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禍話「で、どうする?」

※このお話は、怪談ツイキャスの「禍話(まがばなし)」を書き起こしたものです。

マガバーススペシャル 2019年3月21日(97)放送


(1:40:28ごろから)


ジャスティス・ゴースト話があったところで、これも因果応報って言うんでしょうか。ただそれって段階を踏んでとかではなく、向こうのタイミングで来るから。というお話です。

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Bちゃんは、大学でサークルに入り、友達ができた。その女の子はすごくいい子だった。さりげない気遣いができ、人の悪口も言わず、人に怒ることもなく、それでいて丁度良いさじ加減の指導もできる子だった。先生になったらいいのに、と思うくらいの人格者だった。同世代なのだが、自分のことを妹のように可愛がってくれた。

しかし、そのサークルは飲みサーのような雰囲気があり、飲み会の時には飲め飲め、と若干強引に飲酒を勧めてくるような、今で言うアルコールハラスメントが横行しているところだった。

Bちゃんはあまりお酒に強くなかった。飲むと気分が悪くなったり吐いてしまったりする。それを知っている友達は、お酒も強いらしく、毎回飲み会では気を利かせてBちゃんが勧められたお酒を代わりに飲んでくれ、その場の雰囲気を壊さないようさりげなく助けてくれた。

そのサークルの先輩に、女の子にお酒をガンガン飲ませ、吐かせては楽しむような、どうにも嫌な奴がいた。

Bちゃんが大学二年の冬にその先輩の卒コンがあった。
その先輩は、いつにも増して後輩たちに飲酒を強要した。Bちゃんも自分なりに頑張ってはみたのだが、度の強いものもあってもう限界、というところだった。友達はいつものように、「私が代わりに飲みますから」と、嫌な顔ひとつせずBちゃんを助けるようにどんどん飲んでくれた。しかし、その日は強い酒をかなり飲まされたようで、さすがの友達もフラフラになってしまった。

そのサークルは、飲み会が終わるといつも決まった場所に集まって締めの挨拶をするのだが、その日ひどく酔ってしまった友達はまっすぐに立てないほどだった。それを見た先輩は、「ちゃんとしろよ」と言いながらふざけて友達を突き飛ばした。その勢いで、友達は倒れて縁石の角に頭を打ってしまった。友達は倒れたまま、その場を和ませるように「いたたたた…」と言うので、皆が笑った。先輩は「もうお前はそこで寝てろ(笑)」と、そのまま挨拶や花束贈呈の一連の流れを続けた。先輩が帰り、他のメンバーが「いつまで寝てるんだ」と友達に声を掛けると、友達はその場で亡くなっていた。脳挫傷だった。
友達が頭を打ったとき、すぐに救急車を呼んで手当てをしていれば助かったかもしれないが、ダラダラとした挨拶やおしゃべりが終わるまで放置されたので、手当てもされず亡くなってしまったのだ。友達は頭を打ってもいつものように周りに気を遣って、かなり無理をして「いたたたた…」と最期の声を絞り出したのだろう。

ほぼ殺人に近い状況だ。

当然、警察も介入したのだが、何か事情があったのか、友達は酔って自分で転んで頭を打って亡くなった、ということにされてしまった。サークル内にもそういうことにしろ、というお達しが出た。Bちゃんも、それは違うと声を上げることができず、従ってしまった。

一旦はそれに従ったものの、Bちゃんが大学三年になった頃には、友達がもういないこと、あんなに良くしてくれた友達を裏切ってしまったことへの罪悪感が重くのしかかってきた。友達の家族が大学やサークルの説明に疑いを持たず、嘘を信じ切っていることもこれに拍車を掛けた。そして精神的に耐えきれず、Bちゃんはとうとう大学を辞めてしまい、家に引きこもるようになった。Bちゃんの家族も、友達が亡くなったことで心に傷を負ってしまったと考えているようで、Bちゃんを責めるようなこともなかった。それが逆に辛かった。

