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禍話「ありふれた名前」(猟奇人)

 Aさんは今年で二十三歳になる。北九州で自営業をしていて、真面目で義理堅い性格だ。彼は一言、
「関わっている人間の名前は一つも出せません。それでも構いませんよね」
そう断った上で、中学生のころの思い出を聞かせてくれた。


 中学生のとき、Aさんのクラスではいじめがあった。ターゲットになったBくんは、いわゆるキラキラネームの男の子だった。

「いじめが始まったのはBくんの名前のせいでした。実際、あんなことになった今でも馬鹿みたいな名前だったと思いますよ。実名は出せないんですけど、例えば、スカイとかアクアとか、日本語じゃない言葉を無理やり漢字で書いたような、そういう名前です」

 子供は容赦をしない。Bくんへのいじめは日に日に悪化していった。Aくんは何度も止めに入ろうと思った。このままではいけないと分かっていた。しかし、下手に関わると自分がターゲットになるかもしれない、そんな恐怖心が勝り、助けることはできなかった。

そして事態は最悪の展開を迎えた。Bくんが自殺したのだ。

「飛び降りでした。マンションの十二階から。即死ですよ」

しかし、この自殺は世間的に事故として片付けられた。遺書もなかったし、学校側はいじめはないと発表した。さらにBくんの家族も深追いはしなかった。

「今になって思うんですが、Bくんの家庭にも問題があったんでしょうね。育児放棄とまではいかないにしても、多分Bくんの両親って、子供のことなんかどうでもいい、めんどくさいっていう感じだったんでしょう。まぁあんな変な名前付けてる時点で、その辺はお察しですよね」

Aさんの口調は冷たく、厳しかった。まるでここにいないBくんの両親、そして過去の自分を責めるようだった。

少しの沈黙の後、Aさんは続けた。

「さっきも言った通り、Bくんは事故死ということになりました。でも同級生なら分かりますよ、彼がなんで死んだのか。事故なんかじゃない、絶対に自殺だって」

そしてBくんの死から数日後、思わぬ事件が起きた。

「それから何日か経った後に、クラスの人間がBくんの名前のTwitterのアカウントを見つけたんですよ。間違いなくBくん本人でした。アイコンはBくんの写真で名前もBくんの本名、アカウントが作られたのもBくんが死んだ前日だったんです」

そこまで聞いたとき、私が、

「もしかしてそこにBくんの遺書のようなつぶやきが残っていたんですか」

そう尋ねると、Aさんは首を横に振った。

「いえ、そういうのじゃありません。そのBくんのアカウントは、いろいろな名前をつぶやいているだけでした」

「名前?」

私が理解できずにいると、

「特に誰の名前というわけじゃありません、ひらがなで『あきら』、『いちろう』とか。女の子もあります。『りか』とか『さやか』とか。そういう名前を一時間ごとの自動投稿でつぶやく、いわゆるbotですよね。当時はさっぱり意味が分かりませんでしたよ。なんでこんなものを作ったんだろうと思いました。悪趣味な、自分には分からない冗談なのかなと思いました」


だが、それから十年程経つころ。


「あの頃の同級生の中で、ぽつぽつ家庭を持つ子が出てきたころでした。同級生のCってやつが言ったことなんですが、自分の子供に名前を付けるとき、ふとBくんのことが頭をよぎったんだ、って。そしてBくんのTwitterを見てしまって、子供の名前を何度も変えたんだそうです。Bくんが投稿しているのと同じ名前を付けてしまうと、なんとなく自分の子供や自分たちがBくんに見られている気分になるからって。それで結局、Cは子供にちょっと変わった名前を付けるしかなかったんですよ。そのアカウント、『人の名前』って聞いて思いつくやつを大体つぶやいてますからねぇ」

Aさんは続ける。

「それと同じことが今も、同級生の中で何人も起きています。それでやっとBくんの考えが分かった気がしますね。Bくんは自分が知っている同級生全員に、こういう言い方は大げさかもしれませんけど、呪いをかけたんです。『子供に普通の名前を付けることができない呪い』。もちろんBくんのことを忘れたり、Bくんのアカウントを見なければいいだけの話です。気にしなけりゃいい。でも、自殺した同級生のことなんて忘れるわけがないじゃないですか。そりゃどうしたってBくんのアカウントを見ちゃうんですよ。わかるでしょう、ネット上のろくなことが書いていないと分かる記事もなんとなく見てしまう感覚、あれです。僕は結婚する気も、親になる気もありませんからまだいいですけど、子供を授かった人たちはみんな悩んでますね」


 Bくんのアカウントは今でも一時間に一度、ありふれた名前をつぶやき続けている。アイコンに使われているB君の写真は笑っていた。


おわり




※このお話は、怪談ツイキャス「禍話(まがばなし)」から、一部を編集して文章化したものです。
※「猟奇人」は禍話の聞き手、加藤よしきさん作の怪談です。
※出典 シン・禍話 第五十四夜 2022年4月9日放送(0:13:33ごろから)

※切り抜き