愛ってなんだろうな。
愛ってなんだろうな。
突然、飲みの席でそんな話になった。
みんな少し酔いすぎていた。
こんな話、普通だったら恥ずかしくて真剣にできっこない。
それでも、大衆居酒屋のど真ん中の席で、大声を出してそれについて話そうとしていた。
「愛ってのは、つまり、無償の施しだよ。
昔の誰かが言ってたろ、愛ってのは与えられるものじゃない、与えるものだって。」
ありきたりすぎー
まじで何百回も聞いたわそんなのー
酔っているのもあって、みんなそれなりに辛辣なガヤを浴びせる。ガヤを浴びせられた背の小さい彼は、さらに体を縮こまらせて発言したのを後悔しているみたいだった。
「じゃあさあ、一人ずつ考えを発表していこうやあ!」
さっきトイレで吐いて来たやつが突然場を仕切りだした。
「じゃあまず俺からな!愛ってのは、セックスだ!」
それもありきたりだろ〜
ていうかお前が今ヤリてえだけだろ〜
飲みの席と下品な会話はどうしてこうもセット売りにされているのだろうか。バラで売られていることはあまりない。
「なんだよみんなして、厳しいなあ。じゃ、次お前!」
当てられたのは、あまり恋愛事情を人に話さないやつ。彼はもう6年も同じ女の子と付き合っているらしい。何か深い恋愛観が出てくるのではないかとみんな少しだけ期待して彼を見ていた。
「え〜、なんだろ。恋が燃え尽きて、真っ黒の灰になって、そんでその灰を大事に抱えてること、かな」
ん?
みんな一様にポカンとした。
酔ってヘナヘナになってしまっている脳に、その言葉が染み込むのには結構な時間が必要になりそうだった。
「ん?ドユコト?」
仕切っていた彼が改めてみんなの言葉を代弁する。
「え、なんか、真面目に答えすぎちゃった?すまんすまん」
応えた彼は、みんなの反応が思っていたのとは違っていたみたいでかなり動揺している。
「なんか、難しいこと言うんだな」
それで、この話は終わった。
そのあとは、どうやったら一人の童貞が初めてを手にできるかについてみんなで2時間話して解散になった。
俺は帰り道、少しだけ冷たい風を頰に当てて酔いを覚ましながら、彼の言葉の意味を考えていた。
愛は、灰を大事に抱えていること?
だったら、愛する、という行為の神秘性や意味が揺らいでしまう。
「いや、でも、」
と思った。
愛する、という行為は、それほど「良いもの」なのだろうか?
彼はもしかしたら、恋が終わってしまった後、一人の人をどうやったら愛することができるかを真剣に思い悩んだのかもしれない。
その結果が、灰を大事に抱えていること。
彼にとって、恋の燃えた後の灰は何の意味も為さないもののはずで(もう一度燃える事はない)、それを大事にしている、というのは、意味がない行為であると同時に、とてつもなく覚悟を必要とすることではないだろうか、そんな風に思った。
愛には、無意味に思えることに耐え続ける勇気と、それを行う覚悟が必要なのかもしれない。
僕は彼の言っていることが少しだけ、ほんの少しだけ、わかった気がした。
彼は、5年後に結婚した。
きっと彼は、なんの役にも立たない灰を一生涯大切にする、そのための覚悟を、長い時間をかけてしたんだろうな。
僕はそんなことを勝手に思いながら、彼に向かって花びらを投げた。
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