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禍話「蝉の鳴かない山」

※このお話は、怪談ツイキャス「禍話(まがばなし)」を書き起こしたものです。

第3夜(25) 2017年6月2日放送

(0:51:00ごろから)

※2021/10/13追記:YouTubeに切り抜き動画がUPされています。



これ怖いのかな、何年も預かりすぎて怖いのかよく分からなくなったんですけど、やっぱ良くないな、って。

せっかく山の話をしたので、山つながりで。
その山ね、元々変な噂があって。
当たり前ですけど、山って蝉が凄いじゃないですか、夏とか。
その一区画だけ、建物がある一区画だけ、蝉の鳴き声が聞こえないっていうんですよ。

何かおかしいでしょ?

別に生物が死に絶えてるわけじゃなくて、てんとう虫とか鳥とかはいるわけですよ。クワガタとかも。蝉だけ全然いないんですって。
夏の風物詩の、ミーンミーン、ジジジジジ…ってあの音だけが無いって。

その山の一区画にあるのは、とある家らしいんですけど、その周辺だけ蝉がいない。なんなんだろうっていう噂があって。

その家に住んでいたのは、学校にあまり馴染めない小学生くらいの娘さん(いじめがあったのか、病弱だったのかは不明)とお父さんの二人。お父さんは自然の近くで暮らしたいという気持ちがあってわざわざ山に住んだんでしょうね。
そしてなぜか半年くらいかけて、娘さんがおかしくなってしまってたらしく、衰弱死のような状態で亡くなったと。お父さんが虐待を疑われたりもしたんだけれど、それもどうも違うらしい、とよく分からない話の終わり方をしたんですって。お父さんもその後どうなったか分からないと。そのまま家は荒れ放題で、放置されているらしいんですよ。

怖いじゃないですか。
そこまでは確実に、本当らしいんですよ。

怖いじゃないですか。そんなもんが九州にあったらダメじゃないですか。

でね、そこ夜に行くとすごく怖いんですって。そこに着くまでは蝉の声がジージージージー聞こえてるのに、その家の近くだけ全く聞こえないなんて、怖いでしょ。
生き物が反応するって怖いじゃないですか。犬が逃げるとか、猫が虚空を見つめてたりとか。蝉がいないってやばいでしょ。
で、行った人は大体その辺で「怖い…」ってなって引き返すんですよ。その家の雰囲気も怖いし。まだ表札も読めるんですって。○○家みたいに。
普通はそこでやめるんです。人間の本能が危険を察知するんでしょうね。

でもね、行っちゃった奴がいるんだって。
三人で行ったらしいんですよ。

三人で行って、運転手の彼は、着いた時、確かに蝉の鳴き声がしないなって思ったんですって。それだけでも怖いし、その瞬間、めちゃくちゃゾクゾクって悪寒がすごくて。生まれて初めてだったんですって、そんな悪寒がするの。なにこれ、って思うくらいゾクゾクしたそうなんです。風邪でもないのに震えるくらいの。煙草吸おうとして、手がブルブル震えるくらいの、なにこれなにこれってなるくらいの悪寒。

「俺ちょっとやめとくわー…」

と二人に言うと、

「なんだよー、この意気地なしが(笑)」

と馬鹿にされて、助手席の彼と、車の後ろに座ってた彼、行っちゃったそうです。
その家の近くに行って周りをぐるぐる周ってるんですって。
入れなくはない家らしい。でも誰も入ったことがない。落書きもされていない。わりと人里離れてるところにあるのに。
一人で待っている彼はえっ、と思ったけれど、家を見に行った二人はそのまま家に入っちゃったんですって。

(うわ、入ってっちゃった)

彼は悪寒も忘れて、なぜかその時は(絶対にダメだこれ!)と強く思ったので、

「おいやめろ!」

って二人に叫んだそうです。そういうキャラじゃないのにですよ。普段はおちゃらけてニコニコしてるような奴なんだけど、その時はなぜかやめろ!って言ったそうなんです。
でも二人は聞かずに入っていってしまった。

「おいおいなんだそんな急に、キャラおかしいぞ(笑)」

なんて言いながら。
で、二人が家に入っていくまではやめろ!って思っていたんだけど、玄関の引き戸をガラガラって開けて二人が入ってしまった瞬間から、なぜか

(もうダメなんだ…)

って思ったそうで。あの二人はもうダメなんだって。さっきまで、やめろ!って必死で止めてた時の焦りがなくなったそうです。もうダメだ、助からないや、って。
お医者さんが匙を投げるときみたいに、もうこの患者は助からないや、っていうときみたいに。
自分にできることは、家の中に入らないことだ、って思ったらなんかすごくしっくりきちゃって、(もう助からないしなぁ)と思ってやけに落ち着いて煙草吸って待ってたんですって。
しばらくして二人が戻ってきて、

「何の変哲もない、普通の家だったよ」
「仏壇があって、確かに小さい女の子の遺影みたいなのがあってさ」

と中の様子を伝えてきたんだけど、片方の男は仏壇や遺影を気にせず無視して、もう一人の男は怖いから手を合わせたらしいんです。でも待っていた彼は(こいつら助からないしなぁ)と話を聞きながらも上の空で、「ふーん」とか適当な相槌しか打たなかったそうで。

