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第4話プロローグ『あの日の情景』Part1

 目の前には紅。焼け付くような温度と苦しげな息の音が、体全体にまとわりついた。レザンは肩で息をしながら、音を立てて崩れ落ちる家財の合間を縫って燃え盛る屋敷の中を進んでいた。
 しかし、彼が再会を望んだ二人はどこにも現れず、時間と共に視界と足元は悪くなっていく。

「屋敷が崩れていく。二人とも、どうしてどこにもいないんだ?」

 絶望の片鱗が見える声に、答えてくれる者は誰もいない。レザンはその場に蹲ると、煤で汚れた掌を、自らの顔に押し当てた。

「……あぁ、全部、全部僕のせいだ。本当に消えるべきは僕の方だったのに……」

 咽び泣くように呟く。荒く呼吸をする度に重い煙が肺に積み重なり、レザンはそのまま意識を失った。

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 王宮の一室。爽やかな風に吹かれながら眠る王太子を看取っていた女性が、ふと伏せていた目を開いた。彼女は、信じられない、というような目つきで寝台を見つめた後、隣で眠りこけていた男性を揺さぶる。
 程なくして目の前の事実を受け入れた二人は、声に感嘆の色を滲ませて立ち上がった。

「あぁ、どなたか、今すぐ陛下を呼んでください。王太子殿下がお目覚めになりました!」
「これぞ神々のご采配だ! 城下の炎と毒にあてられてなお、天からご帰還なさったぞ」

 襲撃より一ヶ月。大怪我を負った王太子の容態は依然として安定しないまま、王国の季節は秋を迎えようとしていた。このまま王太子が目覚めなければ、この国は……。誰もが国の未来を案じ始めたそんな折、まるで示し合わせたかのように、突如として王太子は目覚めた。その知らせは瞬く間に城中を駆け回り、専属医師の耳にも飛び込んできた。医師は驚く間も無く共に王宮へと急ぎ、目の前でゆったりと微笑んでいる王太子を見つめ、歓喜に声を震わせた。

「貴方様は奇跡の子だ。本当に神々に愛されていらっしゃるのですね」

 本当になんという奇跡だ、と恍惚な表情を浮かべ、医師は続ける。

「……あの日、貴方様と共に城下に降りた者は、忌々しい組織の撒いた毒に侵され、皆このひと月の間に死んでしまったと言うのに」

 医師の言葉にその場にいた全員が嬉しそうに頷く。彼らの死は無駄ではなかった。自らの命と引き換えに王太子を救った彼らは国の誉だ。きっと彼らの魂も、天界で誇らしく思っていることだろう。口々にそのような声が発せられる。襲撃以来初めての朗報に安堵し涙を流す人々は、王太子の表情が変わっている事には気がつくはずもなく。
 一人強ばった顔で俯く彼の耳には、彼らの賛美の音は届かなかった。