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第1話part3

 ふわふわとした髪に顔を埋めると、抱き締めた小さな背中は驚いて飛び上がった。振り返った少女の大きな目が、まつりをとらえた途端に嬉しそうに細まる。
「あれっ、まつり先輩もいらしてたんですか?」
 この少女──後輩の煌希あすなは、決して美人という訳ではないが、小動物を想像させるような可愛らしい笑顔を持っている、明るい子だ。彼女の表情につられて、まつりの頬も思わず緩む。
「やっぱりあすなちゃんだ! ふふふ、小さくて可愛いなぁ~!」
「うわわっ、くすぐったいですよ、せんぱ~い!」
 ぐいぐいと距離を縮めて抱き締めてみれば、予想通りの反応。世界中の人が、あすなちゃんみたいに可愛くてノリの良い人ばかりだったら楽しいのに……と、現実逃避気味に思う。

「……ところで、先輩お一人ですか? ゆらら先輩は?」
 特にゆらちゃんみたいな固いのは、もっとスキンシップを大事にした方が良いんだよ!と考えたのと同時に、あすなにそう尋ねられ、まつりは気まずそうに頬を掻いた。
「えへへ、実は、私のせいで待ち合わせに遅れちゃって、罰として買い出しに……」
 ヘラヘラと笑うまつりを見つめたあすなは、状況を理解すると、眉を下げて、可笑しくてたまらないとでも言うように口許を押さえた。
「ぷぷっ、まつり先輩らしいですね!」

 少し生意気でからかいのニュアンスを込めた言葉に、まつりは半分本気、半分ふざけて拳をあげる。
「な、なんだとっ! どういう意味だー!」
 頬を膨らませながら、軽くあすなの頭をこづく。そのまま再びあすなに飛びかかり、「こうしてくれるわー!」と叫びながら体重をかける。足がもつれてこけそうになりながら、2人は声をあげて笑いあった。

その時だった。

 あすなの後方から、強い光が差してきて、あっという間に辺りに広がった。まつりはあすなの体から手を離し、慌てて目を覆う。
「うわぁ、何この光!? 眩しいっ!」
 目を押さえ、顔を伏せて耐える。それからどのくらい経っただろうか、押さえた手の隙間が元通り暗い色になったのを確認したまつりは、恐る恐る顔をあげた。

「ん……あれ? 今、何か光った気がしたんだけど……」
 周りの景色は何1つ変わっていなかった。先程の光は一体なんだったのだろうかと首を傾げたところで、まつりは奇妙な事に気がついた。

音が無い。

 さっきまで人の声で溢れ帰っていた公園に、人の姿が見当たらないのだ。
「何で……あすなちゃん? 何処に……」
 人の姿を探そうと、 1歩前に踏み出した所で、何かにぶつかった。どちらかと言えば柔らかい感触。さっき、まりあとぶつかったときのような、体温を伴った感触。それが、爪先から伝わってきた。

「え」

 下を見て、まつりはその時初めて気がついた。居なくなったんじゃない。人が、自分以外の人が全員、地面に倒れていた。まつりの足元には、ついさっきまで一緒にふざけあっていたあすなの姿がある。つい数分前まで、笑っていた彼女。しかし今は、だらりと手足を地面に放り出し、固く目を閉じていた。
 まつりはひゅっと小さく息を飲み込むと、あすなの前にしゃがみこんで体を揺すった。
「あすなちゃん……!! 起きてよ! 何で……屋台に並んでた人も、お店の人も皆倒れてる。ど、どうなってるのこれ!?」
 頭の中がぐるぐると回る。気持ち悪い。何も考えられない。けれど、あすなちゃんだけは、助けなきゃ……

「まつり! そこにいるの!?」

 静寂を切り裂いたその声に、まつりは、混沌としていた頭がハッキリと冴えるのを感じた。さっきまでは嫌いになりかけていた声、いつもまつりに文句を重ねてばかりいたその声が、今はとてもあたたかく、不安を包み込むように響いた。

「ゆ、ゆらちゃん……!」

 髪を乱し、肩で息をしながらも、安心したような表情をしているゆららに、まつりは涙目になりながら飛び付いた。
「ゆらちゃんは無事だったんだ、良かったぁ!」
 ゆららは、まつりの肩に顔を埋めて、夢中で頷いた。抱き締め返したその手が震えていた。急に人が倒れて、音が消えて、彼女もまつりと同じくらい怖かったのだ。

 2人は暫くの間、そうして動かなかった。やがて、どちらもが落ち着きを取り戻すと、2人は改めて周りを見渡した。ゆららが、あすなを筆頭に脈を確認して回ったが、その速度は至って正常で、あくまでも彼女たちは眠らされているだけのようだった。
「一体これ、何なの……?」
「分からない……四葉と悠花を見つけて、しばらく話していたら、突然強い光で目が眩んで、気づいたら皆倒れてて……」
 近くの木の根本に腰掛け、2人は目を伏せる。
倒れていた人々は皆無事ではあったが、揺すっても叩いても起きなかった。この現象が何処まで広がっているのかも分からない。誰かに連絡しようと取り出したスマートフォンは、何故か圏外になっていた。
「まるでホラー映画みたい……」
 ゆららは、まつりに聞かれない程小さな声で、思っていた不吉な事を口にした。怪奇現象の類いを信じているわけでは無かったが、人間がやったことにせよ、少なくともこれは『良い事』ではないだろう。
 せめて、大人の人がいれば。そう思いため息をつく。今のまま、たった2人ではどうすれば良いのか算段もつかない。泣きそうになるのをこらえ、ゆららは地面を睨む。

 その瞬間、大きく地面が揺れた。
次いで、大気を揺るがすような大きな地響き。
ドォォォオン……と言う腹に響く音が、立て続けに聞こえてくる。2人は慌てて立ち上がった。
「何!? 地震?」
 もしそうなら、いよいよ何処かに逃げなくてはならない。そう思い、顔をあげたところで、ゆららは度肝を抜かれた。
 まつりも瞬時に上を見上げて、そして気づいたのだろう、「うわっ」と小さく叫ぶ声が背後から聞こえた。

 2人が見上げた先には、人の形をした、大きくて黒々とした『何か』があった。化け物、巨人、怪物……いくつか、それに似合う名詞が頭に浮かぶ。
人で言うところの顔に位置する部分には、爛々と光る『目玉』と、内部が赤く染まった、裂けんばかりに大きな『口』。
 あまりのグロテスクさに、2人とも目を閉じようとしたが、『何か』の『頭』の上に乗っている物の正体に気がついた途端、視線はそこに注がれた。

 突如現れた化け物の頭の上。そこに、1人の少年が座っていた。
 目付きは悪いが、綺麗な顔立ちをした彼は、まつりとゆららの視線に気がつくと、にやりと笑った。

「お?まだ生き残りがいやがったか」