禍話「もうどうでもよくなった家」

よく私が話すじゃないですか、嘘が本当になっちゃうよって。
あまり尤もらしく作るとね。

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普通の一軒家の、何のいわれもないハウススタジオがあった。普段はAVの撮影等で使われているらしい。そこで雑誌の企画だったか、深夜番組だったかで、ローカルアイドルの撮影があった。アイドルとはいっても活動内容や規模からして、相当マイナーな部類の、だ。

そのハウススタジオを企画上、勝手に心霊スポットだということにして、アイドルの撮影をするという内容だった。

その家に住んでいた家族の、長女のストーカーが雨の日に一家皆殺しをした、という設定にした。本来ならそれくらいざっくりした設定で十分なのだが、スタッフが凝り性だったのか、誰がどこで殺された等の詳細な設定まで作った。

まずは、先にADが泊まってみたら、ゴトンと物音がして怯えています、では○ちゃん撮影をお願いします、という流れにするための映像を先に撮影しておくことになった。その撮影のため、ADが二階の勉強部屋で少しの間寝ることになった。

霊能者も呼んだ。役者を呼ぶ話もあったが、スタッフの知り合いの本物の霊能者が来てくれた。ヤラセ番組でもいいよというビジネスライクな人だった。

ここは危ないですねという台詞を家の外にいる霊能者に言ってもらう場面の撮影に入るところだった。霊能者が家の中をじっと見ながら、

「あのADさん、二階で一人で寝るわけ?」

とスタッフに話しかけた。

「いや大丈夫ですよ。ここただのハウススタジオだし、昨日もソフトポルノ撮ったところですよ(笑)」

「おばあさんが見えるんだよね」

「おばあさん?え、設定書だと殺された人の中におばあさんはいませんよ」

「だからマズいんじゃん。ADさんが寝ますーって言って玄関閉める時におばあさん見えたよ」

「…今もいます?」

「どこにいるか分からないけど、いるね。ごめん、私の経験上、どこにいるか分からなかったのは今日が初めてだからヤバいと思う」

「えっ、でも…おばあさんとか死んでないですよ」

霊能者は、うん…うん…と唸ったり頷いたりしながら、

「…おばあさんの格好してるだけで、おばあさんじゃないかも」

と言い、ダラダラと大量に汗をかいている。

「あの、ADさん戻した方がいいかも」

ディレクターもカメラマンも、あれ、これはマズいかもしれない、と思い始め、一旦ADを呼び戻すことにした。

「今どうなってる?」

とモニターを確認すると、画面が砂嵐のようにザーッと乱れている。これは本格的にマズそうだ。

二人で二階に駆け上がり、ADを呼び戻しにいくと、ここに寝ていろと指示したはずなのに誰もいない。どこだどこだと明かりをつけて家中を探すと、一階の居間でADが寝ていた。

「おい、なんで居間で寝てるんだよ、馬鹿かよ(笑)」

と小突いたが、ADは反応しない。もう少し強い刺激を、とビンタをしてみるが、起きない。昏睡状態なのか、全く目を覚まさない。そして変な鼾をかいている。

慌てて二人がかりでADを抱えて家から運び出し、外へ寝かせた。

先程まで白目を剥き、昏睡状態だったADは、溺れていた人が蘇生するかのようにゴボッとようやく息を吹き返した。そしてすぐにえずき、嘔吐をし始めた。

背中をさすり、水を飲ませるなどして介抱してADが落ち着きを取り戻すと、「大丈夫か?どうした?何があった?」と周りのスタッフが尋ねる。

「あ、ああ、ごめんなさいあの、行ってきまーす、って言って俺玄関閉めたじゃないですか。そしたら俺の左肩を誰かがポンポン、って優しく叩いたんですよ。あ、おばあちゃんが叩くみたいな感じだなと思ったら、そこから急にグワァーって眠くなっちゃって、すんごく眠くなって、でも玄関で寝るのはやばいから必死に居間まで這ってくと、『そこでゆっくりしてええんやでー』って言われてそこでバタンって倒れちゃったんですけど、おばあちゃん仕込んでないっすよね?」


