女殺油地獄

昨年の6月に幸四郎さんと猿之助さんで「女殺油地獄」を松竹座で上演した。同じ演目を以前にも観ている。二人とも襲名する前の染五郎と亀治郎の頃。平成23年2月、ルテアトル銀座である。正直に言って大阪生まれ、大阪育ちの私にとって与兵衛は片岡仁左衛門さん以外に考えられ無かった。

平成21年2009年の6月大歌舞伎で仁左衛門さんの一世一代で観た「女殺油地獄」は愛らしさを覚えるほどの愛嬌もある無鉄砲なぼんぼんが継父や妹に言いたい放題。遊郭で遊び莫大な借金を作る。とうとう母親から家を追い出されてしまう。同じ油屋仲間の女房お吉さんにお金を借りに行く。お吉の年齢設定は27才で二人の子持ち。与兵衛はお吉に好意を抱いてると見せかけて金を無心するがはねつけられお吉を殺してしまう、上方歌舞伎の名作中の名作。

幸四郎、猿之助コンビは仁左衛門与平衛、お吉と全く異なる油地獄を体現して魅せた。
猿之助さんお吉の油の中で転がり殺される場面の激しさは少なく、出番も最初と最後だ。
最初の出でお吉の母親としての考え方、妻としての生き方、いわばお吉の人間像をきっちりと描いて見せた。こんなお吉を観るのは初めてと言うくらい良き妻で子を愛する母である。幸四郎与平衛には近所の姉さんの様に小言を言う。与平衛にラブな感情等一切無い硬い女房だ。それが大詰めで活きる。河内屋夫婦に涙ながらに道楽息子の為に作ったお金を託されたお吉。その父母の深い愛情を店の外で立ち聞きした与平衛。両親が帰った後、お吉が一人で店番をしているところへ入っていく。世間話から金の無心へと与平衛はお吉の膝に手を置いて口説くが猿之助お吉は序段でその性根をしっかりと見せているので与平衛の態度に気持を硬化させる。それが幸四郎与平衛を殺人者に追い詰めていく。

与平衛とお吉が対等に心のやりとりを明確な芝居として観せるのだ。油地獄の派手で外連味のある凄惨な美学は仁左衛門与平衛に比べるべくも無いが、人間同士の心のボタンの掛け違えが悲劇を生む。新しい「女殺油地獄」を観た思いがした。猿之助さんが完治してない左腕でお吉をすると聞いた時は不安しか無かった。油でころがりながら殺される。殺される直前に「助けてください。私には私を待ってる子供がいる…」幸四郎与平衛は「お前を待ってる子がいるようにわしにもわしを愛しいと思ってくれる親がいる」(超意訳)と親の愛情の深さを知り人生をやり直したいと願う与平衛が選んだ手段は、借金を清算するために金を強奪する方法。一からやり直す方法を選ばず破滅への道を選ぶ。近松ならではの地獄に落ちるバカ息子の悲しい人間の性が浮かび上がる。
二人の台詞のやりとりは急がずねっとりと交わされるのだ。お吉の哀れ、悲しさは深まり、善悪を考えられ無くなった与平衛は追い詰められて一気に地獄へ落ちる。
上方言葉は出来なくとも、言葉の壁を超えた演劇性が二人の女殺にはあった。これからもこの芝居を二人が演じてくれるなら、「女殺油地獄」は歌舞伎として継承される。エンスタ(猿之助Instagram)に大怪我コンビはどちらかが死ぬまで続くとコメントしている。三月の『弁天娘女男白浪』はボーイズラブ的な猿之助弁天ちゃんと幸四郎南郷だったが、幸四郎さんの立役で猿之助さんの女方は本当に一生続いて欲しいものだ。
おもだかの長である以上猿之助さんは幸四郎さんといつも一緒という訳にも行かないだろう。幸四郎さんも高麗屋を支えていかなければならない立場だ。御襲名興行以外でも楽しい座組が実現して欲しい。東コースの巡業も楽しみ。


「女殺油地獄」の感想が中々書けなかった。今もちゃんと整理出来てる訳では無い。感動しすぎると少ない語彙がまた減ってしまう。
歌舞伎俳優の成長はとどまるところを知らないから生きてる限り見続けなければ

そういえばオフシアター歌舞伎でも「女殺油地獄」を上演するとか。観劇は叶わないが新しい歌舞伎が誕生するのだろう。
#kabuki #歌舞伎 #女殺油地獄 #市川猿之助

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