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海の向こうにいる君へ

『あすなちゃんへ、お元気ですか。突然ですが、僕は来週、ついに手術をする事になりました。ここに来てからは初めての手術で、凄く不安で怖いんだ。だから、あすなちゃんにお願いがあります。どんな形でも良いから、僕に、勇気をください』

 白いふきだしの中に刻み込まれたメッセージ。四角い板の中に写るその文字を、あすなは真剣な表情で見つめていた。
 メッセージを送ってきた少年は、幼い頃からのあすなの友人だった。彼は難病を患っており、2年前にこの町からアメリカに移って以来、今まで治療を受け続けている。
 知らない土地で、たった一人で戦う彼を、あすなは何としてでも応援してあげたかった。

「勇気を、あげる方法……」

 あすなはベッドに寝転がり、暫しの間考える。しかし、いつもは面白い事を思いつく頭も、こういう時に限って機能してくれないようだった。

「こうなったら、人に聞くしかないですね!」

 あすなは勢いよく飛び起きると、最低限の身支度を済ませ、外に飛び出した。

──────────

「と、言うわけで、王子先輩なら何をしてあげますか」

 学校の裏にひっそりと建つ屋敷の中。自室で本を開いていたレザンは、思わぬ客人に目を瞬かせた。しかし、あすなから事情を聞くと、真剣な眼差しになり、本を閉じて考え込み始めた。

「僕は……2年程前に『怪我』をしてしまったことがあって、その時、沢山の人がお見舞いに来てくれたんだけどね」

 レザンはそこまで言うと、あすなの方を向いてにっこり笑った。

「皆の笑顔を見れるのが1番嬉しかったな」
「……なんか胡散臭いんでやっぱ良いです。ポムに聞きますね」
「いや、真面目に答えたんだけど!?」

 部屋を出ていこうとするあすなをレザンは慌てて引き止める。あすなはすぐさま振り返ると、冗談ですよと舌を出した。

「笑顔、ですね。手っ取り早いのは、写真を送るとか? ビデオ通話でも良いかも」
「ポムなら、声も聞きたいから、びでおつうわが良いポム!」

 不意に部屋の扉が開き、ティーカップを乗せたトレイを持ってポムが現れた。ポムから温かい紅茶を受け取りながら、あすなは頷く。

「確かに、知ってる人の声を聞くと安心するかも」
「でも、アメリカだと時差があるし、時間を選ばないと、迷惑になってしまうかもしれないね」
「そうですね。相手の都合もありますし……ビデオメッセージとして送るのが良いかな」

 あすなはメモ帳を取り出し、二人から貰った案を書き込んでいく。ビデオメッセージを撮影すると決めると、次は話す内容だ。

「こういう事は、まつり先輩達が詳しそうです。王子先輩、ちょっと4人を集めてきてください」
「僕を雑用に使おうとするのなんて君達くらいだよ」

 レザンは呆れたように言いながらも、言われた通り彼女等に連絡をする為、スマホに手を伸ばした。

 そして30分後。
部屋には、まつり、ゆらら、りんね、まりあの4人が集まっていた。

「わたくしは、不安な時には音楽を聴きますね」

 最初に口を開いたのはまりあだった。その意見に、皆が頷いた。ゆららは、まりあの言葉に賛同しつつも、私はちょっと違うかも、と手をあげる。

「私なら本を読むわ。本には、勇気づけてくれる素敵な言葉が沢山載ってるもの」
「私もそうかしら。後は……映画を見たりする事も多いかな」

 ゆららの意見を繋ぐように、りんねが新たな選択肢を付け加える。あすなはひとつひとつを取りこぼさないように、丁寧にメモ帳に書き終えると、まつりの方を向いた。

「まつり先輩はどうですか?」

 いつもなら、こういう事にはまつりが1番積極的になる筈だ。しかし、今日のまつりは小さく唸ったまま何も言葉を発しようとはしなかった。見かねたあすながそう尋ねると、まつりは困ったようにあすなを見た。

「皆が言ってくれた事、全部叶えられそうなものがあるはずなんだ! 今、この辺まで出かかってるんだけど……」

 まつりは喉の辺りを指さして「うーん」と思い悩む。そして、皆がハラハラと見守っている中、突如「わかった!」と叫んだ。

「びっくりした。まつりの行動は心臓に悪いわ……」
「ごめんって、ゆらちゃん。それでね、あすなちゃん、私が思いついた案なんだけど」

 まつりは深呼吸をして口を開いた。

「皆で歌を歌おう。そして、それを動画にして届けようよ!」

 まつりの言葉に、その場の全員が目を丸くした。しかし、徐々に成程、と賛同の声が聞こえ始めた。

「歌……確かに、笑顔と声が届けられて、言葉と音楽、映像も揃ってる」
「良い案かもしれません。まつり先輩にしてはやりますね」
「ちょっと、それどういう意味ー!」

 不満げなまつりの声を聞いて、部屋の中に皆の笑い声が響いた。

──────────

 数日後、ある少年の元に、ひとつのURLが届いた。少年は少し訝しげに眉をひそめながらも、送り主があすなであると気がつくと、そっとURLをクリックした。

そこには──
https://nana-music.com/sounds/05b9d51d