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第2話プロローグ『王子からの手紙』Part1

 煌びやかな装飾が施された廊下を、ハイデマリーは足早に歩いていた。
 彼女の豊かな金色の髪が垂れる胸元に抱かれているのは、一通の手紙。つい一週間前に、神話に記された伝説の戦士『プリキュア』を探しに異世界へと旅たった第一王子からのものであった。

(レザン様は、慣れない地で、上手くやっていけているかしら……?)

 彼女が仕えるこの国の第一王子レザンは、実に聡明な人物だった。十四歳ながらにして機転が利き、常に最善策に則って行動するような、完璧な主。
 しかし、そうは言っても彼はまだ成人前の子ども。未熟な部分も多くある。幼い頃からまるで姉のように彼に接してきたハイデマリーにとっては、彼の行く末が心配でならなかった。
 ハイデマリーは、廊下の一番奥の、どの部屋よりも大きな扉の前に立つと、呼吸を整えて扉をノックした。

「国王陛下、女王陛下、ハイデマリーです。王子からの報告書を預かって参りました」
「む?早速来たか。入れ」

 中から気難しそうな男性の声がした。国王である。ハイデマリーは背筋を正すと、思い切って扉を引く。
 ギィと軋みながら扉が完全に開くと、ハイデマリーの目に濃い青の髪とやや吊り気味の瞳を持った快活そうな国王・ヴィナグラードと、長い髪をふわりとまとめ穏やかに微笑んでいる女王・ミルティーユの姿が映った。

「失礼致します。……人払いの方は?」

 扉を閉じてから、声を潜めて尋ねる。王族同士がやり取りする手紙──すなわち報告書の内容は、国家機密に等しい。一見平凡な内容であったとしても、暗号や婉曲表現が使われている事も珍しくない。故に、王族とハイデマリーを含む複数の選ばれた側近以外には見せてはならない物だった。
 いつ誰がどこで国の中核に潜り込んでくるか分からない。他者の目を気にして呟いたハイデマリーに、ミルティーユは優しく微笑んでみせた。

「既に済んでいます。この部屋にはわたくしたち二人しかいませんよ」
「ならば安心致しました。こちらが、報告書です」

 女王の言葉ならば間違いはない。ハイデマリーはホッと息を着くと、二人に向かって手紙を差し出した。ヴィナグラードは手紙を一瞥してから頷くと、ハイデマリーに向かって椅子に座るように手で合図をした。

「大儀であった、ハイデマリー。まぁ態度を崩しなさい。ここは極めてプライベートな場所だからな」
「恐れ入ります。……ふふ、ところでヴィナグラード様。随分と分かりやすく相好を崩していらっしゃいますけれど、そんなに楽しみでした?報告書」

 ハイデマリーが腰かけた途端、不意にヴィナグラードを纏う空気が柔らかくなった。先程までの威厳ある態度はどこへやら、子どものようにソワソワとし、目は光り輝いている。ヴィナグラードは咄嗟に立ち上がると、今にも踊り出しそうな勢いで口を開いた。

「もちろんだ! 我が愛しの息子レザンきゅんから初めてのお手紙! え? 早くない? 14歳で一人立ち早くない?? 何なの天才なの?? パパ感激!」
「は、はぁ……」

 この人は正真正銘の親バカだ。あまりの変わりように、それを分かっていても言葉に詰まってしまうくらいだった。ヴィナグラードの勢いに気圧されそうになっているハイデマリーを横目に見たミルティーユは、呆れたようにため息をつき、歓喜に打ち震えているヴィナグラードの方に、すっと体を向けた。

「やめてヴィナグラード。ハイデマリーが困惑しているわ。それに、一人ではありません。ポムも一緒ですよ」

 冷静にそう返し、ちらりとハイデマリーの方を見ると、彼女もまたミルティーユの方を伺っていた。安堵したような表情でこちらを見ている彼女を窘めるように、ミルティーユは苦笑した。