日常殺人男、雁次郎 第2話

〜おかめ納豆みたいな女〜

バックヤードに入ろうとすると、ちょうど店長がカップラーメンの段ボールを持って売り場に出てきた。

おお店長、聞いてよちょっとちょっとー。いやね、さっきおかめ納豆みたいな顔の女がおったんよ

おかめ納豆みたいな女?www今日も絶好調っすねwwwそれって、豆の集合体としてのおかめ納豆ですよねwwwまさか一粒じゃないっすよねwww

はあああ?お前何言うとんじゃぼけえ

だからあ、おかめ納豆って言うからには豆の一粒を指してないですよねって話ですよ雁次郎さん!おかめ納豆は一粒一粒の豆が集まって数十粒で一人前じゃないですか。別に一粒なら一粒でいいんですけどねwww大豆じゃなくて納豆ってことでwww

店長お前相変わらず訳の分からんことほざきよるな。殺されないだけめっけもんやぞお前。誰も納豆なんて言うとらんじゃろが頭おかしいんか

おかめ納豆言うてはったやないですかwww

ええわええわもうええ。なんでもええし、一粒や。納豆一粒でええわ。そこまで詰められたらどうでもようなるねん。そういうもんやぞキモ店長。

オッケーっすオッケーっす。おかめみたいな顔ではなく、納豆一粒みたいな顔だったんですね。参考になります。

畳み掛けてくるなおんどれは。どこまでおっさんをいじめるんや。品出ししたるから、カップ麺よこせや。

すまし顔の店長がカップ麺の入った未開封の段ボールを雁次郎に渡す。やはり、次の瞬間だった。段ボールの両端を確かめるようにしっかり持った雁次郎は段ボールを大きく上に振り上げ、店長の頭に振り下ろした。段ボールの端から2、3個新商品のカップ麺がごぼれおちたが、それだけだった。

なんじゃこりゃああああああ。うまくいかんのう。わいがイメージしとったのはお前の頭が段ボールうまいこと突き抜けてやなしかし、そんでもってお前が段ボールの上にこんにちはしとる。そんな景色が見たかったんじゃこのボケカスが。精進が足りんのう。この店一筋で何を学んできたんやわれ。尖らにゃしゃあないやろが。尖ってないからこんにちはしとらんのやんけ。尖ってなんぼの日の丸街道やろが。ぼけが

いや雁次郎さん。お客さんもいるんで

ええってええって気にすんな。俺は細かいことは気にせえへん質や

雁次郎は人一倍細かいことを気にする男だ。タメ口をきくシルバーを見逃さないのは雁次郎の性格から生まれた雁次郎なりのモットーによるものである。

ちょっとこっち来い

店長をレジの前まで誘導する。

レジの方向いてくれるか。そうやそうや。ええやん。じゃあ行くで。肩の力抜いたってな

雁次郎は手のひらで店長の後頭部をしっかりと包み込み、おじぎをさせるように頭を下へと押し込む。そこにはおでんの什器があった。

ガシャーン

おでんの具を分ける仕切りが顔面に食い込む。

どうや店長、出汁の具合はうまいこといっとんのか。商品じゃけえ汁飲んだらあかんぞ。なあ。いくら店長がおでんの汁が好きや言うても商品は商品じゃけえのう。なあおっさん。

閉まる前の自動ドアの外で突っ伏しているスーツの男に話しかける。男は既に死んでいる。やはり、即死だった。

店長ええこと教えたるさかい。後生大事にするんやで。鉄と頭は熱いうちに打て言いよるそうやわ。偉い映画監督さんが言うたらしいで。ほないくな。

頭を什器から引き上げると、汁が滴る。頭から湯気がたつ。

行くでー

店長を90度回転させ自動ドアの方へ向かせる。雁次郎は十分な助走距離を取る。

店長分かっとるな。頼むでしかし。行くぞ?ええな?店長生活10年の集大成やねんぞ。下手こくんやないぞ。しばくぞほんまに。

男やったらシャキッとせえや。背筋伸ばして。気を付け!礼!

違うか

雁次郎は声を出して短く笑った。我ながら面白いこと言うでほんまに。そう思った。

じゃあ行くで。気を付け!

汁で濡れた足元を気にしながら、飛び跳ねるように歩を進め頭頂部と後頭部、つむじの辺りに手をやり、雁次郎の十八番、店長の顔面をよく磨かれたピカピカの床に叩き込む。

ガツン

店長も意外と甲高い音を鳴らす。

ひん、ひんぎゃ、ひぎゃひぎゃああああああああああああ

パートの中年女性は思わず叫んだ。

割れんなあ。意外と割れんのよ。割れそうで割れないとは、まさにこのことやんなあ。忘れとったけど尖もせんし。死に損やで店長

雁次郎は追い討ちをかけない。店長が割れなかったことが心に引っかかり、集中力を欠いている。

まあええわ。仕事や仕事。1日ははじまったばかりや。

ばばあ。店長と外にもう1人おるでえよう。片付けといたってな。仏さんは大事にせえ言うてな。忙しい時にすまんのう。

1日は始まったばかり。

雁次郎の1日は続く。




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