名前のない風景
普通の町には、名前のない風景がある。
観光名所でも史跡でもない、
日常にふと現れたなんてことのない風景。
冬空の下の立ち枯れた葦の平原。
春の休耕田を染めるレンゲの花畑。
私が好きな風景は、夏の早朝に出現する幻の雲。
田んぼの水が朝日に暖められて蒸発し、一瞬だけ雲海が見られる。
父から教わった秘密の風景だ。
あぜ道にはアザミの花。
あ、たんぽぽだ。思わずしゃがむ。みつばちになった気分。
瑠璃色の露草は、すぐしぼんでしまう。早朝散歩のご褒美。
芝生にはネジバナが咲いた。螺旋階段みたいな花だなあ。
見慣れた風景のもう二度と見られない瞬間。
花を摘んでもいい。
生けてみてもいい。
なんていうことのない風景を心に残したい。
世界はいつでも輝いている。
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