヤが言った通り、私たちは日常の中で快活な海の民を演じていた。ほんとの心は生乾きの布のようだったのに」

闇バク「やめろ!なんてことを言うのだ!お前たちだって子供の頃は劇と人生の区別をつけずに幸せに暮らしていたのだろう!お前たちは純真でも無垢だったのでもない!堂々と信じていたのだ!信じる力を使わないほうが正しいと思われていた時代の方が間違っていたのだ!!」

アルス「そうですとも!ケツァル様もそうおっしゃった!」

闇バク「何…?」
===
ケツァル「彼の表と裏の心、どちらの心も本物だ」

アルス「表と裏の両方が本物…」

ケツァル「暗い方が本当の自分だと人は信じてしまう物なのだ」

マリベル「じゃあ彼のように両方を自分であると認めるにはどうしたらいいのです?」

ケツァル「今までの信じ方が間違っていたと認めることだ」

アルス「ただしい信じ方の物語を教えてください!ケツァル様!」

リヤ「…」

ケツァル「正しい信じ方の物語、か。それは、海の民が紡ぐ物語じゃ」

アルス「なんですって…!?」

マリベル「私たちの紡ぐ物語…?」
===
闇バク「ふふ。ここからはもう一人の俺にも聞かせてやりたいんで下がるとするぜ」

リヤ「その必要はないよ」

闇バク「なに!?」

リヤ「バク様の心は、つながった。なんだかそれがわかるんだ」

闇バク「もう一人の俺が、部屋を出たのか!?」

リヤ「部屋?」

闇バク「あいつは記憶を失くしていたのではない、俺の声が聞こえないところをイメージしていたんだ」

リヤ「きっと今は聞こえてる」

闇バク「自由の身…」

ジプ「え?」
===
ジア「まさか、バクが神官を離脱するんじゃ…!」

ジプ「それだ、ほんとにそれを俺は心配した」
===
ジプ「じ、自由!?どういうこと!?」

闇バク「安心してくれよジプ。俺が自由になろうと王への忠誠は揺らがない。」

ジー「神官の職を去ることは無いと約束し、なぜ表と裏が生じたのか聞かせてくれ」

闇バク「いいだろう。海の民の話から脱線しはしない。」

シズ「バクの過去のことを、私たちは何も知らないと言っていい」

闇バク「俺ともう一人の俺は、かつて表も裏も持たずに生きてきた。それはどういうことかわかるか?」

ジプ「裏が無いなら表も無い」

闇バク「ふふ、ジプよ。もっと簡単な事だ。単に一つだったということ」

マハ「それは今の我々の心の状態のように?」

闇バク「いや、時間軸で言うとお前がこう言った時のような状態だ。」

バク「王に怪我を負わせてでもパナに来るんじゃなかった!」

ジプ「ははは、似てる!」

マハ「ジ、ジプ様…!」

シー「おい、今マハの真似をしたのって」

シズ「もう一人のバクなの?」

闇バク「俺ともう一人の俺は等しい発言権を得たわけだ」

ジプ「等しい発言権!なんだそれは!?」

闇バク「それは、自由のことだ、ジプ」

ジプ「二つの心が等しい発言権を得ることが自由なのか!」

闇バク「俺にとっては、だ。自由の定義も多様化するだろうな、ジーよ」

ジー「つまるところかつてのバクは心の中で革命を起こそうとした少年だったわけじゃな?」

ジプ「心の中の革命!なんだそれは!」

バク「僕は小さいころ、空想するのが好きだった」

シー「物語をか?」

バク「ううん、僕が空想していたのは、宇宙だ」

闇バク「上限無く広がる星の海、様々な可能性…」

バク「僕は、人の争いを無くすためには信じることを意識化する必要があると気づいた」

闇バク「だから、教えられて信じていたことをすべて疑った。だが、革命を起こすことには失敗した」

===
ジア「我疑う故に我あり…バクの答えはそれとは違ったみたいだね」

ジプ「うん…バクは自分の失敗の原因を語り始めた」
===
バク「なぜ失敗したのか?わからなかった」

闇バク「俺は心の病気と認定された」

バク「もちろんお医者様のくれた定義を信じるか信じないか、そんなことは自由だった」

闇バク「俺はあわれな分裂病患者として扱われたが、そこには悪くない日々があった、福祉の仕事につく者は、二つの心を持っていた。しかし誰も等しい発言権を得てはいなかった。意識的に心の病気の演技をしてる俺を、隔離施設の職員たちは本気で助けようとしていた。立場の無い人間に居場所を作る仕事」