「「「仕込んでない!」」」


AD以外の全員が、声を揃えて突っ込んだ。


続きは後日撮影し直すことにした。今日は一旦引き上げることにし、全員がロケ車に乗り込んだ。

霊能者は設定書を手に持ち、

「ほんとだめ、ほんっとダメ。お前らがこんなに細かく設定作るから乗ってくるやつがいるんだって!つまり…」

と言いかけたとき、ロケ車の運転手が突然「ああああ!」と叫びながらロケ車から降り、走って逃げ出してしまった。

「おいおい、どこ行くんだよー」

運転手以外のスタッフが車内でぽかんとする中、

「見えてねーのかよ!お前ら見えてねーの??おばあさん乗ってるって!お前らの丁度真ん中くらいの、そこにおばあさんいるって!!!逃げろって!!!」

と運転手が外から叫ぶ。車内のスタッフにはおばあさんも何も見えていなかったが、霊能者は

「見えてないとか一番ヤバいやんけ!」

と怒りながら車を降りていき、それに続いて残りのスタッフも慌てて車から降りた。後で聞いたが、霊能者は“そういうもの”が見えないということがそれまで一度もなかったそうだ。運転手一人だけにしか見えていないのはもう幽霊などではなく、何かもっと恐ろしいものかもしれないという。

しかし、兎にも角にも車に戻らないといけないので、ドアも開けっぱなしの車に全員で恐る恐る戻った。

「叫んで車のドア全部開けっぱなしで飛び出すとか不審者だよな」

「そういえば二軒隣の家から様子見に人が出てきてましたよ」

などと話しながらロケ車に向かう。

「先生、いいっすか、お願いしますよ〜」

とスタッフが泣きつく仕草をする。霊能者は、

「いや私には何もできないよ、見えてないんだから。で、あんたにはどういう風に見えたの」

と運転手に尋ねる。

バックミラーにおばあさんが見えて、いるじゃん、と思い車内を振り向くと肉眼でも見えた。驚いて車外へ飛び出すが、誰も出てこずぽかんとしているので、もしかして今見たらいないのかな、と思い車内を振り向くとやっぱりいた。特に怒っているわけではなくスタッフの真ん中の隙間に普通に座っていたそうだ。

それを聞いたスタッフたちはヒェ…と声にならない悲鳴を上げながらも皆でロケ車へ戻る。車のドアを開けっぱなしで飛び出して来たはずだったが、今はドアは全部閉まっている。

恐る恐る覗き込むと、車内に全然知らない人が寝ていた。

…誰?

起こして話を聞くと、ハウススタジオの二軒隣の家の住人だった。外が騒がしいのでなんだろう、と外に出てみるとドアが開けっぱなしの車が停めてある。近づいてみると、その車の座席にはおばあさんが座っており、軽く会釈をされた。会釈を返したところ急にひどい眠気に襲われ、どうぞどうぞと言われるがままに寝てしまったのだという。すみませんねぇ、と言いながらその人は帰っていった。

一連の流れにスタッフたちは呆然としていた。

「こんなことしてたらあんたら、命がいくつあっても足りないよ」

と霊能者は主張し、とうとうそのハウススタジオでの撮影は中止となった。

代わりに、適当な近くの川で、水死体が流れついたとかいないとか、という嘘の設定でアイドルの場面を撮影し、どうにかお茶を濁したらしい。

この話は業界でもすぐに広まり、そのハウススタジオへ撮影しに行ったという心霊動画スタッフも何人かいたというが、その後一切心霊ネタをやらなくなってしまったり、人間の方が怖いと嘯くようになったりと、様子がおかしくなることが続いたそうだ。

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という家が近所にあるらしい。

大学の映画研究会がそのハウススタジオの噂を聞きつけ、撮影しようということになった。パラノーマル何とかっぽいのが撮れるんじゃないの、というノリだった。

「俺ら実績ないし、例えば自主映画作っても大学祭に観に来るのは親くらいだろ。あとは来てくれって頼み込んだ演劇研究会の面々。一般人呼びたいじゃん。本物っぽいの撮れたらさ、さすがにもう少し見てくれる人いるじゃん。顔知ってるやつ以外の感想聞きたいよ。部長としてさ」

