マガジンのカバー画像

岡部えつ|エッセイ|Essay

29
不定期ですが、週に1本を目指しています。
運営しているクリエイター

2020年2月の記事一覧

ピアノのこと

わたしがピアノを習い始めたのは、4歳のときである。 望んで習ったのではない。神戸から父の実家がある前橋に引っ越してきた丁度その頃、父の妹である叔母が、ピアノ教室を開いたのだ。 それでも父には、わたしにベートーベンの『エリーゼのために』を弾かせたい、という夢があったらしい。4年生か5年生でそれを暗譜したとき、感慨深げにそう言われた覚えがある。 一度暗譜した曲は、なかなか体から抜けていくものではない。わたしは『エリーゼのために』を、ずいぶん大人になるまで空で弾くことができた。

お弔い

父方の従妹が死んだ。死因は心不全ということだが、長年の持病の服薬と、少なくはなかったという飲酒習慣が祟ったのではないかと思う。 理学修士の学位を持つ才女で、最後まで子供に数学を教えていた。 年下が亡くなると心がざわついて落ち着かないものだが、親戚となるとさらに色々と考えてしまう。何しろ、彼女が生まれたときのことを知っている。子守りもした。よちよち歩きで宵の窓際に立ち、小さな指を天に向けて「のんのんさま!」と呼びかけた唇の、端に溜まったよだれのきらめきまで覚えている。 父方の