「じゃ、帰ろっか」

と言って三人で帰路に着いて、車でその家の敷地から出そうかな、という辺りで、運転している彼にだけ見えたらしいんだけど、藪の中に初老の男性が立っていたそうなんです。その人は本物の人間ぽかった、オバケっていうよりは。そして車で走り去る自分たちに向かって、深々とゆっくり笑顔で礼をしていたっていうんです。「どうもありがとうございました」って言っている感じで。温厚そうな人なんですって。別にキレてるとかじゃなくて。
それだけで超怖いじゃないですか。

運転してる彼はうわ、怖え!って思ったけど他の二人には言わなかったんですって。

で、車でしばらく走って人里に近づいた辺りでコンビニで休憩してるときに、ふと、

(なに、さっきまでの一連の自分のリアクション?)

って思ったんですって。必死に二人を止めて、あーもう助かんねえか、って達観して、その達観は何だ?と。その達観してた自分が自分でもすごく怖くて、あの家から離れて冷静に考えたらどんどん怖くなってきたそうです。え、この二人助からないの?とか思って。こんなに今目の前ではしゃいでウィルキンソンコーラとか飲んでる奴、助からないの?みたいな。
怖いなー、って思いながらも、その日はそれで別れたそうです。

普段はそれぞれ仕事しているのもあり、あまり会わなくて、一ヶ月くらいたったある日、連絡がきたそうです。あの家で、仏壇に手を合わせたほうの彼から。で、喫茶店で会ったら、その彼、ガリガリになっていて。

正直、癌とか、そういう胃腸とかの病気なのかなと思ってしまうくらいにげっそりしていたって。

「いやぁ、大変だったよ。お前は入らなくてよかったな、あの家。もうさ、お祓いが終わらなくて」

とその彼が言うんですって。怖い怖い、単語が全部怖い、と思いながら、

「あいつはどうなんだ?もう一人のあいつ。電話してもメールしても繋がらないんだけど」

と尋ねる。あの家で仏壇を無視していたほうの彼のことです。

「あいつは死んだんだよ」

「死んだん?何で?」

「まぁ…お祓いが間に合わなかったのかな…」

うわ、なにそれこわい。一刻も早くこの喫茶店から出たい。

「お前ほんとよかったよ。家入らなくて。お祓いしてくれる人には、あそこは家入ったらもうアウトなんだって言われた。俺、なんにも食えないんだ」

聞けば、ウィダーインゼリー的なものしか食べられないらしいんです。

「え、胃腸とか悪いの?」

「吐いちゃうんだ。固形物食べると吐いちゃう。霊的なものというか、ショックもあるよな」

一応、彼は最悪の状態からはすでに脱しているようだった。手を合わせたから?手を合わせた方が良かったのかな?

「何があったんだよお前」

聞けば、仕事も辞めたそうで。今は実家で療養中だっていうんです。ただ、まだお祓いが終わっていない、という段階らしくて。
あの家に行ってからなにが起こったのか尋ねたそうです。

ーーーーーーーー

その頃彼はまだ一人暮らしで、寝るときには夏なのでぺらぺらのタオルケットを掛けて寝ていた。でも、毎晩うなされて飛び起きる。全然疲れが取れない。一週間くらいそんな感じなので、全然体も休まらないし、クマもすごい。職場の人からも一回病院行けよ、と言われるほどに。病院に行っても原因は分からず、ストレスですかね、と言われるだけ。あの家のことが気になって、運転していた彼ではなく一緒に家の中に入った彼に連絡してみた。その彼も同じだと。あー、そうなんだ、嫌だなぁ…。全然眠れないから、睡眠導入剤を飲む。それでも眠れないから次は睡眠薬を飲む。それでも飛び起きる。夢の内容は全く覚えていない。よく眠れなくなってから二週間ほど経ち、体調はどんどん悪くなり、心療内科の勧めもあって結局仕事は長期休暇を取ることになった。その休暇中、夜中の2時か3時くらいに電話が掛かってきた。あの、仏壇に手を合わせなかった彼からだ。どうしてこんな時間に着信が?どうせ眠れないからいいんだけど。電話に出てみると、めちゃめちゃなテンションの彼が、自暴自棄になっている様子で

「俺ァもうダメだー、俺ァもうダメだぁ!」

と電話口で言っている。

「どうしたんだよお前」

「いやもうダメだな、ダメだな。家来たよ。家来ちゃったよ。お前大丈夫か?お前手合わせてるからな、お前大丈夫かもしれねえけど俺ァもうダメだ、あーもうダメだダメダメダメダメ、あーもうダメダメダメダメ、あーもうほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほら蝉がほら」ブツッと切れた。