バク「彼らが救いたいのは自分のもう一つの心だった」

闇バク「彼ら職員は、自分のもうひとつの心の居場所を作ろうとしていたんだ。言わば、彼らのもう一つの心は革命を願っていた。そして隔離施設の患者たちはみな心の革命に失敗した者たち。」

一同「…」

闇バク「心にレベルなどない、願うにとどまる経験をした人と、実行するに至る経験をした人。どちらが偉いということも無かった。ただ両者が歩み寄っていた。職員は患者にもできる仕事を探し、患者はその仕事をこなし、少しばかりの賃金を得ていた。」

バク「そういえばこんなことがあったな」

闇バク「ああ、患者の一人が職員に向かって尋ねた」

===
患者「俺らはなんだ?奴隷か?」
===
闇バク「おや?っと思い俺は職員がなんて答えるのか注目した」
===
職員「仲間です」
===
ジプ「それは、ホントにそうだったんだね」

闇バク「そうさ、同じ夢を見る仲間だった」

ジプ「バクが夢見たのはどんな世界?」

闇バク「今、ここにいる世界」

ジプ「叶ったのか」

闇バク「他者の手で、叶えられた、かな。」

マハ(わかってきたぞ)

シズ(もう一人のバクが、ケツァル様やジプ様に絶対の忠誠を誓っている理由が!)

闇バク「効能をうたわれてるだけの薬を飲む毎日、飲むことは常識、患者は心の病気という設定だからな、だが俺から見れば精神医学こそ呪術だった」

バク「週に一回お医者様と話をした、その時間も嫌いじゃなかった」

闇バク「精神科に勤める医者と看護師も二つの心を持っていた。彼らの方は患者に対して権威であるという立場に立つことで心の均衡を保っていた。心の革命を願ってはいるが、それを呪術で鎮める仕事をしている」

ジプ「医者と話すことが嫌いじゃなかったのはどうして?」

闇バク「それを聞いてくれるのかジプよ。ああ、楽しかったぜ、彼らと話すのは。精神科医の心の底には魍魎がいた」

ジプ「魍魎!?なんだそれは!?」

マハ「いるのにいないことになる存在か」

闇バク「まあそんなところだ。」

ジプ「いるのにいないことになる…精神科医のもうひとつの心はどうなってるの?」

闇バク「革命に近いことが頭の中で偶発的に起きたのだろう。それを知識と哲学、そして思想で封印したのが彼らだ。彼らは自由を心の一番下に封印した」

ジプ「封印された自由が、魍魎になったと言うの?」

闇バク「そうだ、精神科には定年退職が無いところがある、場所によっちゃ死ぬまで働くわけだ。なぜだと思う?」

ジプ「もしかして…封印が解けないように?」

闇バク「正解だ、ジプよ」

マハ「精神科医の診察という行為は封印が解けないようにする儀式であるというのか」

闇バク「俺はそう考えている。いわば精神科は、神の門だ」

ジプ「神の門!?なんだそれは!?」

闇バク「心の革命を起こしたものは信じるという行為が能動的なものになる。前は、「信じられない」と言ったりしただろう?根拠があるから信じれる、と言うようにな。つまり信じるという行為は根拠をトリガーにした受動的な装置だったわけだ」

