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トラに食われる事故が相次ぐ

 今年に入ってマレーシア国内でトラに人が食われる事故が相次いでいます。11月12日現在ですでに3人が犠牲となってしまいました。


■マレーシアにいるトラとは

 知られているのかどうかはよくわからないのですが、マレーシアに生息するトラはマレートラと呼ばれます。もちろん野生でマレー半島中部にあるタマン・ヌガラなどジャングルの中で生息します。
 
 ベンガルトラよりも小型で、体長は2メートルほど。体重は100キロをそれほど上回らない程度だそうです。
 
 もともとこの半島には多くのトラが生息していました。あのシンガポールにも多くいまして、1831年に初めて人が食われる事故がありました。昔研究で19世紀のシンガポールの『ストレーツ・タイムズ』を読んでいたら、1848年に現在のオーチャードロードで「トラが人を襲った」という記事を読んで驚いたことがあります。トラに襲われることは頻繁にあり、この時代は人間はまさにトラと「共存」していたのです。

 ジョホール州でもトラは多く、20世紀頭までは狩猟が盛んでした。当時のジョホール・スルタンがかつて徳川義親侯爵とトラやゾウを狩ったことでも有名です。

  マレー半島というのはかつてほとんどがジャングルでした。日本にも来た英国の旅行家イザベラ・バード氏も植民地関連庁舎に泊まってトラが吠えるのを聞いたと記録しています。また、ヒョウも室内に入ってきて震えたとも書いています。

 しかし、植民地時代以降、移民が流入してきてジャングルが切り開かれ、街が多くできていきました。もちろんトラはそのジャングルの中で生息し続けていたのですが、年々、マレートラは生息数の確認が減少していきました。

 2014年現在でトラの個体数は多くて120頭。国際自然保護連合(IUCN)は2015年にマレートラを絶滅危機種に指定し、トラは保護対象となりました。2019年には23頭にまで頭数が減ったとの記録もあり、絶滅してしまうのは時間の問題かもしれません。

■クランタン州で襲われる事例が多発

 さて、今年に入ってすでに3人がマレートラに襲われて死亡しています。
 
 場所はすべてクランタン州南部のグアムサン郡。この郡は郡の面積のうち実にほとんどがジャングルなのです。街はいくつかありますが、そこから人里離れた村が散在しているようなところで、道もなく、川で舟に乗っていかないと行けないようなところもあります。

 また、この郡には原住民と呼ばれる「オラン・アスリ」が多く住みます。彼らはもともと定住せずに森の中を点々として生活してきましたが、資本主義の到来でとうとう定住化せざるを得ず、細々とゴムやパーム油のプランテーションで働いている人たちも多い。

 実はこのプランテーションで働いている人がトラに襲われているのです。

 今年5月、同郡東部のポス・ビアイ地区でトラの足跡が見つかりました。夜になると彷徨っていたとの目撃情報がありました。このため、昼であっても外出が怖いとオラン・アスリたちは訴えていました。
 
 ところが、10月に入るとオラン・アスリの男性(25)が行方不明になります。ポス・パシク地区で左足と頭部のない遺体が発見されました。オートバイが近くに停めてあって、この男性の遺体とわかったのです。左足と頭部は食べられてしまったようです。
 
 さらに、11月に入ってゴム農園で立て続けに労働者が襲われます。9日にインドネシア人(42)が襲われ、人体の肉片が500メートル四方にわかって散らばっているのが発見されました。

 また、その2日後にミャンマー人男性(22)がゴムの採取作業をしていたところ、後ろから襲われて首を噛まれました。この男性は近くの丸太検査場まで逃げ切って病院に搬送されましたが、その後に死亡しています。

 野生動物・国立公園局は監視カメラや罠を設置して、トラの捕獲をしたい考えですが、それほど簡単ではありません。なにせ広大なジャングルを行き来しているわけで、どこに出没するのかはわかりません。

 ただ、日本で最近クマが出現するのと同じく、ジャングルの中でトラもおそらくエサを取れなくなっているのだと思います。そのため、トラにとっては危険な人家近くに来て襲うのでしょう。襲ったトラを射殺するわけにはいきません。なにせ絶滅危惧種に指定されてしまっているのですから。

 といっても、根本的な対策も見つからず、同局も困り果てているのではないでしょうか。

 トラとの共存は難しく、野生であるため、人を見つければ襲っていくでしょう。となるとどうしたらいいのか。鶏や牛といった動物をジャングルの中に放して行ってしまえば、これまた生態系が崩れるかもしれません。豚やイノシシあたりは野生はどこにでもいるので、これを大量に放し飼いにしていくという手があるかもしれませんが、人里にトラが来ないという保証はありません。

 いずれにしても、難しい対策が迫られています。


 

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