蝉がほらって、長渕剛じゃないんだから。

え、怖い、と思い何回折り返しても、その彼はもう二度と電話に出なかった。その電話の翌日、彼は車で海に飛び込んで亡くなったらしい。そんな一晩で発狂するなんてこと、普通は起きないだろう?電話の最後に「蝉が」と言っていたしあれは何だったんだろう。

その頃から、休職中の彼は、元々はあまり飲まなかった酒と睡眠薬の力を借りて少しだけ眠れるようになってきた。それまではずっとうなされて飛び起きていたのだが、ある晩、ふと、普通に目が覚めた。なんだこれ?ん?ん?ん?目は開いたが体が動かない。寝起きだからか、金縛りなのかもよく分からない。
枕元に誰かが座っている。目だけ動かしてそちらを見ると、初老の男性がニコニコしながら座っている。彼が起きたのに気づいたのか、ボソボソと語りかけた。

「いや、良かれと思ってあの辺に引っ越したんですよ。娘のためにね。娘は学校や都会には馴染めない子だったので、山や自然に触れ合えるようにと思ってね、ローンで家を買ったんですよ。まだローン払い切れてないんですけどね(笑)
でもなんかね、あの山って『忌み山』っていって女は入ってはいけない女人禁制の山だったらしいんですよね。でも麓なら大丈夫かな、ただの言い伝えじゃないかなって思うじゃないですか。
ある時、娘が山の奥深くに入ってしまったんですよ。まだ小学生だったから蝶々とかを追いかけていたのかな?夜遅くになっても帰ってこないから必死で夜中じゅう探したんですけど、見つかった時にはもうあんな感じになっちゃってて。」

あんな感じってなんだよ…。
初老の男性は続ける。

「医者にも見せたし、お祓いもしたんですけどもう助からないって。ただ、普通はその場で絶対死んでるんだそうです。その山でそういうことしちゃうと。女性は。ただ、しばらく生きながらえた。一ヶ月二ヶ月は生きててくれたから、山の人たちが娘のことを許してくれたのかなぁなんて思いますよね。あなたもそう思いますよね?」

何言ってるんだ?

その時、ふと気づいた。このアパート周辺はいつも蝉の声がうるさい。なのに今は蝉の鳴き声が少しも聞こえないのだ。なんで?もう蝉が死ぬ時期?寝る前までは確かに蝉の声がしていた。それこそ、網戸に張り付いてうるさいくらいに。

「いやぁあの子ね、そういうことがあってからというものね、蝉を見つけると取っ捕まえて頭からバリバリ齧るようになりましてね。食べちゃうんですよ。蝉しか食べないんですよ。他のものね、何食べても吐いちゃうんですよ。昔はね、プリン…あっ、あの子プリン好きだったんですよ。なのに、プリンも吐いちゃう。蝉しか食べない。蝉しか食べなかったらね、栄養こないですよね。それでガリガリになっちゃってね、死んじゃったんですよ。当時は私も疑われましたよ。」

うわ、何それ、嫌だ嫌だ…。

「でもね、こうやって時々お友達が来て遊んでくれるからね、この子も浮かばれるというか喜んでますよ。ねぇ?」

俺たちはお友達じゃないですよ…!

「な?嬉しいよな?」

と、なぜかこちらに向かって初老の男性が問いかける。俺はその子じゃないん、だけど?と思った瞬間、タオルケットだと思っていたものは、手の感触をよく確かめると「ガリガリに痩せた何か」だった。うっ…!と言葉を発せず動けずにいると、自分の上に乗っていた、タオルケットだと思っていたものが、ズズズズズ…と手を使わず肩をずりずりと動かしながら体だけで這い上がってきた。それはガリガリに痩せた小さな女の子で、這い上がり自分の顔に彼女の顔が近づくとキスをしてきた。そしてディープキスのように舌を入れてきた。その瞬間、ジャラジャラジャリジャリしたものが口の中に入ってきた。おそらく蝉の一部が。

オエエエエ!とえずく自分の横で、初老の男性がまた一から同じ話を始めている。

「娘のためにね、よかれと思ってね、この辺に引っ越してきたんですけどね…」

そのまま彼は失神した。

翌朝起きると、一晩で人間はここまでやつれるのか、というほど鏡の中の自分はボロボロになっていた。すぐにトイレへ行き一時間程吐き続けた。しかし蝉の破片は出てこなかった。その代わり、タオルケットがくしゃくしゃに丸まって部屋の隅に転がっていた。自分ではそんなことをしていないので、怖くて仕方なかった。

自分が幸運だったのは、すぐに両親に相談したところ、知り合いに拝み屋さんがいたためすぐ対処してもらえたことだ。あの家は本当にヤバイやつだったらしくまだお祓いは続いてはいるものの、命だけは助かった。
ただ、あの女の子に舌を入れられたときの蝉のグシャグシャっとした感触が頭から離れず、スナック菓子はもちろん食べられないし、肉も魚も食べると吐いてしまう。今のところ、ウィダーインゼリーやビタミン剤で栄養を摂っていて、当分社会復帰は無理だと思っている。

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「お前ほんっと、あの家入らなくてよかったな」

改めて、ガリガリに痩せこけた友人に言われたんですって。



おわり