禍話「踏んだ!」
呪いとかの実験する人が友達にいたらダメだなっていう話です。
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引きこもりの知り合いがいた。
小学校からの知り合いだったが、大学受験に失敗し、宅浪にも失敗してどんどん病んでしまい、付き合いのある人間なんて自分くらいだろうな、という奴だった。
引きこもりになってからの彼は、2ちゃんねるでレス合戦をしたり、罵倒したり、相手を論破することを生きがいのようにしているらしかった。拗らせて嫌な奴になっちゃったな、と内心思っていた。
その知り合いとはたまに部屋を訪れるくらいの付き合いなのだが、ある日、
「俺、人を呪うやつやるよ、って掲示板に書いたらすんごい盛り上がってさ」
と誇らしげにしていた。
オカルトスレが沢山立っていた時代のことだ。事故物件を利用して人を呪う方法が意外と簡単だという話題で、とあるスレが盛り上がっていたらしい。
「そんなことしちゃダメだよ」
と諭してみる。足の踏み場も無くなった部屋は、PCの周りもゴミだらけだ。
「でももうやってる」
…もうやってる??
近所に飛び降りがあった物件があるそうだ。
道路に面した二階の窓から飛び降りたそうだが、頭から落ちるように飛んだらしい。しかも歩道もガードレールも越えて車道に落ちるようにしっかり助走をつけて飛んで、車に轢かれて亡くなったそうだ。
その事件現場に花束を置いていく人がいる。二階の部屋には入れないので、飛び降りがあった窓の下の歩道の端に立てかけるように、ひっそりと。おそらく亡くなった人が好きだったのだろう、とある銘柄の缶コーヒーと一緒に。
その花束を通行人に踏ませる、という呪いの方法を彼は試しているのだという。
そこはちょうど街灯がない暗い道だ。
花束は立てかけてあるので、そのままならもちろん通行人は踏んだりはしないのだが、彼はわざわざ夜に、通行人が踏みやすいよう歩道のど真ん中に花束を置きなおしに行くそうだ。
彼の部屋には不釣り合いな、しっかりした造りの双眼鏡がある。
「ここから見えるんだよ」
誰か踏むかな、踏むかなと自室から双眼鏡でずっと花束を観察しているそうだ。
「意外とみんな気付くんだよ、花束って」
「お前やめたほうがいいって…」
一週間ずっと見ているのだが、通行人みんなに気付かれるという。なんなら、道の端に戻していく人もいるらしい。ここだけなら普通にいい話なのだが。
「花束、端に戻されたらどうすんの?」
「また出てって歩道の真ん中に置くんさ」
「そんなことよりすることあるだろう…」
とため息をついた。
「就活とかさ…」
「うるせぇ。ま、進展あったら教えるからよ」
それから二週間ほど経ち、そんな話をしたことも忘れかけていた。夜中の一時か二時に知り合いから電話がきた。
「踏んだ!踏んだ!踏んだ!」
「はぁ?」
「花束踏んだ今!カップルが踏んだ!馬鹿なカップルがいてさー、やったよー、多分あいつら酷い目にあうよ」
おそらく、あの双眼鏡で見ながら電話をかけてきているのだろう。
「でもそのカップル、知り合いでもなんでもないんだろ?どうやって確認すんだよ」
「そうだけど、酷い目にあうんだよ」
あぁ、そういう楽しみ方なのか…歪んでるなー、と引いてしまった。
翌朝、雑談がてらその知り合いのことを家族に話した。
「最低だね。ゴミ人間じゃん」
と妹。
「言うねぇお前。で、昨日カップルが踏んだって」
「マジで?でも、人を呪わばなんとやら、って言うからね」
「やなこと言うねー」
次の日、その知り合いが家にやってきた。
「お兄ちゃん、なんか臭い人来た」
妹があからさまに嫌そうな顔をしながら告げる。
「そういう言い方やめな?」
確かに、風呂には入っているはずなのだが知り合いは若干臭っている。
「毎日玄関ポストに花束入れてんのはお前か?」
…何を言ってるんだ?
