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手が滑ったのか、それとも握力が尽きたのか。

休みになると実家に帰る癖がある。

ゴールデンウィークは10連休だ。
なんて優しい会社なのだろう、そんな風に思ってしまった。
僕の会社は、離れ小島のように分断されてしまった金色の日々を真っ白な社風でいとも当たり前のように埋め立ててくれた。

ありがたやあ、ありがたやあ。

と、そんなわけで実家に帰ってきたのだが、とにかく暇なのである。

地元を捨てたどこぞのしがない男の突然の帰省に対応できるほど僕の友人達は暇ではないようだし、親しい女の子が都合よく存在せしめてくれているわけでもない。

とにかく、暇になってしまう要素が僕の金週にはゴロゴロと転がっていたわけだ。

なので、実家に仮死状態で眠っていた漫画達を引っ張り出して片っ端から読んでやることにした。

とりあえず今現在は『結界師』という漫画を最終巻まで読み終わった。まじでめっちゃ面白い。人間というのは10代の時に触れたアニメや漫画や音楽を親と勘違いして一生ついていってしまう習性があるらしい。悲しいかな、昔見ていたドラゴンボールとか結界師とかリボーンとかぬらりひょんとかに勝てる作品を20代になってからの僕は一つも知らない。あ、いや、進撃の巨人はパネエですわ。一つ知ってましたわ。


とまあ、かなりホクホクした気持ちになって結界師を読み終えた。
僕はこの結界師にどハマりしていた中学校の時の感情を思い出しながら風呂に入った。
数ヶ月離れていたくらいでは全くもって忘れないほどに熟知した家の構造をゆっくりと辿って、僕は目を瞑っていても確実にこなせる実家での入浴ルーティンを約半年ぶりに実践した。

そして風呂を上がった。
大きな鏡の前に立ち、髪を乾かそうとしたその時、、、、!

「誰だ、この人・・・・・」

鏡の中におっさんが立っていたのである。
しかしおかしい。なぜなら、鏡に映っているのは僕であり、僕はおっさんではないのだから。それなのにどうして、鏡の中におっさんがいるのか!

全くもって愚かな思考である。こんなことを考えて立ち尽くしていた数秒を、いつかの単語テスト直前の自分に分けてやりたいと思った。

僕はもう22歳の社会人だった。
結界師を読んでいた頃の可愛い野球少年はもうこの世にいない。
タバコを吸い、二日酔いに喘ぎながら出勤する醜いおっさんが今の自分なのだ。そう、自覚させられてしまった。


なんて残酷なこと、、、今後加速度的に老けていく自らの体を僕は直視し続けることができるのだろうか。

ビール腹の予兆はもう出始めている。
ほうれい線も滲んできてるし、
目だって窪んできてる気がする。

怖いいいいい!


僕は急いで髪を乾かし、鏡から目をそらして、逃げるようにして自室へと引っ込んだ。


部屋に戻ると、机の上にはタバコの空き箱が二箱放置されていた。

たった今まで手に持っていたとても大事な何かを、深い峡谷に誤って落っことしてしまったような、そんな絶望的で決定的な心地がした。

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