プロ作家の私を狙っていた悪人(今はノーマーク)
その時私の目に飛び込んできたのは、大きく胸の開いたドレスでした。彼女たちは今まで私が体験したことのない香りを身にまとい、体をすり寄せてきます。
ある女性は私の頬を指で突いたり、顔を覗き込んだり、中には太ももを私の脚に絡める子までいて、女性に対して免疫のなかった私はそれだけでパニックに陥るほどでした。
こんにちは。スランプ中のプロ作家、イーサンチャップマンです。
今回は、私が売れていた時代に会った「私を狙っていた悪人」の話です。今回は残念ながらフィクションなので現実とはまったく関係がありません。全部100%創作の出鱈目です。そういうことにしてください。
頼れる兄貴 山本さん
その男を仮に山本さんとします。彼とは出版の仕事で出会い、編集さんなどと複数人で食事をしたりする程度の仲でした。しかしある日「今度2人で飲みに行きませんか」と誘われます。彼に悪い印象を持っていなかった私はOKをし、新宿で飲むことになりました。
2人きりで飲む時の山本さんは随分と気さくで饒舌。年も私より10歳ほど上でしたので、頼れる兄貴的な存在に感じました。まだ酒を飲むのに慣れていない私に「ホッピーはかき混ぜない方がうまい」とか「ここのホルモンは絶品」など様々なことを教えてくれました。他の編集者さんよりもずっと距離が近く、友達のような感覚になったのを覚えています。
彼は金払いが良く、いつも奢ってくれました。店までの移動はBMWで、助手席に私を乗せます。夜に飲み始め、朝まで一緒ということも珍しくはありませんでした。彼はコインパーキングに駐車したBMWの中で仮眠を取り、そのまま仕事に向かっていました。とんでもないバイタリティです(飲酒運転にならないように気を使っているようではありました)。
初めての六本木の女
山本さんは小さな編集プロのような会社に勤めていて、私に執筆を依頼したい様子でした。当時多忙だった私はそれを断ります。ようするに接待で飲みに連れて行って貰えているだけだったのですが、私にはそれが「接待」だということもわからなかったのです。
普通の居酒屋では仕事を受けないと思ったのでしょう、彼は私を六本木に連れていくと怪しいビルの中へと誘導しました。中に入ると広々としたフロアに、たくさんのドレス姿の女性がいるではありませんか。そこは所謂高級クラブだったのです。
私はキャバクラなどに行ったことがなかったので、面食らいました。最初に感じたのは恐怖でした。女性のいるお店ではボッタられると考えていた私は、何かのトラブルに巻き込まれるのではないかと冷や汗をかきます。しかし黒服の男性は礼儀正しく頭を下げ、首元にある小さなマイクで何かをは話すと私たちを席に誘導しました。不安気な私に山本さんは「大丈夫です、僕の奢りですから」と笑いました。
席に着いてまず思ったのは、テーブルとソファが近くて狭いなということでした。窮屈なボックス席に座ると、すぐに女性が数人やってきました。
「はじめましてーXXですー、失礼しますー」
両隣に女性が座ります。その時私の目に飛び込んできたのは、大きく胸の開いたドレスでした。彼女たちは今まで私が体験したことのない香りを身にまとい、体をすり寄せてきます。なるほど席が狭いのは密着しやすいようになのですね、考えられています。
「山本ちゃんお久しぶりー。最近顔見せなかったわねー」
ドラマの中でしか聞いたことのないようなベタなセリフを女性たちは口にします。どうやら彼はここの常連のようです。
「イーサンはね、将来大作家先生になる才能の持ち主なんだよ。だから今のうちに媚びを売っておきなさい。わはは」
えー、本当にー? すっごいー、などと言いながら、女性の視線が私に集中します。ある女性は私の頬を指で突いたり、顔を覗き込んだり、中には太ももを私の脚に絡める子までいて、女性に対して免疫のなかった私はそれだけでパニックに陥るほどでした。
「大先生、飲んでくださいー」
私は飲めないウイスキーを大量に飲まされ、酩酊状態になりました。楽しいというよりは、居心地が悪く早く帰りたいと考えていました。
女性に耳元で囁かれ••••••罠
