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第4話Part21

 広く薄暗い屋敷の中。ランプを手にしたポムは、軋む階段を一段ずつ上がってゆく。

「レザン、帰ってくるなりお部屋にこもっちゃったポム。どうしたのかな」

 皆と別れ帰路についた時から、レザンがやたらと具合が悪そうだったことを思い出す。木製の扉をノックしても、案の定返事は返って来なかった。

「レザン、入るポム~。……寝てるの? 具合悪いの?」

 ベッドに伏せたままのレザンは、魘されているようだった。しきりに何かを呟いている。それは、人の名前のようにも聞こえた。ポムは、机の上にランプを置くと、ベッドのすぐ側まで歩いていった。

「……もうやめてくれ。僕が、僕が悪かったから……」
「うなされてるポム? 大丈夫、大丈夫」
「ソフィア……」
「え……?」

 酷く懐かしい名前が聞こえてきた気がして、ポムは思わず動きを止めた。それは、もう呼ぶ事ができなくなってしまった名前。呼んでも何の返事も返ってこなくなった名前。

「リュート、ミュスカ、エレーヌ……」
「死んじゃった、皆の名前」

 ぽつりと呟く。二年なんて、あっという間だと思っていたけれど、ポムの脳裏には今でも、焼け落ちる王都の光景と、それを高台にある城から見ていることしか出来なかった悔しさが、まるで昨日のことのように焼き付いている。

「僕の、せいで……」
「そんな事ないポム。レザンは何も悪くないのに……」

 そう、本当に悪いのは。
ポムの記憶が、辛かったあの頃を呼び寄せる。

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 玉座に腰掛けている国王ヴィナグラードは、ゆったりとした動作で跪く息子の姿を見下ろした。見た目にあまり変化は無いようだが、従者たちの言っていたことが本当だとすれば、彼には早急に休息を取らせる必要があった。

「レザン、其方をふた月ほど北の領地へと療養に向かわせる。これは決定事項だ」

 そう言い放つと、息子レザンは目を丸くして顔をあげた。まるで、なぜ自分が療養しなければならないのか、全く理解していないとでも言うように。

「待ってください父上、突然何を言い出すのです?僕は正常だ、どこも悪くない。こんな状況下で、僕だけが休むわけにはいきません」
「其方、本気でそんなことを言っているのか?ここ数週間、其方の仕事の態度は目に余る」

 ヴィナグラードは、苦い顔をして即座にため息をつく。彼はこれまで、従者たちから奇妙な報告をいくつも受けていた。職務をこなさず窓の外ばかりを見ている、しきりに街へと降りたがっていた、行方不明になっているはずのヴィオレット家の息子の名前を何度も呼んでいた。複数の従者たちが口を揃えてこういうのだ。あの襲撃が、レザンの心に深い傷を負わせたことは明白だった。加えて、その自覚が無いとなれば、さらに重症だ。
 出来ることなら、今すぐにでも抱きしめてあげたかった。泣き言を聞いて、寄り添ってあげられたなら、どんなに良かっただろう。けれど、ヴィナグラードは国王だ。息子だけに情をかけて、その結果国全体を不安に陥らせることになっては意味が無い。彼は、唇を噛み締めると、哀れみの色が滲み出ていることを悟られぬよう、敢えて突き放すように呟いた。

「……息子よ、この城に無能な王子は要らぬ」