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Eternal Column Vol.5 ゲームの世界が現実世界より大切だったころの話

ゲームはゲーム、例えゲームが好きだったとしても現実世界を中心に人生を生きている人が大半だろう。
しかし俺の場合は全く逆でゲームの世界が人生の中心だった。
その場合は勿論現実世界がゲームの二の次になっていた。
今回のEternal Columnではそんな狂ったゲーム中心だった世界について書いていこうと思う。


音ゲーソシャゲ廃人だった頃

俺はゲームの中でも音ゲーが1番好きだ。
音ゲーマー層の中ではあまり上手ではないが、自分なりに楽しく遊べているとは思う。
そしてこのソシャゲ戦国時代の中、音ゲーのソシャゲも多数存在している。
特に有名どころの音ゲーはアクティブ数も多くサービス開始から何年経過しても盛り上がっている印象だ。

そんな俺のソシャゲ全盛期は2017年、約5年前だったと言えるだろう。
当時は音ゲーのソシャゲを5つも掛け持ちをし、各々ソシャゲ内のイベントをこなしていた。
音ゲー以外のソシャゲも複数していたのでそれはもうシャレにならないくらい忙しい日々を過ごしていた。
そんな生活が出来たのも現実世界で面白いことが何もなかった上に誰も相手にしてくれなかったからなのかもしれない。
普通の現実世界を軸に生きている人から見たら非常にありえない廃人生活をしていた。

各ゲームのイベント期間はスケジュールアプリで管理していた。
いくら廃人生活といえどフルタイムの仕事はしていたので何かの拍子にイベント終了日を失念して報酬を取り損ねたら元も子もないからだ。
現在5年前のスケジュールを見ながらこのコラムを書いているが、大体のソシャゲでのイベントの時期が被っているように思えた。
イベントの開始日もしくは終了日が同じソシャゲが多かった。
ごくまれにではあるが、イベントの開始日と終了日がどちらも被っていると言うこともあった。
そんな時はどちらのソシャゲも同じように走らなければならなかった為確実に大変だったであろう。
残念ながら5年も前の話なので何がどう大変だったかはあまり覚えていないが。

そんな俺もソシャゲの掛け持ちをとうとう辞めることになってしまった。
2018年、いくら音ゲーが好きでも同じことの繰り返しばっかりしていることがやっと分かりほとんどのソシャゲを辞めることになった。
いくら現実世界で誰からも相手にされない暇人でもそんな生活に飽きてしまったのだ。
俺はADHDで夢中になりやすい特性ではあるが、逆に言うと冷めると何もしなくなる特性も入っている。
仕事で貰った給料はほとんど課金に費やすことを2018年の目標にし、課金ノートも用意していたが、その課金もほとんどすることなく終わってしまった。
それはそれでいいことなのかもしれないが…。


とびだせどうぶつの森廃人だった頃

ほとんどのソシャゲで遊ばなくなってしまいしばらく放心状態だった俺は、よく電気屋のゲームコーナーやおもちゃコーナーでウィンドウショッピングをすることを日課にしていた。
当時の職場から近くの場所に電気屋があったため、昼休みになるたびに通っていたのだ。
元々昔からゲームが好きだったが家が厳しくゲームが存分に出来なかった幼少期を過ごしていた。
そんな家が嫌になって生まれてから干支が2周したときに決死の思いで家出をして数年経過していたが、未だに好きなことがまともに出来ていない自分に嫌気がさしていた。
「周りの人は好きなことを好きと言って楽しんでいるのに…」
当時の俺は後悔と憎悪に満ちた生活をしていた。

そんな生活になってしまったのは、慣れない一人暮らしに悪戦苦闘していた上に誰にも助けを求めれる性格ではなかったからだ。
お金の管理も持ち物の管理もまともに出来なかった。
そのためまともに好きなゲームを買うことすら出来ず電気屋で永遠にきらびやかなゲーム達を眺めることしか出来なかったのだ。

そんな中、昔好きだったゲームのシリーズ「どうぶつの森」の新作が発売されると発表された。
これを機にゲームを再開しようとは思っていたが何度も延期発表があり、いつ新作が発売されるか分からなかった為1つ前のシリーズである「とびだせどうぶつの森」で遊ぶことにした。
お金はないが支払いを未来の自分に託してクレジットカードで買ったのを覚えている。

それからはずっととびだせどうぶつの森(以下、とび森)で遊んでいた。
どこにも居場所がなく辛い現実世界から逃げ、毎日優しい世界のとび森をメインの軸に置いて過ごしていた。
どうぶつたちとコミュニケーションを取り、イベントを楽しみ、孤独な俺をずっと癒してくれていた。
どうぶつの森シリーズで遊んだのが数年ぶりと言うこともあり、毎日新しい発見だらけで楽しかったのを覚えている。
気付けば1年で800時間もとび森で遊んでいた、1年の内1か月以上も遊んでいた計算になる。
どれだけ俺がとび森に執着していたかが分かるだろう。


あの頃は楽しかったけど戻りたくは…ないかな

結局とび森は2年半ほど遊びつくした後に卒業した。
誰かから辞めろとも言われていなければ当時既に発売されていたあつまれどうぶつの森をすぐに始めたわけではない。
ただ心の底からとび森を十分に楽しんで自分の中で納得した結果だった。
家が厳しくてゲームも満足に遊べなかった悲しい幼少期だったが、とび森を遊び倒してどうぶつたちから笑顔と元気を貰ったら俺のインナーチャイルドも癒されたようだ。
画面の中ではあるけどあの頃の住民に感謝をしたい。

そしてそんなゲーム中心の生活はとても楽しかった。
楽しかったが同時にもうあの時みたいにゲームの世界に固執していたころには戻りたくないとも思う。
勿論今でもゲームはしているし、どうぶつの森の最新作である「あつまれどうぶつの森」はほぼ毎日遊んでいる。
ただそこまでゲームの世界に対して神経質になったり固執したりはしていない。
年齢と共に精神的にも熟したのもあると思うが、現実世界を生きている中で大切なものを見つけたからだ。
やはり現実世界がある程度充実していたら他の事に対して執着をする必要がさほどないと言うことなのかもしれない。

ゲームの世界がいくら楽しくても現実世界が悲しいものであれば、あの頃には戻りたくないと思う。
とび森で過ごしたことが良い思い出となっているのは確実ではあるが。
もしかすると自分と向き合うために俺にはそういう時期が必要だったのかもしれない。
インナーチャイルドを癒さない事には例え現実世界が楽しいものであっても前に進めないからだ。
俺は今後もずっとゲームをしながら生きていくことになるだろう。
だが現実世界を大切にしつつ、ゲームに執着ばかりせず良い距離感で遊んでいきたいと思っている。

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