見出し画像

訊かれなくても、話そうよ。

カタカタカタカタ。

キーボードの上を指が走る。

2年目の終わりにして、自分の書くプログラムのまずさがようやくわかってきた。

とにかく動けばいいと高を括って、なんの工夫もない乱雑なコードをエディタに書き殴る。
こんなものを後から見て、分かりやすいとか、直しやすいとか思う人はきっと一人もいないんだろうな。
まあ、それも悪くないか。ユニークだし?

そんな見られたら怒られてしまいそうな思考を机の下にひた隠しながら、1人黙って粗雑なものを作る。

出来上がり。
僕は何度かミスタッチしながら、コンパイルコマンドを真っ黒なウィンドウの中に打ち込む。

頼む、成功してくれよ。。

祈りながら、エンターキーを押した。


「うるさいなあ」

正面に座る一つ上の先輩にどやされた。
僕は「あ、すみません。つい。」と気の無い謝罪をする。

「お前、キーボード打つ時の音すげえでかいよな」

この話、続くのか、と少しだけ辟易しながら「癖で。申し訳ないです。」とまたも気の無い謝罪をする。

「まあいいけど。」
先輩は諦めたようにモニターに視線を落とした。

キーボードを叩く音が大きくなったのは、仕事をしていると周りにアピールをしたかった頃の名残。
あまり仕事をもらえていなかった頃、僕は「仕事が欲しい」という意味不明な発言をしながら、大きな音を出して議事録を書いていた。
まあ、今となっても暇より仕事がある方がマシだと思うけど。

新入社員時代の苦い記憶をうっすらと思い出していたら、いつの間にかコンパイルは終わっていた。

『BUILD SUCCESS』

緑色に光ったその文字を見るやいなや、僕は間髪も間爪も入れずに、机の下に隠した「まあ、それも悪くないな」を蹴っ飛ばして帰り支度を始めた。



「お疲れさん!」

会社近くの居酒屋、同期と乾杯をする。
ど平日の夜でも飲み屋はまあまあ賑わう。それでもやっぱり金曜日と比べると活気が落ちるような気もする。

そんな憂鬱と楽観が入り混じった空気の中で向かい合うのは、会社の中で唯一ちゃんと気が合うと思っている人。
二人で飲むのは久しぶりだった。

彼は今、すこぶる運が悪いらしかった。
大事な時に体調を崩すわ、久しぶりにかけたメガネを壊してしまうわ、楽しみにしていたCDの配達先を間違って最近別れた元カノの家にしてしまうわで、踏んだり蹴ったりだったそうだ。

話を聞いて、僕はなんとかポジティブな返しをしようと試みた。
例えば、普段かけないメガネなんて壊れても大した不便はない。むしろこれを機に、たくさんかけたくなるようなメガネを買えばいい、みたいな。
薄っぺらな慰めである。

そんな僕の見えすいた慰労も、確かに、と聞いてくれるから仲良くなれているのかな、と思った。

その後、お互いに自分の話を散々に聞かせ合って解散した。



僕は、大量に飲んだ酒が脳を溶かしているような感覚を味わいながら、なんとか家を目指した。

駅を出て、横断歩道を渡って、コンビニに入って水を買って、曲がり角を曲がって家が見えてきたところで、

「やっぱり会話って、自分の話を聞いてもらって、他人の話を聞くものだよな」

という、しょうもない気づきを得た。


自分のことをたくさん話す人が好きだ。と、僕の酔った脳が勝手に僕の好きを決定した。


自分のことをたくさん話して、相手が自分の話をしてもいいんだって思ってくれるような話し方をしよう。そんでそういう聞き方をしよう。と、僕の酔った脳が勝手にそう決意した。



次にキーボードの音がうるさいと言われたら、「実は新入社員時代の苦い経験から。。」とか、言ってみようと思う。(静かに打てばいい話だけど)

あと、自分しか分からないプログラムはやっぱり良くないので、訊かれなくても分かってもらえるプログラムを書けるようにしてみようと思う。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?