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忌魅恐「残暑の過ごし方」(禍話スピンオフ)


関西方面のとある学校の校舎は、戦時中からあった建物を転用したものだという。



地元のヤンキー三人が、夏の終わりにプールに飛び込むとか、そういう思い出が欲しいということで、学校に忍び込んだ。

Aが知り合いから仕入れた情報によると、その学校の警備員は大体一時間に一回程度巡回しているらしい。

皆で息を殺して物陰に隠れ、警備員を見送ると、プールの近くまでこっそりと移動する。フェンスをよじ登ると、プールには水がいっぱいに張ってある。光を反射して水面がきらめき、遠くにうっすら塩素の匂いがする。ヤンキーたちはそれを見るなりテンションが上がり、

「これ飛び込んだあとに見つかったら、服ビッシャビシャで逃げられねぇなー(笑)」

などとはしゃぎだした。

するとBが急に、

「あれ?ちょ、やべやべやべ、バレたかも、警備員きたわ」

と慌てだした。

「おい、警備員はさっき外を見回ってさっき警備室に戻ったろ」

「え?今、校舎ん中に誰かいたよ」

「いやいや、いないよ。いないいない」

Aが懐中電灯で照らしたが、校舎の中には誰もいない。

「ほら、誰もいないよ。いたらこれ、照らした時点でこっち来るだろ?」

「そうだよな、中にいる人間も明かり持ってないとおかしいもんな」

「そうそうそう。真っ暗な中にぽつんと立ってる訳ないだろ、オバケじゃねーんだから」

懐中電灯で照らしながら、AとCは口々にBの見間違いだろう、と言った。

「そうだな、ははは」

Bも、自分が警備員のことを気にしすぎて見間違えたのだと納得した。



「じゃ、気を取り直してプールに飛び込むか」

「準備運動とか、しておいたほうがいいよな」

「そうねー」

妙なところで真面目なヤンキーたちは、だらだらと話をしながらストレッチをし始めたのだが、案外話が盛り上がってしまった。まだプールには飛び込んでもいないのに、警備員が巡回してくる時刻に差し掛かっていたようで、懐中電灯の明かりが近付いてくるのが見えた。

「やべっ」

またフェンスの外まで逃げるのは面倒だったので、三人は更衣室のロッカーの中に隠れることにした。息を潜めてやり過ごす。

さすがにロッカーを開けるところまではチェックしないらしく、しばらくして警備員が更衣室から出ていく気配がした。

「そこまで念入りに見回ってなくてよかったな」

「聞いてたよりも早いサイクルで巡回してんだな、三十分毎くらいじゃん」

「ま、夏だと馬鹿な奴が入ってくるからじゃない?」

「それ、俺らのことやないかい(笑)」

「ちと息苦しかったけども、ま、これからゆっくり泳ごうじゃないか」

そう意気込んでプールサイドに出てきた三人は、ぽかんと口を開けた。


プールに水が張られていない。


ついさっき、水と塩素の匂いがしたはずなのに。
最初に見た時には確かに水が張られていたはずなのに、今、目の前のプールは空っぽだ。
後から聞いた話では、そもそも、その学校では夏季休暇中にはプールに水は張らないそうだ。



「え、さっき、水ひたひただったのに」

「これどうなってんの」

「無い…水が無い」

「おかしいよな、だってさっき、水…」

「はー怖い、気持ち悪ぃ…戻ろう戻ろう、怖い…」

フェンスを乗り越えて、プールの外に出ようとする。しかし、Bだけが付いてこないので、

「おい、何してんだ戻るぞ」

とAが呼びかける。


「いやいや、今から飛び込むんだろ?」

とB。

「え、飛び込むって、水、無いから。何言ってんの?」

とAが問いかけている間に、Bは飛び込み台から、ぽーん、と華麗なフォームで飛び込んだ。


嫌な音がした。


AとCはしばらく動けなかったが、はっと我に返ったCが、

「おい!何してんだ!大丈夫かお前、骨、と、か…」

と呼びかけ、二人で恐る恐るプールを覗き込んだ。



Bの首はおかしな方向に折れ曲がり、じんわりと血だまりが広がっていた。
素人にも、これはもうだめだと一目で分かる状態だった。

「あ…」



仕方がない、もう警備員に正直に言うしかない。


しかし、警備員室に走っていくと、ドアに札が掛かっていた。

“只今、留守にしております“

「え?さっき警備員いたよな?更衣室」

と、そこへ、コンビニ袋を手に提げて警備員が現れた。

「おうお前ら、何してんだ」

「あれ?あのう、ちょっと前に巡回してませんでしたか」

「は?巡回は一時間に一回しか…」

「え?え…あ、あの、それはそれとして、俺たちプールに忍び込んで、それは本当にすみません、それは本当に申し訳ないんですけど、友達が水の張ってないプールに飛び込んじゃって、多分死んでるかもしれないっす」

「えぇ!?」

警備員も突然のことに驚いた様子で、

「そりゃ大変だ、ひとまずお前らも来い!」

と言うと、二人と一緒にプールまで走っていく。
警備員が鍵を開け、今度は正規の入り口からプールに入っていく。

プールサイドに立ち、Bを見た警備員は明らかに動揺した様子で、

「え?は?…は?おい、これ、どういうことだ?え?おい、どういうことだよ?」

「死んでますよね、はい、もうそれはほんと、僕らが悪いんで、お巡りさんには僕らから謝りますんで」

「そりゃいいけど、お前ら、…え?こいつ、死んでるよな?確実に死んでるよな?」

「俺ら素人ですけど、確実にもう、その状態見たら死んでますって」

「え?おかしいって」

警備員は、そこから動けず、ただ同じ言葉を繰り返している。人が死んでいるということにはもちろん驚いているのだが、それ以上の何かに対して驚いているようだった。

「お前ら、触ったか?友達」

「え?」

「お前ら、落っこちた友達、触ったのか」

「触るわけないでしょ、そのまま警備員さんを呼びにきましたよ」

「何がどうなってるんですか」

要領を得ないので、仲間うちでは一番勇気のあるCが、警備員が見ているものを見るために近付いた。

「えぇ…?」


それを見たCは、膝を打ち付けるような形で、がくっと崩れ落ちた。


Bの遺体は明らかに、五メートルほど前に進んだ形跡があった。
血だまりから体を引きずった血の跡が、プールの底に長く伸びている。
まるで誰かが、Bを足元からずずずず…と押したかのように。


「……!!」


検死の結果、Bはやはり即死だったそうだ。五メートルも自力で進むことなどありえず、結局は原因不明とのことだった。不可解な点はあったものの、事故死として処理された。

余所者が忍び込んだとはいえ、不幸な事故があったそのプールは使用できなくなった。


あの時、Bが暗闇の中で見た人影は何だったのか。
そして、更衣室に巡回しにきたのは誰だったのか。


戦時中に何かに使用されていた、比較的大きい学校での出来事だった。


おわり



※このお話は、怪談ツイキャス「禍話(まがばなし)」から、一部を編集して文章化したものです。

※忌魅恐(いみこわ)は、全員行方不明になってしまったとあるサークルが収集していたお話を紹介する禍話のスピンオフ企画です。

禍話別館 忌魅恐NEO 第一夜 2020年6月30日放送
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/625554757

(1:08:30ごろから)