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第4話プロローグPart2

 俯くレザンの耳には、あの日の情景がまざまざと蘇っていた。襲撃の日、レザンと共に城下に降りた四人の側近のうち、彼と共に生き伸びる事が出来た人間は、誰一人としていなかった。

「あの日、貴方様を押しのけ家具の下敷きにならなければ」
 細かく編み込まれた自慢の金髪を焦がしながら、小柄な少女ソフィアは必死の形相でレザンを突き飛ばした。燃え盛る家具が彼女の頭に覆い被さる直前、最後に見えた彼女の顔は、いつもの愛らしい笑顔だった。

「あの日、貴方様をお守りする為に盾にならなければ」
 ユーモアのある言葉で周りを明るくする少年ミュスカ。青ざめた顔のレザンを見るや否や、気丈に笑って背中をさすってくれた。彼だって怖いはずなのに、辛いはずなのに。
 誰よりも洞察力に優れ、素早く異変に気がつく彼は、その場に蹲るレザン目掛けて降ってくる火矢を早い段階で認知していた。レザンを安心させるよう、背中にあたたかな手を当てたまま、躊躇うことなくその背に火矢を受けた。

「あの日、貴方様を待ち続け毒の雨を浴びなければ」
 炎が止むと、辺りには不気味な色の雨が降り出した。濃い紫の水粒は、誰が見ても毒の類であることは明白だった。けれど、逃げ出す人々の群れに逆らって、献身的なエレーヌは懸命に、主の帰りを待ち続けた。火傷を負い気を失った主の体を華奢な腕で支え、毒に体を蝕まれながらも、最後まで主の手を離さなかった。

「あの日、貴方様の手当てを優先し己が身を疎かにしなければ」
 襲撃にて右腕を失った少年リュートは、たった一人城へと辿り着いた。失った仲間たちの分まで、主を守らなければならぬという使命が、満身創痍の体を動かす唯一の原動力だった。彼は、自身の怪我の事など一切気にせずに、毎日主の手当に加勢した。日に日に傷が癒えていく主とは対照的に彼の体は段々と言う事を聞かなくなっていった。王太子が目覚める三日前、とうとうその命の灯火は、永遠に潰えてしまった。

 残された者たちの話を継ぎ合わせ、彼らの足跡を辿る。彼らは本当に、自らの選択を誇らしく思っているのだろうか? 自らの命を崇めさせ、国民をみすみす見殺しにすることが、王子の、国の、為すべきことなのだろうか?
 レザンの耳には、未だ嘗て聞いたことの無い、強い憎しみの幻影がしがみついていた。

「私たちは、死ぬ事などなかった」

 四人の冷淡な声が、折り重なって響いてくる。その直後、あの日から姿を消したもう一人の少年が、こちらを睨みつけながら、叫ぶような声音で口を開いた。

「なのに何で……なんでお前だけが生きてるんだよ! 」

 その幻影に囚われる度、レザンは自らに伸し掛る罪の重さを知ってゆく。

 エクラ王国暦1012年夏。王都にて襲撃が勃発。高位貴族を含む多くの国民が死亡。
 城下へと降りていた王太子殿下も、一時期は生死の間をさ迷われたが、襲撃よりひと月後、奇跡的に生還。

 神は我らに一筋の希望を残して、再びお隠れになった。