マハ「行為が、装置だった」

闇バク「そう、パーツとパーツが作用しあって発火するのが装置だ」

ジプ「心の革命は信じるという行為の様相を変えた?」

闇バク「そうとも言える。実際はトリガーを外部要因の根拠から、内部要因である意志にシフトさせただけに過ぎない」

ジプ「すごいな…信じるってそんな複雑な作用だったんだ」

闇バク「理解できたかな?リヤ君」

リヤ「バク様の起こした心の革命は、どんなだったの?」

闇バク「チ…」
===
ジプ「煙に巻いたつもりだったんだろう。バクは照れたように舌打ちをした」

ジア「話してくれた?」

ジプ「うん!」
===
ジプ「いよいよ本題だね!」

闇バク「いや、これは本題ではない。俺の話は栞に過ぎない」

アルス「私たちに橋をかけているのですね」

闇バク「そういうことだ」

ジプ「ならば!チャプター2はいよいよクライマックス!」

闇バク「よせよジプw…いいだろう。話してやる。俺が心の中で企てたのは、凡庸な革命だった」

ジプ「さっき精神科は神の門だっていったけど、つまり神の門をたたく人たちにとってはポピュラーな方法だったってこと?」

闇バク「お手上げだ、何もかも明け透け話すよ。拍手をしてくれ」

一同「ぱちぱちぱち」

闇バク「少年バクの小さな革命の物語、一人芝居のはじまりだ…」
===
ジプ「バクは天を仰ぎ見ながらそう言った」

ジア「つづきつづき!」
===
闇バク「なにかがおかしい。なぜみんな性をタブー視するのだ?」「革命を志したきっかけは、小さな疑問だった。思春期を迎え、少年の俺は裸という人間だけが持つ状態に並々ならぬ関心を持っていた。特に、少年の裸に。」
===
ジプ「バクはリヤのことは見ずに俺だけを見た」

ジア「14歳くらいが好きだったんだね、昔のバク」

ジプ「俺のことも範疇なのかな?って思ったけど、思案がどう変遷していくのか、そっちの方が興味的だった」
===
闇バク「子供の性が特にタブー視されている。理屈はわかる、子供には大人ほど状況を判断する力が無い、判断材料となるのは、経験によって培われる知識…そう、性に関する知識だけが必要ならば子供であれど情報を与え教育を済ませればもう性行為をしたっていいことになるが人の心はそうは思わない、つまり乾いた情報で性の教育は完了しないと考えられているということだ。」「俺は少年の裸が見たい、どうすればいい?この性に対するタブーを書き換えない限り、それは叶わない。タブー…禁忌。人は性を恐れているのか?なぜだ?性の神はエロス、エロスを恐れるのはなぜだ?」

バク「簡単だよ」

一同「!」

闇バク「心のなかで俺のものだが俺のじゃない声が聞こえた」

バク「性の神エロスとつがいになる神がいる。その神のことをみんな恐れているんだ」

闇バク「なんだこの声は…いやそんなことはどうでもいい、教えてくれ。性の神のつがいになる神は誰なんだ?」

バク「死の神、タナトスさ」

闇バク「タナトス!!性と言う概念は死の概念と表裏をなしているというのか!!」

バク「子供は希望。誰も子供の死は望まない。だから子供の性は禁忌となる」

闇バク「そんな簡単な話なのか!?だったらエロスとタナトスを引き離してしまえばいいじゃないか!!」

一同「あ…」

闇バク「そうだ。俺の心の革命は、既存の概念を、再構築することだった。性と死の神が仲良く人々の心の中で暮らしてたわけだ。現実世界の情報を感受していく中で心の中には概念と概念の物語が生まれる。その概念に神という役職与えたのが神話だ」

ジプ「なるほど…」

闇バク「俺は、現実世界の中で見知らぬ人間と文通をすることにした。仮想敵を設定したわけだ。一人一人が現実の情報を感受して自動的に出来上がる物語を真実だと信じている。俺は少年の裸を見たいという欲求を持っていた、その欲求が生まれた理由は偶発的なものだ。大多数の人々が共有している概念同士の神話、物語。俺の中に出来上がっていた物語には、エロスとタナトスの間に自分と言う記号が存在していたからだ」
===
ジア「バクにとっては概念としての父と死がイコールで、母と性がイコールだったってこと?」