その後通信制の大学に入り直し、二年ほど経ったある日、Bちゃんは家に一人でいた。

玄関に鍵が掛けてあったはずだが、ガチャン、バタン、という音がした。そして今家にいないはずの母親の声で、「あら、どうぞどうぞ」と言っているのが聞こえた。

あれ、おかしいな。

それから、階段を上ってくる足音が聞こえた。その途中で、「よいしょ」という声も聞こえた。Bちゃんはその声に聞き覚えがあった。亡くなったあの友達だ。そんな馬鹿な、という気持ちと、化けて出るのも仕方ないな、という色々な気持ちが入り交じった。でも、どういうことだろう。「ふう」という声が聞こえた。やっぱり、あの頃の友達の声そのままだ。その直後、ガチャっと自分の部屋のドアが開き、「久しぶりー」と普通に友達が入ってきた。

幻覚を見ているのかな。普通こういうときって、恨みがましくとか、脅し文句を言いながら出てくるんじゃないのかな、とBちゃんは思った。
ただ、友達は今の季節と服装が合っていない。亡くなった時の冬の格好のままだ。

「久しぶりー」

と言いながら、友達はごく自然にBちゃんの前の座布団に座る。その瞬間から、Bちゃんの体がガタガタと震え始めた。やっぱり、友達はここにいてはいけない人なのだ。友達は昔と同じように、普通に話しかけてきた。

「最近どう?」

「大学辞めて…」

「へー、辞めちゃったんだー」

「通信制の大学行って、やり直してる」

「あ、そうなんだー。へー」

いつも通りの友達だった。ただの近況報告のような会話をした。友達は、怒りを押し殺しているとかそういう感じもなく、ごく普通に話しかけてくる。

「妹さん、今年高校卒業して大学生になるんだって?私が会ったときはまだ小っちゃいと思ったけどね。分かんないもんだね」

続けて、真顔で

「で、どうする?」

と言った。

よく分からないのだが、ここで自分が何か行動を起こさないと妹に悪いことが起こるのではないか、という予感がした。
Bちゃんがいた部屋は二階だった。窓を開け、

「わ、分かった!」

と言って、そのまま飛び降りた。
頭が上になったまま地面に落ちたようで、足に電気が走ったような衝撃があった。グチャ、という音が聞こえた。Bちゃんは痛みで気を失ってしまった。

近所の人がBちゃんが飛び降りるのを目撃していて、急いで救急車を呼んでくれた。するとBちゃんの家からもう一人の女の子が出てきて、気を失ったBちゃんの頭をずっと撫で、「頑張った、頑張った」と言っていたそうだ。Bちゃんの友達かと思い、救急車が来たよ、と話しかけようとして振り返ると、もう姿がなかったという。

Bちゃんは、友達に誠意は見せられたかな、と思った。
一生、杖を使って生活することになったけれど、自分がしたことを思えば当然だよな、と。

少し気がかりなこともあった。
私がこれくらいだったら、他の人たちはどうなってしまうのだろう。
でも、この件についてはあまり思い出したくないので、考えないようにしていた。


最近になって、携帯に知らない番号から電話が掛かってきた。

「Bさんですか?」

「はい」

「私、○○の妻ですが」

あの先輩の奥さんからだった。なんでこの番号が分かったのだろう、と思ったが、そういえばサークルの名簿にこの携帯の番号を載せていたのだった。それを見て連絡してきたのだという。でもなんでわざわざ電話を?

話を聞くと、お子さんが小学校低学年の男の子らしい。ある日、その子が顔の半分を血だらけにして帰ってきたので驚き、急いで手当てをした。擦り傷だらけだったが、本人は「痛くない」と言う。

