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禍話「だるまの家」


彼氏がね、何を考えているか全く分からないぼーっとした人なのだけれど、逆にそれがよくて、というAさんの惚気から始まった話だ。



東北の、とある家の話。

昔は大家族が住んでいたのだが、人の減り方が普通ではなかった。事故や突然の病気などで、誰一人寿命を全うしていない。最後に残ったのはおばあさんだった。

おばあさんも高齢のため、認知症が進み、奇声を上げるようになり、ヘルパーさんも来なくなった。ヘルパーさんも奇声くらいならば慣れているはずで、それだけが理由ではなかったのでは、と噂された。

ある日、おばあさんがその家の一番奥の部屋で首を吊って亡くなった。

疑問に思った者も多かった。
認知症も進んでいて、足腰も弱っている人が、自分で首を吊れるだろうか。
警察も調査に来たようだが、現場の状況からして自殺でしょう、という結論になったそうだ。

とうとうその家には誰もいなくなった。
権利関係がこじれていて、親戚づきあいも悪かったせいか、家はそのまま残っている。

その家には小さな子供が“出る“という。
男の子と女の子が、庭を二人で楽しそうに走り回り、昔の遊びをしているらしい。鬼ごっこやお手玉や、あやとりをしているような声がするという。

そんなことが続けば当然不気味なので、遠い親戚だという人と近隣住民の手で、その家の門は閉ざされた。

門が閉ざされてからも中から子供の遊んでいる声がするのだが、見に行くと人がいるような痕跡はない。二人で見に行くと出ないが、一人で行くと見てしまう、という噂もあった。

やがて隣近所の住人も引っ越してしまい、その一帯には住む人がいなくなった。


その家の、一番奥の部屋には達磨が置いてあるらしい。


人と見間違えるくらい、ものすごく大きな達磨が。


その家がかつて栄えていた頃、一家はお祝いがある度に大きな達磨を買っていたそうだ。家族の昇進や就職や受験合格を祝って、達磨を買っては目を描き入れる、ということをしていた。

普段はどこかにしまわれているはずなのだが、突然その大きな達磨が部屋の真ん中に置かれていることがあるという。それに出くわしてしまうともう“だめ”だという。そのせいでおかしくなってしまった人も何人かいる。


ーーーーーーーーーー

その家に行っきまーす、とノリノリの友人カップルに誘われ、Aさんと彼氏も一緒に行くことになった。

なんでそんなところに行ったんですか、と聞くと、Aさんはそんなことが起こるわけがないと全く信じていなかったそうだ。

門は閉ざされていたものの、元気な若者であれば乗り越えられるような塀があるだけで、玄関に鍵もかかっておらず、その家には楽々と入れた。荒れているわけでもなく、普通の廃墟だった。隣近所が引っ越してしまったという話は本当なのだろう、辺りは静けさに包まれている。

一階をぐるっと見て周る。奥の部屋が、おばあさんが亡くなった部屋なのだろう。しかし一番奥の部屋には何もなかった。押し入れの中まで見てみたが、達磨はどこにもない。

二階に行こうか、とAさんと彼氏が階段を上りかけると、あんなに乗り気だった友人カップルは二階に行くのが怖いので嫌だという。一階にはまだ自然光の明かりが届くのだが、二階は完全に閉ざされているようで、真っ暗だった。

じゃあ階段のところで待っていて、と友人カップルに告げ、Aさんと彼氏は懐中電灯を手に二階を探索しにいく。Aさんたちは、家の中全てを見たほうが想像の余地もなく、逆に怖くないだろうという考えだった。

二階には、子供部屋と思しき部屋があった。

机の上に、家族写真があったが、その写真には違和感があった。どうしてこの部分に空間があるのだろう。ちょうど小さな子供が二人いたらそこに写るだろうな、という隙間が家族の間に存在していた。

分厚いアルバムもあった。
食卓を囲む家族写真には、誰も座っていない子供用の椅子が二つ。その椅子の前のテーブルにはそれぞれ箸が置いてある。産まれてこなかった子供でもいるのだろうか。

このアルバムには全体を通して、写っている人の名前が書かれている。例えば、“けんじおじさん”のように。不自然に空いている部分にも、子供二人の名前が漢字でしっかりと書いてあった。

「この家、やばくない?」

アルバムを遡っていくと、随分と古い白黒写真もあった。達磨を持って笑っている、若かりし頃のおじいさんとおばあさんと思しき人物が映っている。神棚があり、子供二人の名前が書いてある。神棚には小さな人形も置いてある。カルト的な何かの、信仰の対象のようだった。それを見たAさんたちもさすがに気味が悪くなり、