店が終わり、アフターということでキャバ嬢の女性1人と食事に行くことになりました。イタリアンレストランに入ると、朝だというのに六本木では酔っぱらった大人たちがさらに酒を飲み、女の子をどうにかしてホテルに連れ込めないかと算段しているようでした。
私はそこでさらにお酒を飲まされ、店を出るとフラフラになりながらタクシーに乗せられました。一番奥に私、真ん中に女性、その隣に山本さん。
「この子、朝まで働いていて疲れているみたいですよ。先生、マッサージしてあげてください」
意味がわからず黙っていると、彼は「では僕がお手本を見せます」と言って、彼女のお尻を撫で始めました。女性は嫌がる素振りなく、それを受け入れます。
「ねえ先生、お願い……」
キャバ嬢の女性はそう耳元で囁いてきました。私は大人はこういうものなのか、という気持ちで少しお尻をマッサージしました。その時に下心は……無かったとは言えません。しかし、それはどう見ても、恐る恐るのマッサージでしかありませんでした。
タクシーは駅に着き、私はそのまま電車で帰宅しました。
後日、また山本さんに誘われ焼き肉を食べていると、彼は携帯で撮影した動画を見せてきたのです。
「先生、これ先日の。ほら、酔っぱらって女の子のお尻触ってますね。これはね、犯罪ではないですね。同意の上ですものね。でもイメージがありますよね。こういうのって流出したら困りませんか? ところで、執筆お願いできますよね?」
正直、高級クラブにまで連れていかれて断りにくいなと考えていたのですが、彼はそれ以上の方法で仕事の依頼をしてきたのです。驚きもしましたが、自分がそこまで必要とされていることに嬉しさも感じました。そんなことまでして自分の原稿が欲しいのであれば、彼の仕事を受けるべきであろう。しかし、こんな手段を使ってくるということは、今後は油断できないなと思いました。
「わかりました、書きます」
私は彼からの仕事を受けました。お祝いに今度はランジェリーパブに誘われましたが、もうそれは大丈夫と丁重にお断りさせて頂きました。
消えた悪人 そして
しかしそれからいくら経っても山本さんからの連絡はありません。メールを送っても返事がこないのです。スケジュール調整をしたいのに、何をしているのでしょうか。私から彼の会社に連絡を入れると、彼は退職したというではありませんか。せっかく原稿を引き受けたというのに、なぜそんなことになったのでしょう?
後で聞いた話によると、彼は会社の金を使い込んでいたというのです。その金でBMWを乗り回したり、必要以上の接待を数々の作家に行っていました。悪事はバレましたが、事を大きくしたくなかった会社は彼を自主退社という扱いにしたというのです。業界の中で彼に関する話が広まり、しばらくは仕事ができなさそうだなと思いました。例のマッサージ動画が流出しないことを祈りましたが、私は週刊誌に売って金になるほどの有名人ではなかったのでその心配は杞憂となりました。
数か月後、新宿を歩いているところにベンツがやってきました。やたらと近づいてきたので不審に思っていると、スモークの窓が開き山本さんが声をかけてきました。
「先生、お久しぶりです! また今度暇になったら飲みましょう! お仕事もお願いしますよー!」
彼はあの頃と変わらない調子でそう言うと、大きなエンジン音を立ててどこかに走り去っていきました。彼はまだこの業界で元気に活動をしていたのです。
業界には悪い人がいるものだと私は震えましたが、実は彼はまだ優しい方でした。さらに恐ろしい人物とも出会うことになるのですが、それはまた別の機会に……。
今回の自己評価
またしても構成を考えずに書いてしまった。当時のことを振り返ると、本当に色々なことを思い出す……いや、フィクションだった。山本さんは業界の色々なことを知っていて、あの作家は実は……なんて裏話も教えてくれた。とてもじゃないけど口にできないものばかりだ。悪人というのは言い過ぎたけど、それにしてもよく彼は捕まらなかったな。ところで編集プロって何をしてるのか実はよくわかっていない。さらに言えばあの人、本当に編集プロの人だったのだろうか。また人のお金で焼き肉が食べたいな。そんなことより、家賃給付金が全然振り込まれる様子がない。はぁ。
また面白い物語が書けるようになりたいのでサポートお願いします。本当にそんな日はやってくるのか?