男の子が言うには、公園で待ち合わせのため一人でいると、暑い日なのにコートを着た優しそうなお姉さんがいて、こっちへおいでと手招きしている。行って話をしてみると、とても聞き上手で、お母さんのこと、お父さんのこと、家のことを色々話した。ふと、お姉さんが公園の花壇の囲いに使われている石を指差して、「ここの縁石は丸いねぇ。丸いのは良いね。丸いと当たってもあんまり痛くない。角があると危ない。角は危ないなぁ。これは丸いから大丈夫だ」と言って、花壇の囲いの石を指でなぞるのだそうだ。なぞりながら、「あー、気持ちいいな。君もやってごらん」と言われ、男の子も指でなぞってみた。お姉さんが言う通り、本当に気持ちよかったそうだ。男の子はそのまま、ずりずりと擦れた指から血が出ても痛みを感じるどころか気持ちいいので、石をなぞり続けた。それから「これ気持ちいいからさ、顔とかでもやってごらん」と言われ、言われるがままやってみると、本当に顔も気持ちいい。「気持ちいいでしょ、どんどんやりな、どんどんやりな」とお姉さんに促され、顔を石でずりずりと擦り続けた。「気持ちいいときは、痛くない。それは痛くないってことなんだよ」とお姉さんが優しく教えてくれるので、あぁ、そうなんだ!と思った。そうしているうちにそれなりの時間が経ち、結構な血だらけになったところで、「あ、そろそろ帰る時間だ!帰らなきゃ」とお姉さんに言うと、「そうなんだ、また今度会おうね」と言われ別れたという。

最初、先輩の奥さんは変質者かと思ったのだが、帰宅した夫にその女性の特徴を伝えると、顔色を変えてブルブルと震えだしたという。そして、俺は知らねえぞ、と言ったきり自室に籠もってしまった。

公園に注意喚起も掲示してもらった。他の人の話によると、男の子がその人に会っていたはずの時刻には公園に他の利用者もたくさんいたのだが、そんな人誰も見ていないし、そんな事をしている人もいなかった。となると、全員の死角に入っていたことになるという。

男の子の顔の傷は、痕が残ってしまった。でも無邪気に「またやりたーい」と言っている。気を抜くと家でも石に顔を擦りつけたりして、「痛い、やっぱりあのお姉ちゃんと一緒じゃないとできない」と度々言うので、ぞっとした。

夫は何かに怯えているようでノイローゼ気味になり、実家に帰ってしまった。
子供もどうにかなってしまうのではないかと不安になった。

ある日、先輩の奥さんが買い物を済ませて家に帰ると、玄関に知らない靴があった。鍵は今開けたばかりのはずなのに。
台所の食卓で、夫の大学時代のアルバムを広げて読んでいる女の人がいた。季節外れのコートを着込んでいる。

「ど、どちら様ですか」

と尋ねると、

「ああ、○○先輩にお世話になった者です」

と、ぺこりと会釈する。呑気な口調の裏に、何か空恐ろしいものを感じた。女の人は、アルバムの中にあるサークルの名簿を指差して、

「この子はすごくいい子なんです。この子、この子」

と言い、ある行を示した。

ふと気がつくと先輩の奥さんはまた玄関に立っていた。台所に行くと、夫のアルバムが開いて置いてある。手でぐっと押さえて開いたかのように、サークル名簿のページが開かれたままになっていた。さっきの女の人が指差していたのは誰だっけ、と思い出してその番号に掛けたのがこの電話なんです、と先輩の奥さんが言った。

Bちゃんは尋ねた。

「私以外に大学の近くに残っている人って、いなかったですか」

「いたんですけど、電話しても誰にも繋がらなくて。出ても、半狂乱の人とか、話が通じなかったりで。ちゃんとお話ができたのは、あなたが初めてです」

Bちゃんは当時のことを全て話した。友達のこと。先輩がしたこと。


先輩の奥さんがどうしたらいいでしょうと不安そうに言うので、多分ですけど離婚したほうが、とだけ伝えた。

電話を切ったあと、Bちゃんは、そうか、友達は十年くらい掛けて全員やったんだ、と思った。

しばらくして、先輩の奥さんからまた電話があった。先輩とは離婚したという。それ以来、お子さんはお姉ちゃんの話を一切しなくなったという。それから、前回の電話を切ったあとに思わず独り言で、これ離婚したほうがいいよね…と呟くと、背後から

「絶対そのほうがいいですよ(笑)」

という声が聞こえて震え上がったという。

先輩本人は、今どこでどうしているのか誰も知らない。

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友達の復讐がどうやら数年前に済んだようなので、地名や人名を変えてなら話してもいい、ということでBちゃんが教えてくれたお話でした。


おわり