三人しかいない映画研究会。

部長と、その部長から話を聞かされたAくん、カメラ担当の女子Bさんでそのハウススタジオへ行くことになった。

「はぁ…」

AくんとBさんはあまり乗り気ではない。

「ヤラセで後から音とか入れればいいじゃないですか、マジな所で撮る必要あります?」

とAくん。

「俺はそういうところに将来就職したいからさ、名刺代わりに、ね」

部長はやる気満々だ。あー、巻き込まれたくないな、と内心Aくんは苦々しく思う。

「そこ入れるんですか?」

「ハウススタジオとしては使われてるんだよ。その話が広まってからどんどん安くなってるし、だから大学の映画研究会くらいの予算でも借りられると思うんだよ」

その行動力…と無駄にフットワークの軽い部長を恨めしく思う。

部長が段取りをしたところ、ハウススタジオは一晩あたり驚くほど格安で借りられたらしい。いよいよ、三人でそのハウススタジオへ向かった。

夏の夜だった。

「設定、細かく作っちゃダメですよね…」

「どう細かく作ったかは知らないけど、誰々がどこで殺されたとか、名前まで細かく設定したらしいからな。そりゃ何か起きちゃうんだろうなー。我々人間が本当かな、と思う瞬間に介入してくる、それが魔っていうかヤバいやつなのかもな」

「ん、そこまで分かっててなんで行くんすか」

思わず突っ込む。

「実際は話にもっと尾鰭が付いてると思うぞ。本当はおばさんを見かけただけとかさ、あとは霊能者がやたら話盛ってるとかさ」

「その霊能者にはインタビューできないんですかね?」

「霊能者はそのあと廃業したらしいよ」

だめなやつじゃん。怖いじゃん。

「ぐるっと回る感じで撮影して貰えばいいかな。雰囲気も本物のところだから。後で聞いたら音でも入ってるかもな」

ハウススタジオは埃もなく、綺麗に掃除されている。

「悪いけどBさん、二階を流しで撮ってくれよ」

「いいですけど。あとでご飯奢ってくださいよー」

そこまで信じてはいないようで、Bさんはすんなり一人で二階へ向かう。すごいなBさん、女の子なのに…。カメラとか撮影好きな人だと一人でいけるのかな?

部長はスタジオ内を散策しに行ったのか、いつの間にかいなくなっている。

「ここが倒れてた居間かー」

などと言いながら見て回る。
音もせず自分たちしかいない。二階を歩き回るBさんの足音だけは聞こえるが。

目も慣れてきたし、暗いけどぐるっと様子を見てこようか。

とはいえ、見た目はただのハウススタジオなので、あまりインパクトはない。画的にはどうなのかな…。ハウススタジオだし、音楽とか振り音源とかで頑張るしかないのかな。

部長が何かぶつぶつ言う声が聞こえてくる。

奥に風呂場がある。部長はそこにいるらしい。

「んーなるほど、長男の○○さん、ここまで這って逃げてきて殺されたのかー…這って逃げてきたけど捕まって…」

「部長、何言ってるんですか?」

「居間のほうでは…」

ぶつぶつぶつ。

「ちょっと、部長?部長!アドリブで怖がらせてるんですか?次、続けるなら殴りますよ!後頭部を!」

と言い、それでもやめないのでAくんは一発部長を殴った。ずっと無感情に呟いていた部長だが、振り向くとボロボロに泣いていた。

「どうしたんすか」

「俺こんな話聞いてないんだよ…」

「なんですかさっきぶつぶつ言ってたのは」

「知らねえよ、ここんちの苗字だって今初めて知ったよ…嘘とか本当とかじゃないのかなぁ」

「何すかそれ、疲れてるんですよ、今度の学祭どうしようとか考えすぎて!もうやめましょう、後頭部殴ったのは謝りますから」

「どうしよう、どうしよう、1時なんだよ」

「え?」

確かに、時計を見ると深夜1時だ。

「1時なんだよ、みんなが殺されたの夜中の1時なんだよ、嘘だとは聞いてるけど殺された時間に来るとかダメだよね、1時なんだよ」

部長がおかしくなってしまった。

そういえば、Bさんはずっと二階で撮影を続けている。そんなに撮るものなんて無いはずなのに、足音がずっとぐるぐると歩き回っている様子だ。彼女は大丈夫だろうか。

階段を上るには玄関まで戻る必要がある。向かうと、玄関のドアをコンコン、とノックする音がした。真っ暗なのに声がするから不審に思った人か警察でも訪ねてきたのかも、と思い、すみません、と声をかけると


「そろそろ始まりますよ」


と女性の声がした。
そろそろ始まる、とは?と思い、覗き窓から外を見るが誰もいない。ゾゾゾと背筋が寒くなった。


外に、何かが、いる…!


