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映画『シング・ストリート』にみる、「挑戦」の意義

映画概要

『Sing Street』(2016)はアイルランド出身の映画監督、ジョン・カーニーが脚本・制作・監督を務めた音楽映画である。物語の舞台は1985年の大不況時のアイルランド・ダブリン。

主人公の男子高校生コーナーが、一目惚れした女の子(ラフィナ)の気を引くためにバンドを結成し、音楽活動に没頭する青春の日々を描く。。。

シング・ストリート公式サイトより

映画の特徴

この映画の特徴は80年代のロンドン・ロックをふんだんに盛り込んでいることである。当時のファッション・カルチャーを完璧に再現していることから、懐かしさを感じる観客もいるはずだ。

劇中で複数披露されるオリジナル楽曲も、当時の流行にインスパイアされており完成度は高い。なおかつ綴られた歌詞は、主人公の心情や展開の解釈を助ける役割も担っている。

テーマ:コーナーの3つの挑戦

本稿にて焦点を当てる対象は劇中で主人公コーナーの3つの「挑戦」である。そして彼の挑戦がもたらす変化から、ジョン・カーニー監督が本作に込めたメッセージを解釈していくことを目的とする。

挑戦① ラフィナへのMV打診

まず本作を鑑賞した者であれば誰しもが思いつくであろう、最初にして最大の「挑戦」はコーナーがラフィナに駆け寄り、まだ組んでもいないバンドのM V出演を打診したことである。

既成事実を作り、そこからメンバーを集めていく。女性に近づく方法としては大胆とも言える行動である。。。

イギリスでモデルになることが目標と言うラフィナに、コーナーはM V出演経験はマストと唆す(?)。結果的に彼の勇気が功を奏し、無事メンバーを集めてラフィナとの撮影に至る訳だ。

この瞬間から彼の青春がスタートする。

劇中にてコーナーがラフィナにMV出演の打診を行う様子


ここで注目したいのは何がコーナーを突き動かしたのかである。単純にラフィナに一目惚れし、考えるよりも先に身体が動いていたのかもしれない。

いやそうではなく、彼は瞬時にここで動いたら人生が変わるかもしれない、という衝動に駆られたのではないだろうか。


というのも、私立の高校からイエズス会系の公立高校に転向したばかりの彼を取り巻く環境は「最悪」と言えるものであったからだ。父親の失業、両親の別居、学校ではいじめや体罰が横行していた状況であったのだ。「日々の現状を受け入れたくない、俺の人生はこんなもんじないぞ」という気概があったのかもしれない。


バンド結成以降、コーナーを中心とするバンドメンバーは学期末のギグを目標に作曲や練習の日々を過ごす。カッコイイ音楽を作るために、友達と夢中になりながら作曲し、曲が仕上がればラフィナに声をかけM Vの撮影をする。どんなに最悪な環境であったとしても、前向きに好きなことに熱中していく彼らの姿は爽快であり、美しさですら感じさせる。

彼の次の発言からも今を生きる姿勢が受け取れる。

“It’s just how life is, I’m gonna try and accept it and get on with it.”

新たな目標


ある日、いつもの通りコーナーとバンドメンバーで親友のエイモンが作曲していると、エイモンから次のことを提案される。それはコーナーが先にイギリスに行き有名になり、自分たちバンドメンバーをその後呼ぶということだ。コーナーは「いいね」と少し誇らしげな笑顔と共に約束する。


当初からロンドン・ロックに傾倒していたコーナーが、イギリスでモデルになることを夢見るラフィナと知り合いバンドを始め、そして今やイギリスに行くことでバンドメンバーを引き上げる目標までできた。コーナーとラフィナ、そしてバンドメンバーを繋ぐ「音楽」。この音楽だけが彼らに自由と希望を与えてくれるのだ。

挑戦② ギグ

そしてギグ本番。彼の2つ目の挑戦だ。

ライブハウスの役割を果たす学校の体育館は、薄暗さの中に間接照明の温かい黄色の光によってステージが照らされている。プラン通りにバンドは仲間との青春が詰まった楽曲を披露していく。そして最後の演奏曲は「Braun Shoes」だ。

この曲はシングストリート高校、とりわけ体罰を行う校長をテーマにしている。そのため、演奏前に校長からそんな曲を披露したらバンドを続けられなくなると忠告を受ける。

さあ挑戦の時である。コーナーはバンドメンバーと今回が最初で最後のギグとなる覚悟を決め、渾身の一撃を曲に載せて校長に向けて、いや、自分らを取り巻く社会に向けて放つのだった。

『BrownShoes』によって会場のボルテージが最高潮に達している中、体育館のドアをゆっくりと開いて女性が現れる。ラフィナだ。彼女は音楽に興奮する群衆をかき分けながら、Sing Streetによるギグの成功を認識する。先頭までやって来ると、曲調に合わせ全身を動かしながらバンドの演奏を楽しむ。


