失恋するということ。

7年3カ月17日。私の長い長い青春に、別れを告げてきたところである。

なんやかんや悩んできて、でもふっと自分の特質に関して自覚が芽生えた瞬間に「別れよう」と思い立って、5カ月ぶりに彼の家を訪ねた。駅前のパン屋で買ったフレンチトーストを食べ、彼に促されてやっと、重い口が開いた。結論として私はもうこれ以上は続けられないと思っていること、そしてその原因が、私にも彼にもどうすることもできないことなのだということ。泣きながら伝えて、彼は一言、「わからないなぁ」と言った。私はそれに対して、何も答えることができなかった。そして彼はたった一つだけ、私に尋ねた。「俺がどんなに頑張ってもどうにかなる問題じゃないってことなんだね?」

私は静かにうなずいてしまった。

「そっか。じゃあ、しょうがないね。」そう言われて、涙が止まらなかった。それから二人で何時間も泣き続けた。なんでこんなに泣いているのかわからなくなるくらい泣いた。「泣きたいの俺の方なんだけど」ごもっともだ。でもそう言われてなぜか余計に泣いた。泣いて泣いて、それでもなお泣きながら、これだけは伝えなきゃいけないと思って、「彼女らしいことろくにできなくて、最後までこんな私のわがままで終わらせてごめん。こんな私を好きになってくれて、7年間も好きでい続けてくれて、ありがとうございました。」それからまたひとしきり泣いて、きりがないからもう行くねと、立ち上がった。

彼は駅まで送ると言って、その言葉に甘えた。玄関で靴を履いて、ドアを開ける前にハグをした。人との触れ合いが苦手な私が、唯一心を許した相手であったことに気が付いた。

家を出て並んで歩き始めて、7年間で一度も自分から手をつないだことがなかったことを思い出した。デートに行っても自分から手をつなぐことができないとずっと悩んできたけど、ここから駅までが最後のデートだ、最後くらいはいい思い出になるようにしたいと思って、初めて自分から手を差し出した。彼がふふっと笑って、黙って手を取って、繋いで歩いた。

なんで私はこんなことが7年間もできなかったんだろう。

後悔した。別れて後悔するだろうなーとは思っていたけれど、こんなに早く後悔するとは思わなかった。泣きながら、いろいろな話をしながら駅まで歩いた。中1なんてまだ世の中の何も知らないガキだったねとか、引っ越して近くなったら立川あたりでばったり会うかもねとか、その時は声かけてよねとか、南大沢に来るのもこれで最後だなとか、いやでも君たちの仲間内でイジリで南大沢行こうってなりそうじゃない?とか、あり得そうだからやめてとか、両親とかじいちゃんばあちゃんにもお世話になったからよろしく伝えておいてねとか、そんな話をした。

改札の前に着いて、繋いでた手を離して、もう一回握手して、二人とも涙で真っ赤に腫れた顔で「ありがとう」「元気でね」と言った。改札を通ったらもう振り向かないと決めていた。振り向いたら揺らぎそうだったから。まっすぐ、エスカレーターに乗ってホームに降りた。

帰りの電車の中で、仲のいい友人3人にだけ「お別れしました」と報告のラインを送って、新しいインスタのアカウントを作った。彼と遊びに行った投稿を消すのも何か違うなと思ったから、新しいアカウントでイチからやり直そうと思った。

家に着いて、コートのポケットから鍵を取り出して、そういえばこのキーケースもお揃いだったなと思った。彼が沖縄旅行に行った時にお土産でもらったかわいいシーサーのストラップも付いていた。鍵を開けてドアを開けて部屋に入った瞬間、マグカップ、ぬいぐるみ、メガネ、本、ノート、手紙、部屋中に彼からもらったものや彼と一緒に買ったもの、ありとあらゆる思い出の品が目に入って、こらえきれなくなって泣き崩れた。隣の部屋とか何も気にせずに、声をあげて泣いた。嗚咽が止まらなくて、どうしようもなくて、子どもみたいに泣いた。後悔の二文字しか頭になかった。

少し落ち着いてから、腕時計を外して、指輪を外した。指輪は、もらった時の箱に戻して、そっと棚に置いた。スマホをいじりながら、そういえばこのカバーもプレゼントだったなと思った。

中学の時の手紙と交換ノートを見返して、高校から続いていたラインのトークも見返した。長かった。読み返しきれなかった。もともと頻繁に連絡を取り合う仲じゃなかったけど、それでも全部は読み切れなかった。それだけ長い時間だったんだと、それだけ長い時間を私は終わらせたんだと気づいた。それから写真のフォルダも見返した。そこに映る私は、とても幸せそうな笑顔をしていた。もうここに写真が増えていくこともないんだと思うと、また涙が止まらなかった。

彼の家で、別れを告げていなかったらどうなっていただろうかと考えた。ただ単に自分が自分の性別の特性に気付いたということだけを伝えていたとしても、今までと状況は変わっていなかったと思った。これだけの後悔に襲われているのは、あくまで別れを決めたからであって、そうでなければこれほどまでに彼の存在の大きさに気付くこともなかっただろう。よく「失って初めて大切さに気付く」なんて歌詞や小説を見聞きして、意味が分からないとすら思っていた。でも今、痛いほどよくわかる。全部、気づくのが遅かった。手放してはいけない存在だったのだと。それを自分から手放したから、後戻りもできないことにも、いまさらになって気づく。もう、遅い。

この後悔は、いつまで続くのだろう。明日学校へ行ったら、友人に会ったら、何か変わるかな。来週、親友と飲んだら、変わるかな。明日になったら、どこまでこの目の腫れがひいてるかな。マシになってるといいな。今夜は、蒸気でホットアイマスクをして寝よう。

もう、恋なんてしない。

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