ジプ「ゆえに死と性の間にはそれを引き離そうとする14歳のバク、すなわち少年と言う記号が存在することになった」

ジア「そんな…バクが抱いてた少年愛の欲求は…」

ジプ「辻褄を合わせるための欲求だったということ…」

ジア「バクにとってはそれが性欲なんだよね!?」

ジプ「ああ。そしてそれは大多数の人間が持つ子供=希望の物語と衝突した」

ジア「残酷すぎる…自分が異常者だってバクは!」

ジプ「そうだバクは…」
===
ジプ「お前は、そこで信じるという行為の構造をばらしたのか…」

闇バク「そうだとも、簡単だ。」

ジプ「簡単なもんか!今の世界で信じる行為が意識化され、能動的になったのは物語の力だ!!バク…!君はそれをたった一人で練り上げた!!!そういうことだろう!?」

闇バク「つまるところそうだ…」

ジプ「見渡す限り星の海…様々な可能性…その宇宙で何が起こってしまったんだ、バク!」

闇バク「俺は、ただ願った。」

ジプ「ここで俺が裸になったってかまわないぜ!?」

闇バク「ふふ、今の俺には少年愛の欲求が無いのだ。ただ、あの時の俺にとっては物語を破綻させないためにどうしても必要なものだった…もう一度聞いてくれ、ジプ」

ジプ「見渡す限り星の海!様々な可能性!お前の宇宙で何が起きた!?」

闇バク「俺の心の輪郭は…どこまでも広がっていった…星の声を聞いた。だがそれは人のキャパシティを超えた波形だった…だから俺の脳はその声を偉人の声だと解釈した…偉大なる物理学者、偉大なる画家、偉大なる歌手…」

ジプ「彼らと何を話したの?」

闇バク「みんな、口々にこう言った。お前のおかげで自由になれたと。みんな…偉人たちはもう一つの心を持っていた…誰かに観測されて初めてそれは実在となる…たくさんの偉人たちが世界で初めての観測者である俺を英雄だと言った…みんな自由を求めて、偉業を成した…それなのに心の観測者がいなかった。観測者を待つその魂は物理学者の持っていた宇宙観を礎にしてさまよっていた。偉人たちは口々に言った。君の怒りが必要だ。君の怒りが必要だ。君の怒りを世界中の心の中に響き渡らせる…偉人たちはそう言った。願っても無いことだ。ふふ。少年の裸が見られないことには少なからず腹を立てていたからな」
===
ジア「その怒りの咆哮が、バクの心の革命という訳だね」
===
闇バク「俺は叫んだ、なにをか。俺の中にある物語をだ、人は自らの中に組みあがった物語の構造を知りもせずに信じている!そして差別をしてきた!物語の崩壊を予期した時に他者を存在してはいけないものと定義した!子供だってそうだ、何が子供は希望、だ、子供同士がいじめあってしまいには自殺に追い込んだりしただろう!全部概念の物語のほころびに気づかされるものに対してだったんだよ!もう一度言おう!何が子供は希望、だ!お前らの希望は幻だ!それを俺は明け透けにしたいんだよ!!だから俺は少年の裸が見たいんだ!!貧弱な希望など捨てろ!!少年愛の向こうに希望があるんだ!それがわからぬようならば、我々の勝利だ。怒りを叫び終えた俺は目を覚ました。俺はいつのまにか眠っていて。夢の中で怒りを叫んでいただけだった」