ギグでの演奏


無事全曲披露したメンバーは互いを抱擁し合い、ショーの成功を祝う。すると場面は切り替わり、闇夜に手を繋ぎ笑顔で駆けながら会場を後にするコーナーとラフィナが映し出される。

二人の目からは、現在の地から抜け出し、新たなステージへと向かう希望そのものを感じる。ダブリンとは二人の始まりの地であり、夢のために抜け出さなくてはならない場所である。

体育館を颯爽と後にする二人

全てをやり切り、あとは自分たちを縛るものは何もない。コーナーはラフィナと自宅に着くと急ぎ足でボストンバッグには必要なだけの服を詰め、歌詞を記した紙っベラ2枚をジャケットのポケットに入れるとギターを片手に自室を後にする。両親の寝室に入り、寝ている二人を起こさぬように小棚から自動車の鍵をひっそりと手に取る。

「愛してるよ、お母さん」と囁く。彼は今生の別れと認識しているようであった。いや、そこまでの年月とまでははなくとも、当分の別れとの心持ちであったに違いない。

挑戦③ 出航

ここで最後の3つめの挑戦『出航』である。


引きこもりの兄、ブランダンに自動車の運転を頼み、深夜にこっそりと家から、町からの脱走を試みる二人とそれを援助する兄。港まで向かう旅路の三人の表情は気楽さと新しい世界へ旅たつ興奮と若干の緊張を醸している。この瞬間は、長い間実家の門から足を踏み出すことができなかった兄ブランダンにとっても、一歩踏み出すきっかけとなったのだ。


祖父のボートが綴りつけられている港につくと、ブランダンはコーナーに歌詞が記された三度折りほどされたやや萎れた紙を手渡す。ある男女についての歌詞であり、曲をつけて欲しいと。コーナーとラフィナは順番にブランダンと抱擁し合うと、とうとう出発の時がやってくる。


小型ボートであるものの、二人にとっては十分なスペースがある。しかし悪天候と激しい波が二人を覆う。ずぶ濡れになりながらも、コーナー・ラフィナにとっては祝福のシャンパンファイトのようなものである。


彼の目が捉えているのは、ラフィナと、イギリス諸島で待っている新たな挑戦だけである。エンディング曲であるマルーン・ファイブの『GO Now』が流れ始める。

待っていろよ、イギリス。と言わんばかりのコーナーの不敵な笑みがクローズアップされて物語は終わる。

ボート上からイギリスを捉えるコーナー(オフィシャル予告編より)

制作者の思い

エンディングソングである『GO Now』曲名からも理解できる通り、「今踏み出さなくては、いつ行くんだ。」と背中を押してくれる曲だ。

そしてエンドロールに入る前に、監督ジョン・カーニーからの一言。

『全ての兄弟たちに捧ぐ。』

これはどんなにひどい環境にいても夢を信じてやまない、相棒(挑戦者)に向けていると解釈する。この映画が監督の半自伝的映画であることも、鑑賞者に勇気を与えるのではないだろうか。

すなわち、コーナー(ジョン・カーニー)はイギリスで成功し、音楽映画を撮影するほどになるということだ。(実際に彼はすでにシングストリートを含む計3作品を制作し、全ての作品で大ヒットを記録している)。

結論

本稿ではコーナーの3つの挑戦、
①ラフィナへのMV打診
②ギグ
③出航
をもとに、映画『Sing Street』に込められたた意味を解釈してきた。

結論として、本作品が我ら観客に伝えているのは、環境に左右されず、自分の好きなこと・夢に向かって突っ走る「挑戦」の大切さであると考える。

コーナーの3つの挑戦は、②ギグを除けば勢いに任せて行動に移しているとも考えられる。これは彼の若さや失うものの少なさが故と言ってしまえばそれまでだが、筆者はむしろ彼の欲求への正直さに注目するべきだと思う。つまり、その瞬間にやりたいことを我慢せず直感で選択・実行していくことである。

大人になるにつれて、人は我慢することに慣れて、周囲や社会に合わせることを学ぶ。日常で例を取るならば、行きたくない飲み会にいくことや、元々の予定をキャンセルして残業に終われることなどである。これらは誰もしも一度は経験したことがあるのではないだろうか。
確かに他者に気を使えることが出世や交友関係を円滑にすることも否定しない。しかしそれを当然と認識するがあまり、どんな状況でも自分<他人となってはいないだろうか。

コーナーの矢印は自分に向いており、不器用ながらも、気になったものに手を出してみる。そのような姿が観客の心を引くのだろう。

「ロックンロールはリスクだ。嘲笑されるリスクを伴うんだ」とコーナーの兄、ブランダンは言う。

たとえ嘲笑されるとしても、辛い状況にいる人ほど、少しの挑戦で自体は好転するものかもしれない。

夢を追う挑戦者たちのこれからのますますの健闘と発展を祈るともに締めくくりたい。

  • 出典

  • 『Sing Street』(2016)

  • シングストリート公式ホームページhttps://gaga.ne.jp/singstreet/

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