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第1話part4

(『生き残り』……? そんな言い方をする?)

 理解が追い付かない脳で、それでも状況を飲み込もうとゆららは必死に頭を巡らせた。今、正しい判断ができるのは、まつりではなく自分だと分かっていたから、彼女は一歩、まつりよりも化け物に近づいた。

 思い切り怪しいけれど、今言葉を交わせるのは、あの少年しかいない。見たところ、化け物を操っているのは少年のようだ。だとしたら、うまく話し合うことができれば、一先ず逃げる間くらいは取れるのでは無いだろうか。
 考えながら、距離を詰める。ゆららは足が遅いから、何かあった時すぐにでも逃げ出せるように、慎重に、1歩ずつ……
 ゆららがもう1歩足を伸ばしたその時。彼女の脇を、まつりが高速で追い抜いていった。

「えっ、まつり!?」
「大人かと思ったけど、よく見たら小さい男の子じゃん! 君ー! そんなヤバそうなやつの上にいたら危ないよ~!」

 あまりに場違いな声音に、ゆららの思考が一瞬ショートする。まつりはどうやら、この少年を自分達と同じ被害者だと思っているらしい。
 案の定、少年は不意をつかれたように目を見開いた後、眉間に皺を寄せてまつりを睨んだ。

「はぁ? こいつはオレのペット見てぇなもんだよ。お前らを世界事ボロボロに壊す、な」
 そう言って笑った彼をみて、まつりはようやく、彼が加害者側であると気がついた。と同時に、後味の悪さを覚える。
 彼の言葉には、どこかふざけたような印象が組み込まれていた。口にした内容はおぞましいが、その雰囲気は、まるで倒れる前のあすなのように、とても無邪気な様子。彼の態度が、恐ろしかった。

──世界を壊す。

 世界と言うのが、どれくらいの規模を指すのかは分からないが、少なくとも、まつりとゆららを含んだ、この公園にいる人々が助からない事は目に見えていた。2人は顔を見合わせ、少しずつ後退していく。

(どうする……? このまま打つ手無し、何て事はない筈。きっと何処かに逃げ道はある。少しでも時間を稼ぐ方法を……そうだ!)

 大きな効果があるとは思えなかったが、一瞬だけならば相手の虚をつけるかもしれない。ゆららは、素早くスマートフォンを取り出すと、それを少年に突きつけて叫んだ。
「何それ!? こんなこと、いたずらじゃ済まされないわよ!」
 この距離ならば、圏外になっているかどうかも分からないだろう。それに、『生き残り』と言う表現ひとつ取ってみても、彼はゆらら達が動ける事自体予想していなかったと分かる。彼が、ゆらら達と同様この通信機器も『制御できなかった例外』だと思ってくれれば、焦らせるくらいの事は、きっと出来る。「今大人の人を──」

「無駄だよ。普通の人間じゃ、勝てない」

 突然、ゆららの言葉を、場に不釣り合いな冷静沈着とした声が遮った。
「え!? あ、あなたは、誰?」
 振り替えって見れば、怪物の上に乗っている彼と同じような身なりをした美少年が、顔を曇らせて立っていた。
 先程の言葉は、まつりとゆららに向けて言ったものらしかったが、彼のその目は、それよりも遠く、目付きの悪い少年の方を見据えていた。

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「……ふえぇ、ちょーかっこいい……王子様みたい……!」
「ちょ、まつり!? 見るからに怪しそうだけど!? と言うか、この状況分かってるの!?」
 レザンは、自分の登場に動揺し始めた少女達を見て、ホッと息をついた。もしパニックに陥っていたらどうしようと思っていたが、それは杞憂に終わったようだ。ソンブルの操る怪物を前にして、ここまで感情を露にできているのならばまず大丈夫だろう。ポムには既に、彼らが狙っている『エスポワールパクト』を預けて逃げてもらっている。自分がソンブルと対峙している間に、彼女達もそこに合流させれば良い。

(……巻き込んで、怖い思いをさせてしまってごめんね)

 彼女達を、ソンブルと出会ってしまう前に見つけて、周りの人同様眠らせていたならば、決して知る筈の無かった恐怖だ。知らなくて良かった戦慄だ。2人とも、年は自分とさほど変わらないように見えた。
 レザンは、束の間目を閉じると、胸の奥から込み上げてくる苦い罪悪感を飲み込んだ。

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「僕を攻撃するのは構わない。だが、関係ない人達には、何一つ危害を加えるな。せめて……魔術で眠らせるくらいの事はさせて欲しい」
 熱っぽい口調で懇願した元親友の姿を見て、ソンブルは大きな衝撃と優越感を覚えた。
「巻き込みたくないんだ」
 1歩先を歩いているような顔で彼は微笑む。ソンブルは昔から、余裕に満ち溢れたその顔が嫌いだった。この顔をしている時、彼はいつだって遠距離で俯瞰的で、決して手の届かないところにいたから。

 だが、今は状況が違う。未だかつて、彼がこんな風に自分に願いを乞うた事があっただろうか?
「……良いぜ、やりたきゃやれ。どのみちお前は捉えられるんだからな。そうなりゃ、お前のやった事なんて全部無駄だ」
 口の端を引き上げながら、ソンブルは言う。
「じゃ、そろそろ始めるか。久しぶりの一騎討ちだな」

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 かつての親友との、再会。この時を望まなかった事なんて一度も無かった筈なのに、その時レザンの心に浮かんだ感情は、喜びとは程遠いものだった。
 飲み込んだ罪悪感の代わりに、柔和な笑顔を貼り付けて、レザンは少女達に手を差し出す。何か優しい言葉をかけてあげなければ。安心させてあげなければ。
 こちらを怪しそうに見つめる少女に、敵意が無い事を示すにはどうしたらいいだろう。信じてもらえそうな表現を組み立て、言葉を選んで口を開く。

刹那、上空から叫び声と共によく知っている声が『落ちて』きた。

「落ちるポム~!!!」
「え?」
「ふえ? ってわあああ、なんかぬいぐるみが降ってく……いったぁ! かったぁぁい!」

 物凄い早さで落ちてきたポムは、少女達のうち、背の低い子の頭に衝突した。あのふわふわとした見た目から、皮膚の固さを想像する事が出来なかったのだろう、少女は「ぎゃー!」とわざとらしく叫びながら踞った。
 対するポムの方は、誇らしげにレザンの方を振り替えると、褒めてと言わんばかりにニカッと笑った。

「レザン! エスポワールパクト、ちゃんと守ったポム!」
「あ、ありがとうポム。ええと、すごく、良いタイミング、だね……」

 良い訳があるか! 自分の発したぬるま湯のような言葉に呆れ返る。レザンは、怒りをぐっと堪えて冷ややかな微笑みを浮かべ、静かにソンブルの方向へ指をさした。