「やばいやばい、下りよう」

と階段を下りようと、足の先を懐中電灯で照らした。そこに誰かが座っていた。

「うわっ、やめろや!…え?」

座っている人だと思ったそれは、大きな達磨だった。

「ひっ」

Aさんと彼氏は腰を抜かすほど驚いた。階下はしんと静まり返り、友人カップルはどこにも見当たらない。声が上ずるのを感じながら、Aさんは

「やめなよ、全然面白くないよ、どこかにあったんでしょ、この達磨!全然面白くないよ、そろそろドッキリでしたーって出てくる頃合いだよ、悪い冗談だよー!」

と友人カップルに呼びかけた。

返事はないが、遠くのほうでかすかに声がした。

Aさんと彼氏は、達磨を避けながらそっと階段を下りた。達磨は、近くで見るとより大きく見える。片方だけに、目が描き入れてある。

一階の風呂場から、誰かがぶつぶつ話す声が聞こえる。

「よっちゃんはそんな子やない、よっちゃんはそんな子やない、よっちゃんはそんな子やない」

洗面所の鏡に向かって、友人カップルの女のほうが首を横に振りながらぶつぶつと呟いていた。すると、どーん!という音が台所の方から聞こえた。

「あーもう!」

今度は友人カップルの男が叫ぶ。

「よっちゃんなんか元々いないだろ!おまえら勝手に祀ってたのだって存在しないものだろ!」

食卓を叩きながら怒ったように叫び続けている。また洗面所から、

「よっちゃんはそんな子やない、よっちゃんはそんな子やない、よっちゃんはそんな子やない、よっちゃんはそんな前髪やない、よっちゃんはそんな顔やない」

友人カップルの女のほうは、“よっちゃん”はそんな姿ではない、というようなことをずっと呟いていた。それに対して友人カップルの男のほうは、“よっちゃん”なんか元々いないのにごっこ遊びに付き合わされて、このザマはなんだ、というようなことを言っている。

二人とも別人のようになってしまった。Aさんたちの脳裏に、もう友人カップルを見捨てて一旦逃げようか、という考えがよぎる。

その時、二人の声が同時に止んだ。
次の瞬間、さっきまでとは全然違う子供の声で、

「「だるま落としやろー!だるま落としやろー!だるま落としやろー!」」

と叫び出し、友人カップルはこちらへ向かってきてAさんたちを取り囲んだ。Aさんの彼氏は思い切り頭を殴られ、転倒してしまった。Aさんは恐怖で体が強張って動けない。

「「だるま落としやろー!だるま落としやろー!だるま落としやろー!」」

Aさんは腕をつかまれ、そのまま引きずられるように一番奥の部屋まで連れてこられた。

奥の部屋にはいつの間にか紐がぶら下がっている。
さっきまでは無かったはずなのに。
紐は首吊り用の“あの形”に結んである。
その紐は随分と高いところに括ってあるのだが、その部屋には足場も何もなく、首を吊るには輪の位置が高すぎるのでは、と思われた。

そこへ友人カップルの男のほうが大きな達磨を持ってきて、紐の下へ置いた。
大きな達磨は、丁度、首吊りの踏み台にぴったりの高さだった。

「「だるま落とし!だるま落とし!やろうやろう!乗れ!乗れ!」」

友人カップルが子供の声で口々に囃し立てる。Aさんはその場から動けなかった。ぐらぐらして不安定な大きな達磨に、無理やり乗せられようとするところだった。


やっぱり私の彼氏すごいな、って思ったんです、とAさん。
突然の惚気である。


後頭部を思い切り殴られたりしたら、普通の人ならば「お前ら何してるんだ!」などと怒って言うのかもしれないが、そこは天然なAさんの彼氏である。何を言うかと思えば、友人に殴られた頭を押さえながら、


「さっきまでにこにこ喋っていた友達を、こうやって吊るすのはよくない!」


と、独自の理論で二人を叱ったそうだ。

しかし、そのお陰か、ふっとその場が乱れた感じがした。霊的なものには下品なものが効くという、それと同じ原理だったのかもしれない。友人カップルも、えっ、何言ってんの、というような顔をして止まった。子供たちの“だるま落としやろうムード“が、一瞬途切れた。

その隙に、Aさんの彼氏は反撃を開始し、友人カップルをぼこぼこに殴った。殴られた二人はぼんやりとしていたが、正気に戻りつつあるようだった。さらにAさんの彼氏は床に置かれた大きな達磨を蹴飛ばし、その場の全員に向けて


「 撤 収 ! 」


と叫んだ。

その場の雰囲気がなんとなく、ふわっとした感じになり、全員逃げだすことができたという。

彼氏があそこまで天然だったから場が乱されて助かったけれど、あのまま正攻法で怒ったり立ち向かったりしていたら、“だるま落とし”されて私は首吊っていましたよ、とAさんは言った。



おわり


※このお話は、怪談ツイキャス「禍話(まがばなし)」から、一部を編集して文章化したものです。

ザ・禍話 第八夜 2020年5月2日放送

(0:42:20ごろから)

※YouTubeにも切り抜き動画がUPされています。