ジプ「聞いたよ、確かに聞いた。君の孤独な革命の演説は時を超えて僕の心に届いた」

闇バク「その日、地震があった」

ジプ「君の怒りを偉人たちが世界中に響き渡らせたんだ、地震くらい起きても不思議じゃないよ」

闇バク「起こった場所は文通してる相手の住んでる場所だった」

ジプ「仮想敵だと思ってやり取りしてたんだよね」

闇バク「そうだ物語が現実とリンクしてるのを感じた」

ジプ「その感じ、わかるよ」

闇バク「だから本当に世界の王になろうと思った」
===
闇バク「偉人たちよ、俺が、精神世界の王になってやる」
===
闇バク「その時俺は誰かに抱き着かれた」

ジプ「誰に?」

闇バク「小さな男の子に。その子は俺を慕った。なぜそんな子供が現れたと思う?」

ジプ「なぜ…わからない。でもその子は君の精神を媒体にしたもう一人のバクなんだよね?」

闇バク「そうだ…」

マハ「そうか!観測者!」

闇バク「そう、観測されることで存在は実在と化す!精神世界で俺が偉人たちを救ったストーリーの観測者が必要だった」

ジプ「バク…君さえよければ、いつかそれを劇にしよう」

闇バク「ごめんだね」

ジプ「なぜ?」

闇バク「俺の革命は失敗した革命だったからさ。俺はその後精神科に担ぎ込まれ、隔離施設で暮らし、もう一人の俺を普段の人格に設定して、悪くない暮らしをしていた。だけどある時、施設にやってきた劇団が本物の革命を教えてくれた」

