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第1話part9

 キーンコーンカーンコーン──と、学校の代名詞とも呼べるようなありふれた音色のチャイムが響く。
 新しいクラスになったばかりの為、高揚感を宙に浮き上がらせながらも、静かに自分を見つめている2年A組の生徒たちを前に、担任の由美子先生は、眼鏡の奥の瞳を嬉しそうに細めた。

「おはようございます。今年度、このクラスの担任をすることになりました、木下由美子です。これから居心地の良いクラスにしていきましょうね」
そう言うと、先生は一息ついてにこりと笑った。

(──今年は『当たり』かな?)

 初めて出会う先生だったが、彼女の噂は良く耳にしていた。優しさと厳しさのバランスが取れていて、生徒から人気のある先生だと聞いている。

(でも……やっぱりどんな先生でも長話は眠たくなっちゃうなぁ。早く終わらないかな)

 窓際の席であるのを良いことに、まつりはぼんやりと流れる雲を眺めながら大きくあくびをする。そんな彼女と対照的に、先生は瞳を輝かせて、ハキハキとした声で続ける。
「今日から皆さんは二年生です!先輩としての自覚をもって行動しましょう」
 毎年手を変え品を変え、結局は『新年度だから気を引き締めていこう』と言うような事を言いたいだけなのだろう。言われなくても分かってる。まつり達生徒が待ち望んでいるのは、その話題ではなかった。

 やがて、長々とした話を終えた先生は、うずうずとしている生徒達に気づき、意味ありげに微笑んだ。
「……さて、今日はもうひとつ、皆さんにお知らせがあります。もう知っている人も多いと思うのだけど、なんと、このクラスに転校生が来ます!さぁ、入ってきて」
 先生が扉の方を見つめると、それが合図になったかのように皆がわっと騒ぎ始めた。

(確か、男の子だよね。イケメンだと良いなぁ、ふへへ……)

 できれば、昨日の夢の妄想男子くらい整った顔の子がいたらなぁ……と、頬杖をついてうっとりと宙を見つめていると、斜め前の席のゆららが物凄い形相でこちらを振り返ったのが見えた。

「何、どしたの、ゆらちゃん」
「前! 前みてみなさいよ……!」
「え……えぇっ」
 入ってきた転校生の姿を見て、まつりは小さく飛び跳ねた。夢の中の少年が、この学校の制服を身に付けて目の前にいる。
 驚愕するまつりとゆららの前で、先生に促された少年が、一歩前に出て口を開いた。

「初めまして。和泉藍です。今日からよろしくお願いします」

 その声、微笑み方。昨日名乗っていた名前とは違うものの、目の前の少年は完全に彼であった。
「うえっ……!?」
「昨日の、夢の……」
 2人が顔を見合わせていると、それに気づいた少年が、笑顔のままこちらに手を振った。
「あっ、ふふ、昨日はありがとね」
 彼の予想外の言葉に、クラス中の──特に女子達の視線が、強く2人に降り注ぐ。異様な空気の中、1人だけ雰囲気を変えない先生は、嬉しそうにパチンと手を合わせた。

「あら、桜宮さんと汐風さんは和泉くんの知り合いなの? それなら、和泉くんの席は桜宮さんの隣、汐風さんの後ろにしましょうか」
「はい、先生」

 少年はゆっくりと頷くと、2人に向かって歩いていく。彼が近づいてくるにつれて、驚きと嫉妬を交えた四葉と悠花の視線がどんどん圧を増していく。

「二人とも、このイケメンくんと知り合いなの!?」
「昨日って……私たちと会う前に、何かしてたの!?」

 息を潜め、凄みのある表情で問い詰める四葉に、既に涙目になって頬を膨らませている悠花。今更ながら、この2人が異常なまでのミーハーであることを思い出したまつりは、思わずぐるぐると回る頭を抱えた。

(な、何であの男の子が転校生なの~!? プリキュアって、夢じゃなかったの~!?!?)