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第4話Part18

 日も落ちかけた帰り道。家までの道のりを一人で歩いていたあすなは、すぐそばに誰もいないことを確認すると、ぐっと大きく伸びをした。

「あー、今日はなんだか疲れたよ。でも、まりあ先輩が仲間になってくれたのは心強いですね」

 一人そうこぼし、小さく笑う。すると、その声に被るようにして、少し先の電柱の影から、少女の声がした。

「痛たた……あー、どうしよう」

 近づいてみると、そこにはあすなと同い歳くらいの少女が座り込んでいる。抑えている膝からは、僅かに血が滲んでいた。あすなは慌てて少女に駆け寄る。

「大丈夫ですか? 怪我、してるの?」
「はい、転んじゃって……って、あなたは、この前の!」
「あ! ダンス大会の時の!」

 顔をあげた少女が、目を見開いてあすなを指さした。その顔は、以前のダンスコンサートの時、あすなを褒めてくれた少女そのものだった。それに気がつくと、あすなは嬉しそうに笑って肩からかけていた鞄を探り始めた。

「あすな、絆創膏持ってます。ちょっと待ってて、今貼ってあげるね」

 黄色いチェックの模様と星柄の絆創膏。少し子どもっぽかったかもしれないと思いながら、あすなは傷口を覆うようにして丁寧に絆創膏を貼った。少女は、じっとあすなの手元を見つめながら、ふと呟く。

「あなた、踊るのが上手いだけじゃなくてとっても優しいのね」
「そんな事ないよ。当たり前のことをしてるだけ。……はいできた!帰ったらきちんと洗ってね」
「うん、ありがとう、あすな」

 少女は礼を言うと、立ち上がってスカートについた砂を払った。そして、そのまま夜の闇の中へと踵を返そうとする。その時、確証の無い、けれども気味の悪い違和感が突如あすなを襲った。あすなは、消えようとする彼女を呼び止める。

「あ、待って! あなたの名前はなんて言うの?」

 呼び止められた少女は、一瞬だけ怪訝そうな顔を見せる。しかし、すぐに笑顔になると、嬉しそうに答えた。

「私? 私はみづき。紫音みづき。じゃあね」
「みづき、ちゃん……うん、またね!」

 あすなが手を振ると、みづきも振り返す。その頃には、あの奇妙な違和感は消えていて、あすなは鼻歌を歌いながら少女とは反対側の道へと歩み始めた。


 数分後。誰もいなくなったかと思われたその路地に、すぅっとひとつの影が姿を現した。暗闇に溶け込んでいたみづき、もといリーラは、あすなが歩いて行った道の先を眺めながら、可笑しそうに口元を歪めた。

「はぁ、本当にお人好しで馬鹿な子」

 しんと静まり返る路地の真ん中で、あどけないその声だけが響いていた。