ジプ「本物の革命」

闇バク「ケツァル王作、ジェイとパナの物語。コアトル王作、エニグマとカルマズ。ケツァル王とコアトル王の共作、男の后…豪華三本立てだった」

ジプ「君がこの国の物語に忠誠を誓う理由が分かったよ…」

闇バク「施設の職員たちにされたことを、あんたにしてるだけさ。ジプ様」

ジプ「え?」

闇バク「あの人たちは本当に俺の居場所を作ってくれていた、だからそれをするために俺は神官になった。極秘演目、神官バクの秘密、完!」

一同「ぱちぱちぱちぱち!!!」

ジプ(王子である俺の居場所?)
===
ジア「そうか…ケツァル王はジプと神官の物語が必要だと考えて王冠探しを思いついたのか」

ジプ「そういうことらしい、そして」

ジア「そして!」

ジプ「ふっ、バクの話をじっと聞いてたのは神官と俺だけじゃなかった」

ジア「海の民の長一家!」

ジプ「バクは自分の話を栞だと言った、まったく大層な栞だ」
===
バク「橋は架かった、渡ってくれるかい、アルス、マリベル、リヤ?」

アルス「はい!」

マリベル「ええっと、どこまで話しましたか」

リヤ「海の民の心を母さんが湿った布に例えたらバクの話が始まったんだよ!」

闇バク「たしかそうだったな」

ジプ「僕とバクが鍵を探しに海の民の村へ行ったところから、もう一度」

===
ジプ「こんにちは、海の民の長さん」

アルス「これはこれは…ジプ王子様、まさか献上した魚に不備がありましたかな?」

ジプ「はは、魚に不備なんてないよ、そちらこそ、海の民に憂いは無いかな?」

アルス「ははは、海の民が憂いを持ったら、船が沈んでしまいます」

バク「ははは」

ジプ「海の民はほんとに愉快な人たちだね」

バク「海の民の長、王子をお連れしたのは、ここに鍵のことを知ってる子供がいると聞いたからなのです」

アルス「鍵、ですか?」

マリベル「…」

ジプ「そう!王冠探しをしてるんだ!宝箱は見つかったけど、鍵がかかってるんだ」

アルス「こじ開けてしまえばよいでしょう?」

ジプ「それじゃあ意味が無いよ!」

マリベル「それで鍵のことを知ってる者とは誰です?」

ジプ「うーん長夫婦が知らないということは…やっぱり嘘だったのかな」

リヤ「嘘じゃないよ!」

アルス「リヤ、お前、知ってるのか?」

マリベル「知ってるなら言いなさい!」

リヤ「あ…」

回想
ケツァル「もし、海の民の生活が安泰ならこの鍵の存在を忘れたふりをするのだ」
回想

リヤ「やっぱり、知らない」

アルス「リヤ!こら!」

マリベル「王子に隠し事をする気なの!?」

アルス「だってだって!嘘じゃないけど言っちゃダメなんだ~~~~!!!」

ジプ「ごめんごめん!」

バク「ジプ様、長居しても無駄なようです」

アルス「なってない息子ですみません…」

マリベル「お恥ずかしいですわ」

リヤ「そんな~」

バク「ジプ様、戻りましょう」

ジプ「なんか分かったら教えてね」

アルス「はっ王子」

マリベル「お見送りさせてください」

ジプ「ありがとう」

すれ違いざまに闇バク「憂いが無いならそれでいい…」

アルス「はっ…」
===
ジー「ほっほ、とんだ役回りでしたなあ」

リヤ「でもそのあと、家の中に入って父さんと母さんは誰にも見せないような顔でやさしくしてくれたんだ」

ジプ「よかった…」

シー「憂いが無いから忘れたふりをしてたんだろ?なんでこんな日の浅いうちに鍵を届けに来たんだ?鍵をよ」

アルス「リヤが寝た後二人で話し合いました」

マリベル「ほんとは私たち憂いてるのではないかって」

ジプ「家の中でリヤに見せた素顔」

アルス「そうです、あの時リヤに抱いた感情を忘れられないのです!」

マリベル「素顔の自分で息子を愛する私たちになりたいのです!」

リヤ「…」

闇バク「そうだ、お前たちは憂いている、王子と取引をするべきだ。ケツァル様の言った通りにな」

アルス「王子と取引をする」

マリベル「それが一番問題でした」

リヤ「どうして?」

アルス「わたしたちは素顔で何を望めばいいのかわからないのだ…!」

リヤ「父さん…」

ジプ「そんなの簡単だよ!」

マリベル「鍵を差し出す代わりに、何をジプ様に望めばいいのですか?」

ジプ「海の民の物語だ!!」

闇バク「それでこそ王子…!!」

アルス「私たちの物語…?」

ジプ「海の民が僕に望んでいるのは、海の民の物語だ!」

アルス「ジプ王子が、紡いでくれるのですか?」

ジプ「うーん、でもそれだと僕が見る楽しみが無くなるなあ…マハ、何かいい考えはない?」

マハ「私にお任せください」

ジプ「おっどうするの!?」

マハ「この者たちに黒魔導をしかけます…」

ジプ「黒魔導…?」

アルス「な、なんですそれは!!」