あの踏んだと電話をかけてきた日から、毎日生花の匂いがしてふと見ると、玄関ポストに花束が突っ込まれているという。
「俺じゃないよ?」
「知ってんのお前だけだからな。今日もほら」
と、手に持った花束を見せてくる。
玄関ポストに突っ込んだ割にはずいぶん綺麗に入るもんだなぁ、と変なところで感心してしまう。玄関ポストに入れるときに音とか鳴らないのか、と聞くと何も聞こえないという。
「それヤバいんじゃないの?花束、元の場所に戻して謝るなりなんなりしたほうがいいよ。それに明るいうちに行ったほうがいいよ、俺も付いてってやるから」
二人連れ立って現場に通じる道を曲がったあたりで、道に座っている人が目に入った。
手と足に包帯を巻いているカップルが、神妙な顔をして手を合わせていた。横で花束を手に固まっている知り合いの様子から、花束を踏んだという例のカップルはこの人たちなのだと察しがついた。
こちらが音も立てていないのに、カップルの二人は突然くるっと同時に振り向いた。
「こいつだ!こいつだ!」
と叫び、二人でこちらに向かって走ってきた。人間、追いかけられると逃げてしまうもので、こちらも必死に走って逃げる。
「お前か!お前のせいだ!お前のせいだ!酷い目にあった!馬鹿野郎!(笑)」
カップルの口調は怒っているというよりも、なぜか若干半笑いだった。
カップルの男のほうが、
「お前のほうがひどいぞ!お前のほうがひどいぞ!(笑)」
と叫び、続いて女のほうも、
「『ロウトウ』だ!お前は『ロウトウ』だ!(笑)」
とこちらに向かって叫んだ。
ある程度走ったところでカップルは二人とも追いかけるのをやめ、ケラケラと笑っていた。
その様子にゾッとしたが、そのまま逃げ続けた。
普段は走ったりしない二人がゼーゼー言いながら帰ってきたのを見て、母と妹が何事かと出てきた。事情を話すと、
「『一族郎党』のロウトウ、じゃないよね?」
「皆殺しってこと…?」
「もし本当に一族郎党のロウトウだったらめっちゃキレてるじゃん…!早く謝りにいくとかなんとかしなさいよね!」
「あんたが謝ってきなさいよ!」
と母と妹はもう家族を巻き込まれたくないという気持ちもあったのか、知り合いにピシャリと言い放ち、知り合いはその気迫に気圧されてすごすごと一人で現場に戻っていった。
「ちなみにどこの家の話なの?」
と母が尋ねる。すぐそこの二階の…と場所の説明をすると、母も飛び降りの件を知っていたらしい。スーパーのパート仲間から色々と噂話を聞くので、近所の事情には詳しいようだ。
助走をつけて飛び降りたと聞き、てっきり若い人なのかと思っていたが、高齢の一人暮らしの人だったらしい。本が沢山積まれ、壁には家系図のような図が沢山貼ってあったそうだ。一応遺書のようなものもあり、世の中の全てを呪います、という意味のことを難しい言い回しで書いてあったそうだ。死ぬ一時間ほど前まで、ニコニコと周りに挨拶しているような、周りには明るい老人だと思われていた人だったそうだ。
一通りの話を聞き、心配なので先に現場に引き返した知り合いの様子を見にいくことにした。
曲がったら現場が見えるというところまで来た。
知り合いが土下座して謝っているのが見えたのだが、すぐさま自分の目を疑った。
「うぇっ…?」
彼は車道で土下座している。
歩道ではなく。
そのまま車がきて、彼は轢かれてしまった。
意識不明の重体となり、一週間後に息を引き取った。
複数の目撃者も彼が歩道で土下座しているように見えた、と証言した。花束を置いて歩道で一心不乱に土下座しているな、と思った瞬間、キキーッ、ドン!と音が聞こえて驚いたという。
おわり
※このお話は、ツイキャス「禍話(まがばなし)」 の2018年12月28日放送回(禍話R )から一部を編集して文章化したものです。
禍話R 年末バラエティスペシャル 2018年12月28日(86)https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/515748155
(1:30:30ごろから)