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第1話part2

 依然としてはらはらと散る、少女の頬のような淡い色。しかし、並木道を来た方向へと戻っていくまつりの顔には、先程のような輝く眼差しは見えない。その代わりに、彼女の頭の中では、ついさっきのゆららの言葉が反芻していた。

「もー! 折角の楽しいお花見なのに! 遅刻したのは、ちゃんと悪かったって謝ったじゃん。ゆらちゃんがせっかちすぎるんだよ」
 ぶつぶつ文句を言いながらも、まつりの視線は並木道沿いに並ぶ屋台へと注がれる。その途端彼女の頭の中に、1つ復讐のアイデアが思い浮かんだ。
「よーし! ……腹いせに、ゆらちゃんの全財産使ってやる! 豪遊だぁあ!」
 財布を持った手を頭上に突き上げながら、まつりは怪獣のような豪快さで並木道を駆け出した。早とちりで膨れやすい反面、すぐに気持ちを切り替えられる所が、まつりの幼い部分でもあり長所でもあるのだった。
 そのまま、桜の美しさまで思い出そうと足をもう1歩伸ばす。その時だった。

不意に、肩の辺りに柔らかく重みのある何かがぶつかった。それが反対側から歩いてきた人であると分かった瞬間、まつりは反射的に飛び退いて頭を下げた。
「うわぁ! ぶつかっちゃった……ごめんなさい!」
「その声は、桜宮さんですわね?」

 怖い人じゃありませんように、そして、出来れば知り合いじゃありませんように、と祈っていたまつりだったが、上から聞こえてきた声は、どうやら、その条件にどちらも当てはってしまう人物のようだった。
「あ、ゆ、夕闇生徒会長……」
 見上げて目に入った、美しいがきつそうな顔立ちの美少女を見据え、まつりは消え入りそうな声でその名を呼んだ。彼女の名前は夕闇まりあ。まつりの通う虹の花学園の中等部生徒会長で、理事長の孫娘でもある。そんな肩書きが故に、完璧主義で厳しく、近寄りがたい雰囲気を醸し出している人物だ。正直に言って、まつりはあまり彼女の事が好きではなかった。

 萎縮して縮こまるまつりを目にし、まりあはこめかみの辺りを手で押さえ、校内にいる時と変わらない口調で説教を始めた。
「先程から周りを見もせずにうろうろふらふらと。注意力が無さすぎですわ! いつも学校で、風紀を乱すと注意しているのに!」
「す、すみません……」
 打つ手なし、とはまさにこの事だろうか。ゆらら相手ならば笑って言い返せるが、まりあから溢れでる威厳を前にしては、言葉すら出てこなかった。
 折角の楽しいお花見なのに、さっきから怒られてばかりだ。今日は厄日なのだろうか。まつりがそう思い始めた時、ふとまりあの後ろからおっとりとした声が聞こえてきた。

「まあまあ、まりあさん、そのくらいにしましょう。ここは学校ではないですし、今日はお祭りですから、舞い上がっちゃう気持ちもわかります。ね、桜宮さん?」
「碧月さん……!」
 救世主だ、とまつりは思った。
 まりあの後ろから現れた、これまた中々の美少女は、碧月りんねと言い、まつりの学年のマドンナ的存在だった。
 誰にでも分け隔てなく優しく、面倒見が良い。そんな性格だからか、まりあも彼女にだけは甘いのだという噂を聞いたことがあった。
「うんうん! そうだよねっ!」
 碧月さんが同意してくれればこっちのものだ。案の定、まりあは少し顔を曇らせただけで、それ以上は責め立てなかった。
「はぁ……仕方ありませんね。りんねに免じて、休日は多目に見ましょう。それでは、ごきげんよう」
「は、はい~!」

 作り笑いを浮かべて2人を見送ると、まつりは肩の力を抜いた。
「……はぁ、あの人、綺麗だけどすぐ怒るから嫌なんだよねー。ちょびっとゆらちゃんに似てる」
 きっと2人は気が合うんだろうな、と考える。2人に同時に叱られる未来しか見えてこないから、引き合わせる気にはなれないけれど。
 そこまで考えて、嫌な想像をしてしまったまつりは、余計な事を頭から振り払うように首を振った。気を取り直して、色とりどりの暖簾のかかる屋台を見回していると、前方に、よく知った小さな背中が見えた。

「お?あれはもしかして……あすなちゃん!?」
自分より1回り小さな背中に抱きついたまつりの記憶からは、先程の叱責の声は、既に綺麗さっぱり消えていた。