マリベル「おやめください、マハ様!」

リヤ「…」

===
ジプ「マハはいつも持っていた杖を3人に向けた」

ジア「ええ!魔法なんてある訳ないよ!」

ジプ「聞くのやめるか?」

ジア「やめないやめない~~!」

ジプ「ははっ」
===
マハ「お前たちから憂いを消し去ってやろう」

アルス「な、なんですと!?」

マリベル「憂いこそ私たちの素顔かもしれないのに!」

リヤ「や、やめて!」

マハ「ブツブツブツブツブツ」

アルス「うわああああああああああああああ」

マリベル「いやああああああああああ」

リヤ「わーーーーーーーーーーーー!!!」

ジプ「…マ、マハ?」

神官たち「くす」

アルス「…」

マリベル「…」

リヤ「…」

マハ「目を開けろ」

アルス「な、なにが起こったのです!?」

マリベル「わたしたちは、どうなってしまったのです!?」

リヤ「やだやだ消えちゃうのやだ――――!」

アルス「リヤ!父さんはここだ!!」

マリベル「リヤ、母さんもいるわ!!」

リヤ「えーんえーん!」

ジプ「マハ…!一体…いったい黒魔導とは何だ!この者たちの心はどうなってしまったのだ!!」

アルス「心…?」

マリベル「アルス!」

アルス「マリベル!」

アルス・マリベル「リヤ!!」

リヤ「ぐすん、生きてるの?僕たち…」

アルス「生きてるとも!」

マリベル「ああよかった!」

マハ「王子のお目にかけるのはこれが初めてでしたねえ…」

ジプ「マハ…!お前…どうしてしまったんだ、教えろ…黒魔導とは何だ!」

マハ「王子に隠し事などいたしませぬ…」

神官たち「ふふふ」

ジプ「何を笑っている!?お前たちは黒魔導のことを知っていたのか!?」

ジー「えーえ。知っていましたとも、王子」

シー「くっくっく!」

シズ「シー、笑っちゃだめよ」

ジプ「…!バク!お前は!?」

バク「黒魔導はマハの秘儀、これまで何度もマハは要所で黒魔導を使っていたのです」

ジプ「なんだと…!!」

マハ「ジプ様、私を信じてご清聴願いたい…」

ジプ「…いいだろう。お前を信じる」

マハがやさしい目をした

ジプの緊張はほぐれなかった

マハ「心の憂いの正体、それは劇と現実を識別する目だ!」

アルス「劇と現実を識別する目…」

マリベル「その目を消し去ったのですか!?」

リヤ「…」

マハ「目を消し去ることなどできぬ…お前たちから消し去ったのは劇と現実の境界線…!」

アルス「私たちは、もう劇と現実を区別することが無いのですか!?」

マリベル「!」

マハ「お前たち次第と言える」

アルス「もう一つの心を宿してまで、自らを肯定し続けたバク様のように!私たちは自分で自分を肯定できるのですか!!」

マリベル「ああ!一人で革命を成し遂げたバク様のように!」

バクが頭を掻いた

マハ「できぬわけがないだろう?信じることに根拠が必要だった時代は終わっているのだからな、信じるも信じないもお前たちの胸先三寸」

アルス「む、胸先三寸…!」

マリベル「それっぽっちの勇気を持てずにいたというの!?私たちは!!」

マハ「海の民アルスよ、そなたは仮面をかぶってきたつもりかもしれぬが」

アルス「は、は!」

マハ「いくつもの荒波を超えてきた記憶、そこに住まうのは仮面の自分か?」

アルス「違います!まぎれもなく私の記憶です!」

マハ「では海の民マリベルよ」

マリベル「はい!」

アルス「晴れ渡った船出を見送った朝、大しけの夕闇の中に夫の船を見つけた記憶、そこに住まうのは仮面のマリベルか?」

マリベル「いいえ!私です!」

マハ「最後に問う、アルスとマリベルの子、リヤ」

リヤ「はい!」

マハ「お前は幼くして村の大人たちの、真実を知ってしまった…そうだな?」

リヤ「は、はい…!」

マハ「リヤの心の傷は、簡単には癒えぬ」

アルス「そ、そんな…!」

マリベル「どうすればいいのです!?教えてください!」

マハ「マリベルよ、お前はこれからたくさんのことを考えることになるが」

マリベル「かまいません」

リヤ「母さん…!」

マハ「アルス、お前は長の立場を投げ出しても息子のために生きれるか?」

アルス「リヤのためなら!村など…村など…」

マハ「そうだ、お前は自らの子であるリヤと、海の民の子ら全員の、平安を背負っている、そんなことは百も承知だな?」

アルス「はい!」

マハ「誰かの父を亡き者にしてしまうことを、お前は憂いていた」

アルス「はい…!」

マハ「マリベル、そなたの憂いは愛する息子がいつの日か海に出るということ」

マリベル「はい…!」

マハ「海の民には二つの文化が生まれる。リヤ、お前の父と母が演じていたのは仮面ではなく、文化だ」

