【小説】[5]感情スイッチ(『僕のファーストテイク』)

僕の"感情スイッチ"が故障してからだ。僕の体調の波が不安定になり出したのは。
それまでは、安定していて、不調を来すことは滅多になかった。たまに体調を崩しても、"オーバーヒート"しているだけで、適切な処置(一時的な休息)を行えばすぐに回復した。

……だけど、今考えれば、"オーバーヒート"を感知する機能がうまく働いていなかったのかもしれないとも思う。それこそ"感情スイッチ"の設置が原因だったのかもしれない。


「ーー一樹君って、なんでいつも冷静でいられるん?
俺なんか、人前に立つと声が裏返ったり、手足が震えたりして恥ずかしいよ……。」

僕がまだ小中学生の頃だったか……。友人からそんなことを言われた記憶がある。

「ハハ。僕も緊張するし、話す内容飛んじゃうことばかりだよ。」

その友人は、今度全校生徒の前でスピーチをしなければならないのだが、うまく喋れないことを不安に感じていた。

「あれだけ喋れるならいいじゃん。だって先生達も評価してるし。
俺とは段違いだよ。」

僕は彼に言った。

「自分を"ロボット"みたいに操作したらいいんだよ。」

「ハハ、ロボット?えっ、どゆこと?」

その友人は、僕が冗談を言っているとでも思ったのだろう。僕は悩む人がいれば、元気づけようとする癖があった。

「たぶん、練習してる時はうまくできてると思うんだよね。練習でうまくいってないなら話は別だけど。
まずは、話のポイント、要点だけ記憶させるんだ。次に強調するところだけ大きな声で言ってみる。
基本はそれだけ。」

「ハハ、それだけならすぐに話が終わっちゃうじゃん。一樹君はあんなに長々と話ができるじゃん。」

「あとは覚えてることだけ話せばいいよ。大事なことは紙を見て話してもいいんだから。それに……」

僕は一通り自分なりの対処法を伝えた後に、こう付け加えた。
「恥ずかしいという"感情スイッチ"を切ればいいんだよ。」

「ハハ、なにそれ?」

「ロボットってスイッチ押したら、設定通りに動いてくれるよね?それって、"人から見られて恥ずかしい"みたいな"感情"がないからだと思うんだよね。
だから、音と情報(話す内容)だけを記憶して、それだけ実行すればいいんだよ。」

「ハハ、なんかおもしろいね。俺が考えないこと考えるんだね。」

ラジカセに自分の声を録音し、それを聞いては修正する。特に未就学児だった頃、そんなことをやって遊んでいた時期がある。
自分自身をラジカセにしてしまえば、失敗しないと考えていた。その頃には、ラジカセを使うことなく、声出しと脳内シミュレーションでその"遊び"をできるようになっていて、ラジカセになったつもりで話す習慣がついていた。

「まぁ、何回かやってたら、"こんな感じ"みたいなのが掴めると思うよ。少なくとも僕はそうやってる。」

「ハハ、でもなんか聞いてるとできそうな気がしてきたよ。ありがとう!」


その頃は、自分が"ロボット"になれたような感じがして、気分良く過ごせることが多かったように思う。うまくバランスが取れていたのだろう。
僕の"感情スイッチ"は、この程度の使い方までにしておけば良かったんだろうなと思った。


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