Bさんの歩き回る足音が止まっている。そうだ、呼びに行かねば。二階の奥の部屋にBさんはいた。片言になりながら、

「Bちゃん、戻ろう、戻ろうヤバい、オバケ出るオバケ、ここ、部長もヤバい」

と声をかける。

「Bちゃんも大丈夫?さっきからぐるぐる歩き回ってたよね?」

「嘘って話ですよね?このスタジオで人殺しがあったって。私、見たものが信じられなくて、一周したら無くなってるかなと思って、見たんだけどやっぱりあるし。何周もしてるんですけどやっぱりあって。見てもらっていいですか?」

「う、うん、何?」

二階の奥の部屋は物置のようだが、どう見ても元・血の海なのだ。フローリングに血が飛び散って何年も経ったような色だ。これは…本物の事件なのか?それとも撮影用の血糊が取れないまま経年劣化したものだろうか?

「Bちゃん、分かった。もう撮らなくていいから、もう行こう!ヤバいよな、これ血糊だよ、うん、そうに違いない」

「それ、カメラに映らないんですよね」

「え?」

「肉眼では見えてますよね?でも、カメラに映らないんですよ。普通の床が映ってるんですよ」

「見せてみて」

「ダメですよ。これでAさんにも見えなかったらもう私たち訳が分からないじゃないですか。私で止まってたらおかしいのは私だけで済むじゃないですか」

とまくしたて、Bさんはカメラの電源を切った。それまではカメラのモニターの明るさで歩き回っていたので、辺りは真っ暗になった。一旦明かりをつけようか、とAくんがスイッチに手を伸ばすと、

「やめません?もしも、明かりつけてそこに血の跡無かったら私たち、おかしくなりません?精神が」

「そ、そうね…」

「それと今、カメラ壊していいですか?」

Bさんはそこそこ値段の張るカメラを、躊躇なく叩きつけて壊した。

「これでもう何も見てないし、私の勘違いってことでいいですよね」

「あ…あぁ、落としちゃったんだよな!仕方ないよな、下りよう、下りよう!」

階段を下りながら、そういえば玄関やばかったんだわ、と思い出し、奥の部屋から部長も引っ張ってきて玄関じゃないところから外に出よう、などと考えながら玄関をふいに見ると、玄関には大量の黒い靴があった。革靴やハイヒールといった、さまざまな形と大きさの黒い靴が。


「お、お葬式だ…」


Bさんが思わず口にする。

「馬鹿、なんでそういうこと言うんだ…!」

そろそろ始まりますってお葬式のことだったのか?この家で亡くなった人たちの…。

それまで全く感じなかったのだが、急に奥の居間に大勢の人の気配がした。

「おい、お前、何してるんだよ」

と声がした方を見ると、廊下に部長が立っていた。今日部長がワイシャツで来たのは記憶しているが、さっきまでしていなかったはずの黒いネクタイをしてこちらを呼んでいる。

「おい、おい」

「部長、何してるんですか?」

「お前らも関わった者の責任としてさ」

「部長…その黒いネクタイ誰から貰ったんです?」

ひゅん、と部長のネクタイは誰かに引っ張られたような動きをした。そのまま部長自身も何かに引っ張り込まれるようにして、部屋に入っていってしまった。

「うわ…」

Bさんは腰が立たなくなってしまった。Aくんも、起こったことが多すぎて頭で処理しきれなくなり、

「なんでだよ!全部嘘なんじゃないのかよ!元々全部嘘の設定でここはただのハウススタジオなんじゃないのかよ!AVとか撮ってる!作り話なんじゃなかったのかよ!」

と誰に言うでもなく言うしかなかった。すると、


「もうそんなことはどうでもよくなっているんですよ(笑)」


という声がした。
玄関に靴の数と同じくらいの人がぎちぎちに立っている。真っ黒な服を着て、おかしくてたまらないというように、笑っている。


気付くと三人は、仲良くハウススタジオの外の庭に座っていた。


部長によると、もうダメだと思ったあたりで、誰かに優しく肩をぽんぽん、と叩かれたという。


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「あ、でも…おれ、その後Bちゃんと付き合ってるんですよね…」ってAくんが教えてくれました。

(聞き手の佐藤さん「はぁ?」)

あのブチ切れたあたりが頼もしかったってことで、付き合ってるんですって…


採算が取れなくなったそのハウススタジオが取り壊されるってことで話せるようになった話だそうです。その後はコインパーキングになるらしいですよ。


おわり



※このお話は、ツイキャス「禍話(まがばなし)」 の禍話R第七夜 2018年12月10日放送回から一部を編集して文章化したものです。


(1:27:35ごろから)

※切り抜きも動画あります。

※祝・禍話ドラマ化!(このお話もドラマ内に登場します)