リヤ「文化…」

マハ「アルス、顔を上げてください」

アルス「はい!」

マハ「どんなに魚の捕れない時にも焦って海に出てはいけません、しかし、魚を捕るのが海の民の仕事」

アルス「そのために私は…私は…」

マハ「海に出るべきじゃない日はリヤと浅瀬で見えない魚を釣るのです」

アルス「見えない魚?」

マハ「あなたにはもうできるはずです」

アルス「!空想の魚…!」

マハ「マリベル、顔を上げてください」

マリベル「はい!」

マハ「あなたには物語を書いてもらいます」

マリベル「私が、物語を紡ぐ!」

マハ「愛する息子、リヤが勇者となる物語です。物語の制約は主人公が勇者になる日が来ること、できますか?」

マリベル「やってみせます!」

マハ「この国の劇作家たちとその物語を劇にしてもらいます、海の民の勇者の物語、村人たちはこの宮殿を訪れその劇の中に自分を見つけます」

マリベル「はい!」

マハ「訪れる際は父と子の釣りあげた幻の魚を手土産にしてください」

アルス「おお!」

ジプ「…これが、黒魔導…」

マハ「信じてくださってありがとうございます。ジプ様」

===
ジア「すげ~~!」

ジプ「ああ!マハは人の心に眠る物語を黒魔導で導き出すんだ!」

ジア「海の民が受け入れたってことは、その素養を持ち合わせてたってことだよね」

ジプ「そういうことだ」
===
ジプ「アルス!マリベル!リヤ!喜べ!海の民の心に眠っていた文化がみつかったんだ!」

アルス「ジプ様…!ほんとに物語がお好きなのですね」

ジプ「あたりまえだろう!お前たちの釣りあげる幻の魚と、海の民の勇者の物語!どちらも楽しみにしているぞ!!」

アルスマリベルリヤ「はい!」

闇バク「取引は成立したわけだ」

アルス「!」

ジプ「まいったな、鍵に、魚に、物語。もらってばかりだ」

闇バク「その際には村に新たな名をつけることをケツァル様は提案なさっていた」

ジプ「ケツァルコアトルも劇の中で名前がついた!」

ジー「ケツァル様が考えられた名を聞いたのかバク!」

闇バク「ああ…」
===
闇バク「ほう?海の民の村は何という村になるのです?」

ケツァル「海の民の村、ドラクエじゃ」
===
アルス「ドラクエ!」

マリベル「仮面の歴史を持った悲しき村、ドラクエ!」

ジプ「そうだ!」

シズ「何か思いついたのですか?」

ジプ「村が名前を変えるには村人たちが納得する理由が無くてはならない!」

アルス「確かに…今日の話だけでみな満足するとは思いますが…」

ジプ「この鍵で、ドラクエの民に宝箱を開けてもらおう!そして中の王冠をドラクエ誕生の記念に村へ贈るのだ!」

マハ「し、しかし!」

ジプ「大丈夫!この王冠探しで重要なのは、宝箱の座標!そして、鍵と文化の取引が成立するまでの物語!中身を取っておくことに意味は無いんだ!」

闇バク「たしかに…」

シー「そうなのか」

闇バク「はっ」

ジプ「正解みたいだwバクは残りの鍵のありかを死んでも吐かない!この王冠探しは鍵が託された場所の文化を見つける物語だ!」
===
ジプ「奇しくも一つ目の宝箱は海の民の村の鍵で開いた」

ジア「偽物の王冠はドラクエ村で本物の王冠になる訳だね」

ジプ「偽物だったのは、付随する文化がまだなかったから、文化で物が本物になるってことさ」

ジア「劇はどんなものだったの?」

ジプ「それもこれから聞かせるぜ?ジア!」

ジア「うん!」
===
シズ「ドラクエからの手紙が届きました!」

ジプ「劇が完成したんだ!」
===
ジプ「まず、舞台装置が運び込まれ、村で劇の練習をしてた海の民、名のある劇作家、そして音楽家たちの列がケツァルコアトルに向かった。列の最後には何も載っていない大きな板を肩に背負っている人たち…」

ジア「幻の魚は大きかったんだ!」

===

ジプ「海の民の村ドラクエのみなさま!よく来てくれました!」

アルス「ジプ王子!お約束の魚をお持ちしました」

村人「せーの…!」

ジプ「これは…ずいぶんでかいな…!誰が釣り上げたのだ!?」
===
ジプ「俺があたかもその魚が見えてるように言ったら、緊張した面持ちだった演者たちが安心し、自信を持ったようだった」

ジア「父と子が幻の魚を釣る風習を王子が認めてくれたってことだもんね!」

ジプ「ああ!それも文化って訳だ!」
===
少年「俺です!」

ジプ「おお!君の名は?」

少年「トラと言います!」

ジプ「お父様と釣り上げたのかい?」

トラ「はい!」

ジプ「今は劇のことで頭がいっぱいだろう!宴の席でゆっくり聞かせてくれ!トラ!」

トラ「はい!ジプ王子!」

===
ジプ「彼らの士気が一気に高まったのを感じた」

ジア「すごい劇になりそう!」

つづく